強欲のほかにインサイダー・トレーダーを駆り立てるものは? それは誘惑、職業ストレス、背信の感触(その4 全4回)
スパイ行為とインサイダー取引は主に男性優位の活動で、女性は10パーセントを占めるに過ぎない。南カリフォルニア大学、財務・経営学助教授、ケネス・アハーン (Kenneth Ahern) の最近の研究では、1996年から2013年にかけての183のインサイダー取引のネットワークが調査された。(参照:“Information Networks: Evidence from Illegal Insider Trading Tips,” http://tinyurl.com/jpjbqsn.)
アハーンの分析はインサイダー取引を行った一人の典型的な犯人像を表現した。それは43歳の既婚男性で、ときおり不法取引をおこなう際にペアを組む人物と強い社会的つながりをもっていた。この研究では情報ネットワークおよび家族・社会的つながりでいかに情報がやり取りされるのかに焦点が当てられている。ただし、この研究は、その過程において、関係性が活用されているのかどうか、関係性の活用のされ方については言及していない。
スパイの年と名付けられた1985年、米国へのスパイ行為による逮捕者のなかで、ジョン・A・ウォーカー・ジュニア(John A. Walker Jr.)はずば抜けていた。彼は20年にも渡って、ソビエト連邦に米国海軍の極めて貴重な情報を売り渡してきた首謀者だった。ウォーカーは巧妙に自身の兄、息子、さらに親友を誘い込み、操ってきた。彼らがスパイ行為を行う真のそして唯一の理由は、背信的なウォーカーを満足させることだった。
彼の無期懲役という刑期にも影響をあたえたCBSニュースインタビュー番組「60ミニッツ」において、ウォーカーは思いがけなく、彼のスパイ活動を企業へ背信行為をおこなう内部情報密通者になぞらえた。(参照:“Walker: Espionage crimes no worse than insider trading,”(ウォーカー:スパイ行為はインサイダー取引と大差ない)UPI, March 24, 1990, http://tinyurl.com/hwk5x94.)
バージニア州を拠点とする精神科医であり米国諜報業界のコンサルタントでもあるデビッド・チャーニ博士 (Dr. David Charney) は、内部スパイ―よく知られたFBI二重スパイだった特別捜査官、ロバート・ハンセンとアール・ピッツ―と防衛という職責により、スパイ心理 (mind of the spy) についての専門家だ。
彼の白書“True Psychology of the Insider Spy” (Intelligencer: Journal of U.S. Intelligence Studies, Fall/Winter 2010, http://tinyurl.com/h844g5y) においてチャーニは、男のエゴやプライドを傷つけられることが内部スパイの契機となることが多いと述べている。したがって内部スパイの主要な心理はその個人ごとに内心で定義される個人的失敗という耐え難い感覚であるとしている。
大抵は諜報活動に手を染める前の半年から1年の決定的期間に、逆境と大きなストレス要因(個人的、職業的、金銭的ストレス要因)が積み重なり、潜在的内部スパイはそれを乗り越えられなくなる。チャーニによれば、内部スパイ予備軍となる人物が個人的失敗という耐え難い感覚にいかに自ら対処できるかが、重要な分岐点となる。
信頼を裏切る行為(BREACHES OF TRUST)
誰が信用に値するのか?スコット・ロンドンにとって、自問自答することが日課となるとはさすがに思いもよらない事だった。恐らく、彼は、会社が彼に寄せていた信頼をなぜ裏切ってしまったのかという不安定を踏まえてそれを自らに問いかけていたのだろう。
“Betrayal, Rejection, Revenge, and Forgiveness: An Interpersonal Script Approach,” by Julie Fitness, Macquarie University, http://tinyurl.com/hc9bucs.によれば、職場、ある程度の友人同士の関係には「手続き上および相互作用的な公平性や丁寧な扱いを受ける権利」を含む一連の相互の期待や義務を伴う心理学的契約が存在する。
KPMGインターナショナル会長のジョン・ビーマイヤー (John Veihmeyer) は、ロンドンによる違法行為が公になった際に従業員に向けてこう言った。「これは我々にとって学びのための重要な機会である」
昨年、KMPG インターナショナルは、職場における非倫理的行動はどれくらいの頻度でどんな状況で起こるのかを研究した “Fraud & Ethics at the Workplace in Switzerland” (http://tinyurl.com/hp8ykxg)を公表した。
この報告書に含まれる分析は、従業員の職業上の人間関係が、社会的基準から逸脱した職場での行動に影響を与えていることを発見し、「自分の心理学的契約が履行されていると認識し、かつ経営側に高い信頼を置く従業員は、機能障害行動を取る可能性が低い」と結論している。
結局、スコット・ロンドンは忠誠心を置き忘れ、最悪の経歴に踏み込んでしまった。彼はこれから長い時間をかけて、代償を払うことになる。もし自分に真摯で職場で安らぐようだったらこんなことにはならなかっただろう。
(初出:FRAUDマガジン56号(2017年6月1日発行))