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産業スパイ、破裂するコンデンサ、そして不正(その1 全4回)

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 差し迫った財務問題に対する対応の遅れは、投資家や株主の間に大きな衝撃をもたらし、企業倫理と受託者責任という支柱にひびを入れる。本稿では、ある高名な企業がコンピュータマザーボードに使用される不良部品への対応を遅らせ、それが複合的な市場シェアの喪失、会計不正、顧客との訴訟、そして米国証券取引委員会(SEC)による調査に繋がっていった事案について考察する。

 ハイテク業界では、知的財産の盗難、産業スパイ、特許侵害に対する損害賠償は高くつくが、珍しいものではない。2015年には、裁判所は、iTunesのソフトウエアを巡るスマートフラッシュ社との特許訴訟において、アップルに対して5億2,300万ドルの支払いを命じている。
 また、2013年には、任天堂は重要な3D技術を盗んだとして、トミタテクノロジーに対して、3,000万ドルを支払った。
 2016年には、連邦控訴裁判所は、マーベルセミコンダクター(Marvell Semiconductor)によるカーネギーメロン大学の特許侵害事案に対して7億5,000万ドルの賠償を認め、これは史上2番目に高い裁定額となった。この決定により、2015年にデロイトトーシュ監査法人により発見された幾つかの疑義のある会計処理や内部統制の問題と併せて、マーベル社の取締役会は、2016年にその共同創業者夫妻を経営陣の地位から降ろすことを決定した。
 更に、「パテントトロール」の問題もある。彼らは大企業が長期に、よりコストのかかる訴訟を続けるよりも、まとまった解決金を払って早期に決着しようとすることを期待して、根拠のない訴訟を提起する。幸いなことに、米国最高裁判所は、一貫してこのハイテク業界の社会悪に対して敗訴の判決を下している。

サプライチェーン上流における問題のドミノ効果(The domino effect of upstream supply-chain issues)

 ハイテクの世界における市場シェアの追求は、時に倫理的に怪しい―さらには非合法な―領域に踏み込ませ、結果として高額で、壊滅的な結果をもたらすことがある。「底辺への競争」として知られているが、コンピュータメーカーや部品会社は、在庫ゼロのビジネスモデル(いわゆる「ジャストインタイム」生産)を支える為、ほとんど不可能ともいえる配送スケジュールであっても対応できる海外サプライヤを探していく。すべては消費者向けのコンピュータ価格を下げることを目指して。
 このようにぎりぎりまで調整されたビジネスモデルは、サプライチェーンにおける不測の事態に耐えられない。可能な限りの最低価格で消費者に提供することとサプライチェーンの品質管理を維持することのバランスを適切に取ることは、以前から困難になっている。その揺れが増幅し始めた時、サプライチェーンの中で「最恵待遇を受ける地位」を維持するため、手抜き、その場しのぎ等の怪しい手段が使われる事になる。
 しかし、サプライチェーンにおける混乱は、時にドミノ効果をもたらす。2000年から2007年に起こった「コンデンサ問題」がまさにそれである。

スパイ行為と知的財産窃盗(Espionage and intellectual property theft)

 1990年代後半、日本のルビコン社にいた材料科学者が、中国のルミナスタウンエレクトリック(LTE)社に転職した。両社とも、マイクロプロセッサの電力制御用コンピュータのマザーボードに使われる電解コンデンサ(業界では「e-caps」として知られる)を製造しているのだが、その科学者は、ルビコン社に気付かれずに、水性電解液(コンデンサ内部の水性の化学溶液でコンデンサ特性を向上させる)の製造法のコピーも持ち出していたのだった。(参照:「コンピュータ燃焼を引き起こしたコンデンサの盗まれた製造法」“Stolen formula for capacitors causing computers to burn out,” by Charles Arthur, The Independent, tinyurl.com/gow8h8e.)

欠陥のある電解コンデンサ製造法(The faulty formula for e-caps)

 知的財産の窃盗に続いて、その科学者のスタッフは自分達の会社を立ち上げる為に台湾に向かった。台湾は世界の電解コンデンサのおよそ三分の一を供給しており、(Passive Component Independent Magazine 2012年9/10月号の記事「低ESRアルミニウムの電解液不良は台湾企業の原材料問題に起因」“Low-ESR Aluminum Electrolytic Failures Linked to Taiwanese Raw Material Problems” tinyurl.com/j9fy6enによれば、それは225億個以上にあたり)、ほぼすべての巨大PCメーカーのパソコンの組立てを行っている。

(初出:FRAUDマガジン57号(2017年8月1日発行))
(その2に続く)

この記事の執筆者

Donn LeVie Jr.
FRAUD マガジンの「キャリアコネクション」コラムへ多数の寄稿をしている。ACFEグローバル・カンファレンスにおける講演者・キャリアストラテジストでもある。彼は本稿であげられた二つの会社(インテルとマーベルセミコンダクタ)で働いた経験を持つ。

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2020.07.03 16:48:02