HOME コラム一覧 強欲のほかにインサイダー・トレーダーを駆り立てるものは? それは誘惑、職業ストレス、背信の感触(その3 全4回)

強欲のほかにインサイダー・トレーダーを駆り立てるものは? それは誘惑、職業ストレス、背信の感触(その3 全4回)

post_visual

 彼の好みは、厳格に守られているビジネス情報について信頼できる情報源から、公表される直前に「数字を得る」ことだった。いかにして、ラジャラトナムは情報源である人物を惑わせて会社での信用を裏切らせたのだろうか? “The Billionaire’s Apprentice,” 2005, Business Plus, Anita Raghavanでは、ラジャラトナムは「機密の企業財務情報を公表前に企業の内部者に提供させるための正しい方法を知っているだけの巧妙に他人を操る専門家」として描写されている。
 彼はヘッジファンドの巨人だったので、多くの人々がラジャラトナムのことを知りたがっていて、彼もまた他人の情報を欲していた。ラジャラトナムは抜け目なく他人の欠点や弱点に目をつけ、彼らを操るための巧妙で、多くの場合間接的な方法を見つけ出すのだった。カサノバのように、彼は犠牲者になるような人物にうまく言い寄っては誘惑するのだろう。(参照:“Rajat Gupta’s Lust for Zeros,” (ラジャト・グプタのゼロの多い数字への欲望)by Anita Raghavan, The New York Times Magazine, May 17, 2013,http://tinyurl.com/glqmd2j.)
 彼にとって金銭よりも征服と勝利が心を強く引きつけるのだ。傍受した通信の録音は罪になる行為だが、一方で様々なことが明るみにでる。彼は大取引の後に彼が自身の快挙や勝利を共有することを楽しみ、他人が持つ自分のそして自分自身のイメージをアップしていた。(参照:“Rajaratnam sought to ‘conquer’ Wall Street, jurors told,” (陪審員はラジャラトナムがウォール街の「征服」を求めていたと語った)Bloomberg, Business Standard, April 22, 2011,http://tinyurl.com/jxv3nkn.)
 事件の核心は、電話盗聴だ。ゴールドマン・サックスの取締役メンバーからの機密情報を受け取ったと自慢する親しい仲間との会話では、その巨大銀行の経営層内部にスパイを送り込んでいるという詳細が述べられている。(参照:“Undercover Audio Reveals Rajaratnam’s Frantic Calls After Goldman-Buffett Tip,” (秘密の音声がゴールドマン-バフェットの秘密情報の後のラジャラトナムの興奮した電話を暴露)CNBC, Mar 31, 2011,http://tinyurl.com/gulgabf.)
 想像もつかない被疑者、ラジャト・グプタ (Rajat Gupta) の登場である。ラジャト・グプタは精鋭の経営コンサルティング会社、マッキンゼーアンドカンパニーの経営トップからの退職者で、ゴールドマン・サックス、プロクター・アンド・ギャンブル、そしてアメリカン航空の取締役メンバーだった。無慈悲の日和見主義者と仲良くなり一緒にビジネスに足を踏み入れたとたん、名高いグプタの生涯は一気に暗転した。無私無欲の慈善活動への取り組みなどで知られる目を見張るような経歴の持ち主である彼は、ラジャラトナムへの内通により証券不正と共同謀議の罪で裁かれ、有罪判決を受けたのだった。
 グプタは断固として自分の無罪を主張したが、電話連絡のタイミングやラジャラトナムのその後のゴールドマン・サックスとの取引など、裁判で反論して克服してゆくにはあまりにも多くのことがありすぎた。(参照:the Gupta sentencing memorandum, (グプタの判決文覚書)http://tinyurl.com/zwjgghy.)
 証拠は圧倒的だった。つまり、2008年の金融危機の真っただ中、グプタがラジャラトナムに、ウォーレン・バフェットによる50億ドルの投資を承認するゴールドマン・サックスの取締役会での決議について公表の数時間前に内報したというものだった。
 失うものが多いのにすべてを賭けてしまったのは何故なのか、多くの人にとっては、彼の信用失墜の後、分からないままとなっていた。奇妙なことにグプタの護りのかなめが、なぜ敢えて一線を越える選択をしたのかに対して、最良の手掛かりを与えてくれる。
 グプタはラジャトナムを助けたことは一度もないと常に主張してきた。なぜならグプタには自分がラジャラトナムから何億ドルも騙し取られてきたという思いがあったからだった。(参照:the Gupta 2014 Writ of Certiorari, (2014年グプタの移送命令状)http://tinyurl.com/hdpjlbd.)
 グプタは「憤慨」しており、熟考したが、結局、失った金銭を取り戻すための法的行動には結びつかなかった。彼自身の自我は傷ついたが、ほとんど抗わないという道を選んだのだった。万一ラジャラトナムを打ち負かすことが出来なかったら、グプタはラジャラトナムの仲間になってしまうだろう。自尊心と傲慢さが堕落に先行したのだ。

