HOME コラム一覧 模造品、偽造品、そして闇取引 芸術品に関する不定形な不正に対する世界的な戦い(その2 全4回)

模造品、偽造品、そして闇取引 芸術品に関する不定形な不正に対する世界的な戦い(その2 全4回)

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決まった価格のない不透明な芸術品マーケット(No fixed prices in nebulous art market)

 「芸術品とは美が全てであるように見える一方で、そのビジネスはいかがわしいものが全てであるように見える」と、昨年スイスで開かれたダボスの世界経済フォーラムで経済学者のヌリエル・ルービニ(Nouriel Roubini)は語った。ルービニによれば、芸術品マーケットは不透明かつ規制もないことで悪名が高く、愛好家や好不況の影響を受けやすい。また、偽造品、税不正、保険金不正、マネー・ロンダリングなどの不正に対しても脆弱である。(参照:「芸術品マーケットについて知っておくべき7つのこと」2015年2月28日付エコノモニター、ヌビエル・ルービニ、“Seven Things You Should Know About the Art Market,” by Nouriel Roubini, EconoMonitor, Feb. 28, 2015, http://tinyurl.com/oe9f6sh)
 しかし、ブーヴィエが得たと仮定される利益は、実際の犯罪の証拠となるだろうか?絵画や彫刻は何にせよ誰かがお金を払う価値を認められたものである。芸術品に決まった価格の付け方など存在しない。
 レバレッジド・バイアウト(企業担保借入買取:買収対象企業の資産や将来キャッシュフローを担保にして銀行借り入れを行い、その資金を使って買収を行うこと)で有名な億万長者ロナルド・O・ペレルマン(Ronald O. Perelman)が、コンテンポラリーアートの世界で最も影響力のあるディーラーの一人であるラリー・ガゴシアン(Larry Gagosian)の不正に関する民事訴訟の中で、芸術品の世界の「醜いビジネス」を暴露したケースを考えてみよう。
 ペレルマンは100万ドルの芸術品を取得するために使用していた二つの持ち株会社を通じて、ガゴシアンを2012年に訴えた。訴えの内容は、不正、受託者義務(fiduciary duty)違反および不正利得を申し立てているが、基本的には、ガゴシアンがペレルマンを説き伏せて、ガゴシアン・ギャラリーで展示されている芸術家ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)の彫刻に対し過剰な金額(400万ドル)を支払わせることに成功したという訴えに帰着する。(情報開示:クーンズは約20年前、私をスタジオ・アシスタントとして雇用していた)
 この主張は、ニューヨーク州最高裁判所の判事と控訴裁判所の陪審員を説得することができず、2014年12月に全ての訴えが退けられた。原告は、芸術品の価値が操作され、偽って提示されたと主張したが、副判事のディヴィッド・フリードマン(David Friedman)は裁判所の意見をこう述べる。「法律問題としては、教養のある原告が合理的な信頼を示せなかったということだ、というのも彼らは、例えば被告に対して「市場のデータを提示してほしい」と依頼する等のデューデリジェンスをしなかったからだ。言い換えれば、「買った後では手遅れ」ということだ。(参照:「MAFGアートファンド対ガゴシアン」MAFG Art Fund, LLC v Gagosian, http://tinyurl.com/qa4raco)
 収集家は芸術品を投資だと考えがちだが、絵画あるいは彫刻の購入に関する合意は投資の契約とは異なる。芸術品の購入は株や債券の購入とは全く別の試みであり、多くの点でよりリスクが高い。芸術品のディーラーは犯罪に対する罰や、民間の規制及び連邦証券法に基づく法令順守の要求の枠の外で事業をしている。株式仲買人やファイナンシャル・アドバイザーに適用される、ごまかし・誤表示・重要な事実の脱落あるいは意図的な非公開を禁止する法律は芸術品のディーラーの商慣習には影響しない。
 もし、芸術品の収集が単に、超富裕な人々の小さな集団の娯楽であったら、少なくともほとんどの人々にとって価格の歪曲やマーケットのリスクはさほど問題にならないだろう。
 しかし、ルービニやその他の経済学者は、芸術品市場は、経済の複数のセクターにまたがる参加者を巻き込み、年間の取引額が、全世界で推計700億ドルにのぼる新たな資産区分へと変貌したと信じている。この数字のうちいくらが不正やその他の手口の芸術に係る犯罪に起因するだろうか?
 「芸術に係る犯罪産業は世界全体で60億ドルになる」と元FBI特別捜査官でありFBI芸術品犯罪チームの創設者であるロバート・ウィットマン(Robert Wittman)は私のインタビューに答えた。「全世界の芸罪に係る犯罪産業の最も大きな割合を占めるのが不正である」

刑事告発か民事上の争いか?(Criminal prosecution or civil dispute?)

