さまよう署名スタンプ 不十分なコントロールにより公共交通機関が負った25万ドルの代償(その1 全4回)
一般職の会計アシスタントであるパメラ・ジョンソン (Pamela Johnson) は隠れたギャンブルの問題があるのと同時に、トンプキンス統合地区交通局において信頼を得ていた。本稿は、いかに彼女が雇用主の信頼を悪用し、また、いかに外部監査人が衝撃的な3年にもわたる詐欺を実際に発見したのかを論じる。
トンプキンス統合地区交通局 (TCAT) の経理部長は彼の机に向かって座り、ある外部の独立監査人から寄せられたJTDエンタープライズ社 (JTD Enterprises) に関する文書提出の要請を目にしていた。「JTDエンタープライズ社なんて名前の納入業者に心当たりはないな」と彼は独り言を言った。これはTCATが約25万ドルもの資金が金庫からなくなったことを知る苦難の日々の始まりであった。
TCATは民間の非営利団体で、ニューヨークのイサカ市 (Ithaca) とトンプキンス郡 (Tompkins) に公共交通機関サービスを提供している。イサカ市、トンプキンス郡、コーネル大学の3つの資金提供者がTCATを支えている。それぞれの組織からの3名の代議員により、9名からなる取締役会が構成されている。2015年の経費予算は、約1,350万ドルであった。TCATには約120名の職員がいる。2014年3月に探究心の旺盛な外部独立監査人が、2009年よりTCATに勤めてきた従業員で、会計アシスタントのパメラ・ジョンソンが、2010年から2013年にわたり、TCATの銀行勘定から、不正小切手スキームを通して約25万ドルの現金を流用してきたことを発見した。内部統制に適切な資産保護が欠如していたがゆえに、彼女は、買掛金システムの中で、事前承認なく、架空の納入業者であるJTDエンタープライズ社を作成することができたのだった。
3年の間に、彼女は約65通もの架空請求書をJTDの名前で提出し、支払請求していた。TCATのマネジメントは後に、彼女が全ての小切手に署名するにあたり、TCATのゼネラルマネージャーの署名スタンプを使用していたと断定した。彼女はそれらの小切手を彼女の夫の会社、ジョンソン・ツール・デザイン社 (Johnson Tool Design) の名義の銀行口座に入金していた。彼女は、この口座を利用することができ、資金管理を行っていたのだ。
監査人はどこにいたのか?(WHERE WERE THE AUDITORS?)
有難いことに、独立監査法人は、この詐欺事件を2013年度財務諸表に対する年次定例監査の中で発見した(すでにこの詐欺は発生から3年も経っていたが)。しかしながら、監査人が詐欺を発見しなかった場合、大抵、取締役は口を揃えて「監査人はどこにいたのか?」と尋ねるであろう。これは、外部監査人が、すべての詐欺的な行為を未然に予防し、発見する責任を負うというよくある誤解によるものである。もう少し詳しく見てみよう。
監査計画にあたり、外部監査人はAICPA(米国公認会計士協会)の監査基準AU312条「監査を実施する上での監査リスクと金額的重要性」を遵守することが求められている。このセクションは、監査人が完遂しなければならない、金額的重要性判断における全般的な考察と監査手続きをカバーしている。監査人は、監査計画を実施する上で、AU312条を使用することが求められている。そうすることで、監査人は財務諸表には、金額的重要性をもつ虚偽表示(それがエラーまたは詐欺を原因とするものであるか否かに係らず)が含まれていないことの合理的確信を得ることができるのだ(AU312条とのつながりで監査人が使用するAU316条の中で概要が説明されている基準によると、詐欺は財務諸表における金額的に重大な虚偽表示につながる意図的な行為と定義されている)。
AU312.07条によると、不正から生じる虚偽表示の2つのタイプは、財務諸表監査を実施する上での監査人の考察と関係性を持っている。不正財務報告から生じる虚偽表示と窃盗としても知られる資産横領から生じる虚偽表示の2つのタイプである。(不正のより広義な定義では、ACFEの「不正の体系図 (Fraud Tree) 」が3つの主要な区分を示している。つまり、汚職、資産の不正流用、不正虚偽表示である。http://www.ACFE.com/fraudtree.)
AU312.03条は、「金額的重要性の概念は、それが個別であろうと、全体的であろうと、いくつかの事象が一般に公正妥当と認められる会計原則 (GAAP) に適合して財務諸表の公正な表示を行う上で重要であり、それ以外の事象は重要性をもたないことを認識することである。監査の実施において、監査人は財務諸表において重要性を持つ可能性のある個別または全体的な事象に関心を持つ」としている。
中心的な概念は、監査人は金額的重要性のある虚偽表示が見つけられていることの合理的確信を得ることで、絶対的な確信を得ることではないと基準が注記していることである(AU312.02条)。このことは、監査人による金額的重要性の判断に基づくと、監査人は個別に、または合計ベースで、金額的重要性の閾値より大きい金額の項目や不一致にのみ責任を有することを示唆している。
(その2に続く)
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初出:FRAUDマガジン49号(2016年4月1日発行)