HOME コラム一覧 模造品、偽造品、そして闇取引 芸術品に関する不定形な不正に対する世界的な戦い(その1 全4回)

模造品、偽造品、そして闇取引 芸術品に関する不定形な不正に対する世界的な戦い(その1 全4回)

post_visual

 不透明で規制のない世界の芸術品マーケットは偽造品や、脱税、保険詐欺やマネー・ロンダリングに対して脆弱である。この記事では、このクリエイティブなビジネスのほの暗い片隅に潜む犯罪を不正検査士が発見し、調査する方法、そして周囲の環境が詐欺師に味方することが多い理由を詳細に語る。

 この数十年で、国際的な芸術品マーケットの価格が過去最高に跳ね上がっているため、スイスの美術商のイヴ・ブーヴィエ(Yves Bouvier)がフィナンシャル・タイムズに「この三千年でもっと美しいコレクション」と表現したものを収集する手助けとなっていた。ロシアの振興財閥ドミトリー・リボロフレフ(Dmiry Rybolovlev)の個人信託によって管理されたコレクションは約20億ドルの価値があると推定され、レオナルド・ダ・ヴィンチのような古典の巨匠から、マグリットやモディリアニといった有名なモダニストの画家も含まれていた。2015年2月、ブーヴィエは、作品リストに新たな戦利品を追加すべく、モンテカルロにある顧客の家へ向かった。それは持ち主が1,400万ユーロ(約1,800万ドル)での売却に合意しているとされるマーク・ロスコ(訳注:ロシア系ユダヤ人のアメリカの画家)の「No.6(Violet, Green and Red)」として知られる作品だった。しかし、取引の成立を祝ってシャンパンのグラスを手にする代わりに、ブーヴィエはモナコ警察に引き渡され逮捕された。
 モナコ公国検察局が彼を詐欺とマネー・ロンダリングの共犯として起訴した後、ブーヴィエはフィナンシャル・タイムズ誌に「私は待ち伏せされて強制収容所に入れられた」と主張した。ブーヴィエは絵画の価格を不正につり上げ、また何百万ドルもの不当利得を横領したとして起訴されている。(参照:「芸術:むき出しのまま横たわる市場」シンシア・オマーフ、2015年4月7日付ファイナンシャル・タイムズ、“Art: A market laid bare,” by Cynthia O’Murchu, Financial Times, April 7, 2015, http://tinyurl.com/qckm4bq )
 「彼〔ブーヴィエ〕は、その絵画を直接持ち主から取得し、彼にはその手数料を支払っていると我々に信じ込ませた」とロシアの収集家リボロフレフの弁護士テチアナ・ベルシェーダ(Tetiana Bersheda)はブルームバーグに語った。「もし、ロシアの億万長者の関連する信託から取得されたものだと買い手が知らなければ、彼はもっと高い値段を得ることができただろうと言っている」。(参照:「億万長者とディーラーと1億8,600万ドルのロスコ」2015年4月27日付ブルームバーグ・ビジネス、ステファニー・ベーカー/ヒューゴ・ミュラー、“The Billionaire, the Dealer, and the $186 Million Rothko,” by Stephanie Baker and Hugo Miller, Bloomberg Business, April 27, 2015.)
 伝えられているところによると、ブーヴィエは、一連の闇取引において海外の会社を使用して芸術品を売買し、彼の利幅の範囲も含めた詳細については、顧客に分からないようにしていた。彼はロスコをリボロフレフに1億8,000万ドルで購入するように説得した後で仲買人から8,000万USドルで取得したのでブルームバーグで引用されている数字では、彼は警察が介入するまでに1億ドル近くの利益を見込んでいた。
 それ以前にも、ブーヴィエは2014年に相対売買により9,350万ドルで購入したモディリアニを即座に1億1,800万USドルでリボロフレフ一族の信託に売却し、2,500万ドル以上を手にした。報道によれば、他のいくつかの取引についても同様の、目の飛び出るような支払いとなっていた。
 芸術品のマーケットは、非公開の特権的な洞察力をフルに利用できる好位置を占めるプレイヤーに利する傾向にある。この点で、ブーヴィエは一番の地位を占めている。彼は、投資用に取引される芸術品や骨とう品が安全に保管され、非課税となる「フリーポート(free ports)」と呼ばれる高級品の倉庫をスイス・シンガポール・ルクセンブルクで運営する事業を経営している。これらの最大級に安全な設備は、課税を回避する収集家が芸術品を隠すのに有名な場所となり、どんな品物が静かにマーケットに出入りし、どのオーナーに売却する動機があるのかを、ブーヴィエのような有利な立場にいる観察者が知るのに役立った。
 リボロフレフの代理人はブーヴィエが顧客を操るために舞台裏の取引から利益を搾取したと強固に主張し、また、彼の信じられないような利益は違法行為の証左であると訴えた。訴状では、リボロフレフはブーヴィエを、取引の交渉に対する手数料は2%であり、その他の収益は一切受け取る資格のない信託アドバイザー兼ブローカーであると訴えた。
ブルームバーグ・ビジネスとのインタビューの中で、ブーヴィエは、ブローカーではなくプライベートでの絵画の「売り手」であり、それゆえに彼には利益を得る資格があったと反撃した。彼は、2%の手数料とは事務的な費用だけであり、彼の総報酬に相当すると意図したことは一度もなかったといっている。ブーヴィエはあらなる不正行為を否認し、保釈中の身である。