 ブーヴィエのケースを非常に例外的なものにした、そしてアートの世界でとてもスキャンダラスであったのは、一つには民事裁判所で解決すべき民事上の争いだと思われていたところに警察が介入したことである。芸術犯罪は歴史的に欧州の警察の最重要事項であり、イタリアの文化遺産保護のための国防省警察司令部(一般的には「警察司令部芸術隊」として知られている)とロンドン警視庁美術特捜班は両者ともに1969年から芸術犯罪と戦い続けている。しかし、芸術品マーケットにおける大多数の契約上の紛争は刑務所ではなく法廷へと持ち込まれる。


(その3に続く)
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初出:FRAUDマガジン49号(2016年4月1日発行)

この記事の執筆者

John Powers, CFE
Beacon Investigation Solutionsの取締役である。
翻訳協力:荒木理映、CFE、CIA
※執筆者・翻訳協力者の保有資格等は本記事の初出時のものである。

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 「芸術品とは美が全てであるように見える一方で、そのビジネスはいかがわしいものが全てであるように見える」と、昨年スイスで開かれたダボスの世界経済フォーラムで経済学者のヌリエル・ルービニ(Nouriel Roubini)は語った。ルービニによれば、芸術品マーケットは不透明かつ規制もないことで悪名が高く、愛好家や好不況の影響を受けやすい。また、偽造品、税不正、保険金不正、マネー・ロンダリングなどの不正に対しても脆弱である。(参照:「芸術品マーケットについて知っておくべき7つのこと」2015年2月28日付エコノモニター、ヌビエル・ルービニ、“Seven Things You Should Know About the Art Market,” by Nouriel Roubini, EconoMonitor, Feb. 28, 2015, http://tinyurl.com/oe9f6sh) しかし、ブーヴィエが得たと仮定される利益は、実際の犯罪の証拠となるだろうか?絵画や彫刻は何にせよ誰かがお金を払う価値を認められたものである。芸術品に決まった価格の付け方など存在しない。 レバレッジド・バイアウト(企業担保借入買取:買収対象企業の資産や将来キャッシュフローを担保にして銀行借り入れを行い、その資金を使って買収を行うこと)で有名な億万長者ロナルド・O・ペレルマン(Ronald O. Perelman)が、コンテンポラリーアートの世界で最も影響力のあるディーラーの一人であるラリー・ガゴシアン(Larry Gagosian)の不正に関する民事訴訟の中で、芸術品の世界の「醜いビジネス」を暴露したケースを考えてみよう。 ペレルマンは100万ドルの芸術品を取得するために使用していた二つの持ち株会社を通じて、ガゴシアンを2012年に訴えた。訴えの内容は、不正、受託者義務(fiduciary duty)違反および不正利得を申し立てているが、基本的には、ガゴシアンがペレルマンを説き伏せて、ガゴシアン・ギャラリーで展示されている芸術家ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)の彫刻に対し過剰な金額(400万ドル)を支払わせることに成功したという訴えに帰着する。(情報開示:クーンズは約20年前、私をスタジオ・アシスタントとして雇用していた) この主張は、ニューヨーク州最高裁判所の判事と控訴裁判所の陪審員を説得することができず、2014年12月に全ての訴えが退けられた。原告は、芸術品の価値が操作され、偽って提示されたと主張したが、副判事のディヴィッド・フリードマン(David Friedman)は裁判所の意見をこう述べる。「法律問題としては、教養のある原告が合理的な信頼を示せなかったということだ、というのも彼らは、例えば被告に対して「市場のデータを提示してほしい」と依頼する等のデューデリジェンスをしなかったからだ。言い換えれば、「買った後では手遅れ」ということだ。(参照:「MAFGアートファンド対ガゴシアン」MAFG Art Fund, LLC v Gagosian, http://tinyurl.com/qa4raco) 収集家は芸術品を投資だと考えがちだが、絵画あるいは彫刻の購入に関する合意は投資の契約とは異なる。芸術品の購入は株や債券の購入とは全く別の試みであり、多くの点でよりリスクが高い。芸術品のディーラーは犯罪に対する罰や、民間の規制及び連邦証券法に基づく法令順守の要求の枠の外で事業をしている。株式仲買人やファイナンシャル・アドバイザーに適用される、ごまかし・誤表示・重要な事実の脱落あるいは意図的な非公開を禁止する法律は芸術品のディーラーの商慣習には影響しない。 もし、芸術品の収集が単に、超富裕な人々の小さな集団の娯楽であったら、少なくともほとんどの人々にとって価格の歪曲やマーケットのリスクはさほど問題にならないだろう。 しかし、ルービニやその他の経済学者は、芸術品市場は、経済の複数のセクターにまたがる参加者を巻き込み、年間の取引額が、全世界で推計700億ドルにのぼる新たな資産区分へと変貌したと信じている。この数字のうちいくらが不正やその他の手口の芸術に係る犯罪に起因するだろうか? 「芸術に係る犯罪産業は世界全体で60億ドルになる」と元FBI特別捜査官でありFBI芸術品犯罪チームの創設者であるロバート・ウィットマン(Robert Wittman)は私のインタビューに答えた。「全世界の芸罪に係る犯罪産業の最も大きな割合を占めるのが不正である」
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