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模造品、偽造品、そして闇取引 芸術品に関する不定形な不正に対する世界的な戦い(その4 全4回)

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 フィシュシュタインの経験上、NYPDの重要事件捜査班で取り扱う最も一般的な不正の申し立ては「委託不正(consignment fraud)」と彼が呼んでいるもので、ディーラーが個人の売買を仲介した後で、顧客への支払いをしないというものだ。立件時には、これらの犯罪は不正ではなく、窃盗あるいは重窃盗罪に分類されると彼は言う。「その理由としては、実は〔ニューヨーク州の〕刑罰法規ではこういった種類の犯罪を対象とする『不正』とよばれる罰則がないからだ」とフィシュシュタインは述べた。「ニューヨーク州では、財産に絡む犯罪は全て窃盗の規定-刑法155条に該当する」。さらに、収集家からの申し立ての全てが犯罪事件だとみなされるわけではなかった。「委託不正を『犯罪』とするための要件は発生件数だった」とフィシュシュタインは説明した。「もし30人が同じギャラリーに対する同じ申し立てをすれば、それは悪質なビジネスマンではなく、窃盗犯なのだ」。

不透明なマーケットが不正の機会を作る(Opaque market creates opportunities for fraud)

 芸術マーケットの複雑性と不透明性も不正実行者が発見と告発を避ける手助けとなる。違法な価格操作や談合、キックバックといった行為は調査に費用がかかり、証明が難しいことがある。いくつかのケースでは、裕福な収集家やセレブである被害者が、個人的な恥や自分の総資産を晒すのを避けるために、公に自分が騙されたと告白するよりも、損失を静かに受け入れたがることもある。
「芸術マーケットは不透明だ」とウィットマンは言う。
「芸術の世界は、ある程度はプライバシーと機密性に基づいている」とフィシュシュタインは同意する。「高い価値を持つ芸術品に投資し、あるいはそれらを収集する人々はそれを宣伝することを望まない」
 不動産や飛行機、船舶といった有形資産の所有履歴を追跡することに慣れている不正検査士は、彫刻や絵画の来歴を立証する難しさに驚くことだろう。書類による証跡が全く存在しない場合もあり、少なくとも公的な記録によって簡単に追跡できるものは無い。
 クリスティーズやサザビーズ、フィリップスのようなオークションハウスは、絵画や彫刻、骨とう品を売買する公の場があるかのようにみせる。しかし、オークションハウスは公の取引の一部を構成しているに過ぎず、多くの落札者は匿名でいることを選ぶか、代理人を通じてビジネスをする。
 「顧客の〔個人を特定する情報〕は秘匿特権があり機密情報である、と全てのオークションハウスは同じことを言う」フィシュシュタインは言う。「しかし少なくとも公の売買、オークションによる取引によって、誰が買ったのかを明らかにすることはできなくても、いつそれが売買されたのかが分かる」。Artnet(Artnet.com)のような多くの登録者データベースには、匿名の買い手の名前は開示されないものの、オークションで売られた芸術作品の詳細な取引の履歴が提供されている。
収集家と個人のディーラーとの間の取引は、追跡がより難しい。「個人での売買はどこにも記録されない」とフィシュシュタインは言う。「だからもし特定の作品を追いかけようとすると、とても困難でやりがいのあるものになる」
 コロンブス以前の(アメリカ先住民の)工芸品から新しい幾何学表現によるコンセプチュアル・アートやポスト・インターネット・アートといった直近の流れに至るまで、世界的な芸術の領域は外部からは理解しがたいものに見える。しかし、芸術そのものが不可解なものだとしても、ほとんどのCFEは芸術不正に共通する手法を調査する時にはよくあるパターンを認識することになる。これらのスキームは、保険不正や税不正および投資の不正のモデルに似ている、またはそれらの模倣であることが多い。
 不正実行者は、美術品や骨とう品の購入を、他の違法な行為から犯罪を継続するための再投資として利用できる。彼らは芸術品を、現金を隠し、移転させ洗浄するための持ち運び可能かつ取引可能な商品として利用する。有名な作家による高価な作品は、成功の象徴として自分の身の周りにおきたいと思う不正実行者のエゴを満たしつつ、詐欺の手助けにもなる。
 マーク・ドライアー(Marc Drier)が4億ドルのポンジ・スキームで不正の有罪判決を受けた後、米国連保保安局は、マーク・ロスコ、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)、ダミアン・ハースト(Damien Hirst)の作品を含む彼の3,300万ドル相当の芸術品コレクションを押収した。(参照:2013年8月12日付ハフィントン・ポスト、ウーラ・イルニツキー、Hufngton Post article by Ula Ilnytzky, Aug. 12, 2103,http://tinyurl.com/oubl5k2)。米国連邦保安局はこれらの資産を不正の被害者に分配した。ドライアーはパーク・アベニューで弁護士をしていたが、今は20年の刑期を務めており、「なりすましと文書偽造のフーディーニ(訳注:ハリー・フーディーニ、ハンガリー生まれの有名な奇術師)」として保釈聴聞会で印象的な表現をされた。一応紹介しておくと、彼の絵画は本物であった。

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初出:FRAUDマガジン49号(2016年4月1日発行)

この記事の執筆者

John Powers, CFE
Beacon Investigation Solutionsの取締役である。
翻訳協力:荒木理映、CFE、CIA
※執筆者・翻訳協力者の保有資格等は本記事の初出時のものである。

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