(その2に続く)
---------------------------------------
初出:FRAUDマガジン49号(2016年4月1日発行)

この記事の執筆者

John Powers, CFE
Beacon Investigation Solutionsの取締役である。
翻訳協力:荒木理映、CFE、CIA
※執筆者・翻訳協力者の保有資格等は本記事の初出時のものである。

この記事のカテゴリ

この記事のシリーズ

企業の不正リスク対策

記事の一覧を見る

関連リンク

不正リスク(バックナンバー一覧)

禁輸国への迂回輸出の防止 輸出規制・経済制裁違反の回避(その1 全4回)

オクラホマ州ヒールトンの災難 事例が明かす非営利団体不正の高い発生率(その1 全4回)

信頼の裏切り 電子購買システムの悩み(その1 全4回)

信頼の裏切り 電子購買システムの悩み(その2 全4回)

信頼の裏切り 電子購買システムの悩み(その3 全4回)

信頼の裏切り 電子購買システムの悩み(その4 全4回)

税務・会計に関する情報を毎週無料でお届けしています!

メルマガ登録はこちら


コラム
/column/2018/img/thumbnail/img_24_s.jpg
 不透明で規制のない世界の芸術品マーケットは偽造品や、脱税、保険詐欺やマネー・ロンダリングに対して脆弱である。この記事では、このクリエイティブなビジネスのほの暗い片隅に潜む犯罪を不正検査士が発見し、調査する方法、そして周囲の環境が詐欺師に味方することが多い理由を詳細に語る。 この数十年で、国際的な芸術品マーケットの価格が過去最高に跳ね上がっているため、スイスの美術商のイヴ・ブーヴィエ(Yves Bouvier)がフィナンシャル・タイムズに「この三千年でもっと美しいコレクション」と表現したものを収集する手助けとなっていた。ロシアの振興財閥ドミトリー・リボロフレフ(Dmiry Rybolovlev)の個人信託によって管理されたコレクションは約20億ドルの価値があると推定され、レオナルド・ダ・ヴィンチのような古典の巨匠から、マグリットやモディリアニといった有名なモダニストの画家も含まれていた。2015年2月、ブーヴィエは、作品リストに新たな戦利品を追加すべく、モンテカルロにある顧客の家へ向かった。それは持ち主が1,400万ユーロ(約1,800万ドル)での売却に合意しているとされるマーク・ロスコ(訳注:ロシア系ユダヤ人のアメリカの画家)の「No.6(Violet, Green and Red)」として知られる作品だった。しかし、取引の成立を祝ってシャンパンのグラスを手にする代わりに、ブーヴィエはモナコ警察に引き渡され逮捕された。 モナコ公国検察局が彼を詐欺とマネー・ロンダリングの共犯として起訴した後、ブーヴィエはフィナンシャル・タイムズ誌に「私は待ち伏せされて強制収容所に入れられた」と主張した。ブーヴィエは絵画の価格を不正につり上げ、また何百万ドルもの不当利得を横領したとして起訴されている。(参照:「芸術:むき出しのまま横たわる市場」シンシア・オマーフ、2015年4月7日付ファイナンシャル・タイムズ、“Art: A market laid bare,” by Cynthia O’Murchu, Financial Times, April 7, 2015, http://tinyurl.com/qckm4bq ) 「彼〔ブーヴィエ〕は、その絵画を直接持ち主から取得し、彼にはその手数料を支払っていると我々に信じ込ませた」とロシアの収集家リボロフレフの弁護士テチアナ・ベルシェーダ(Tetiana Bersheda)はブルームバーグに語った。「もし、ロシアの億万長者の関連する信託から取得されたものだと買い手が知らなければ、彼はもっと高い値段を得ることができただろうと言っている」。(参照:「億万長者とディーラーと1億8,600万ドルのロスコ」2015年4月27日付ブルームバーグ・ビジネス、ステファニー・ベーカー/ヒューゴ・ミュラー、“The Billionaire, the Dealer, and the $186 Million Rothko,” by Stephanie Baker and Hugo Miller, Bloomberg Business, April 27, 2015.) 伝えられているところによると、ブーヴィエは、一連の闇取引において海外の会社を使用して芸術品を売買し、彼の利幅の範囲も含めた詳細については、顧客に分からないようにしていた。彼はロスコをリボロフレフに1億8,000万ドルで購入するように説得した後で仲買人から8,000万USドルで取得したのでブルームバーグで引用されている数字では、彼は警察が介入するまでに1億ドル近くの利益を見込んでいた。 それ以前にも、ブーヴィエは2014年に相対売買により9,350万ドルで購入したモディリアニを即座に1億1,800万USドルでリボロフレフ一族の信託に売却し、2,500万ドル以上を手にした。報道によれば、他のいくつかの取引についても同様の、目の飛び出るような支払いとなっていた。 芸術品のマーケットは、非公開の特権的な洞察力をフルに利用できる好位置を占めるプレイヤーに利する傾向にある。この点で、ブーヴィエは一番の地位を占めている。彼は、投資用に取引される芸術品や骨とう品が安全に保管され、非課税となる「フリーポート(free ports)」と呼ばれる高級品の倉庫をスイス・シンガポール・ルクセンブルクで運営する事業を経営している。これらの最大級に安全な設備は、課税を回避する収集家が芸術品を隠すのに有名な場所となり、どんな品物が静かにマーケットに出入りし、どのオーナーに売却する動機があるのかを、ブーヴィエのような有利な立場にいる観察者が知るのに役立った。 リボロフレフの代理人はブーヴィエが顧客を操るために舞台裏の取引から利益を搾取したと強固に主張し、また、彼の信じられないような利益は違法行為の証左であると訴えた。訴状では、リボロフレフはブーヴィエを、取引の交渉に対する手数料は2%であり、その他の収益は一切受け取る資格のない信託アドバイザー兼ブローカーであると訴えた。ブルームバーグ・ビジネスとのインタビューの中で、ブーヴィエは、ブローカーではなくプライベートでの絵画の「売り手」であり、それゆえに彼には利益を得る資格があったと反撃した。彼は、2%の手数料とは事務的な費用だけであり、彼の総報酬に相当すると意図したことは一度もなかったといっている。ブーヴィエはあらなる不正行為を否認し、保釈中の身である。(その2に続く)---------------------------------------初出:FRAUDマガジン49号(2016年4月1日発行)
2018.10.05 16:37:31