インサイダー取引はスパイ行為と同義語 (INSIDER TRADING IS SIMILAR TO ESPIONAGE)

 ホワイトカラー犯罪の動機や性格について、その説明で最も一般的なものは、単純で圧倒的な強欲だ。この一次元的な説明は法廷内でもよく採用され、冷笑的な一般大衆にも受ける。強欲は確かに主要な要素であるが、このような犯罪に寄与する人々の動機を調べてみると他の心理的な力が作用していることが分かるのだ。
 インサイダー取引はスパイ行為と非常によく似ている。つまり私利私欲のための情報流用、または他企業の利益のためのスパイ活動である。企業秘密情報を流出する者やエドワード・スノーデンのような国家機密を漏えいした政府内部者とは、規模の点で比較はできないだろうが、虚言を言う、欺く、窃盗を行うという点やそれらの動機という観点では同じだ。

(初出:FRAUDマガジン56号(2017年6月1日発行))

(その4に続く)

この記事の執筆者

Andrew Snyder, LMFT, CSAC
婚姻・家族療法士、受刑者向け支援アドバイザー、経営幹部向け指導者。彼は、犯罪、刑罰や家庭について取り上げる、人気のあるポッドキャスト「Prison Life」で司会を務める。
※執筆者の保有資格、所属、肩書等は記事初出時のものである。

この記事のカテゴリ

この記事のシリーズ

企業の不正リスク対策

記事の一覧を見る

関連リンク

不正リスク(バックナンバー一覧)

大規模不正:トップ記事の不正事例を分析する フォルクスワーゲンのディーゼルゲート:大失敗が基本的倫理を明らかにする(その1 全3回)

強欲のほかにインサイダー・トレーダーを駆り立てるものは? それは誘惑、職業ストレス、背信の感触(その1 全4回)

強欲のほかにインサイダー・トレーダーを駆り立てるものは? それは誘惑、職業ストレス、背信の感触(その2 全4回)

税務・会計に関する情報を毎週無料でお届けしています!

メルマガ登録はこちら


コラム
/column/2020/img/thumbnail/img_24_s.jpg
 彼の好みは、厳格に守られているビジネス情報について信頼できる情報源から、公表される直前に「数字を得る」ことだった。いかにして、ラジャラトナムは情報源である人物を惑わせて会社での信用を裏切らせたのだろうか? “The Billionaire’s Apprentice,” 2005, Business Plus, Anita Raghavanでは、ラジャラトナムは「機密の企業財務情報を公表前に企業の内部者に提供させるための正しい方法を知っているだけの巧妙に他人を操る専門家」として描写されている。 彼はヘッジファンドの巨人だったので、多くの人々がラジャラトナムのことを知りたがっていて、彼もまた他人の情報を欲していた。ラジャラトナムは抜け目なく他人の欠点や弱点に目をつけ、彼らを操るための巧妙で、多くの場合間接的な方法を見つけ出すのだった。カサノバのように、彼は犠牲者になるような人物にうまく言い寄っては誘惑するのだろう。(参照:“Rajat Gupta’s Lust for Zeros,” (ラジャト・グプタのゼロの多い数字への欲望)by Anita Raghavan, The New York Times Magazine, May 17, 2013,http://tinyurl.com/glqmd2j.)  彼にとって金銭よりも征服と勝利が心を強く引きつけるのだ。傍受した通信の録音は罪になる行為だが、一方で様々なことが明るみにでる。彼は大取引の後に彼が自身の快挙や勝利を共有することを楽しみ、他人が持つ自分のそして自分自身のイメージをアップしていた。(参照:“Rajaratnam sought to ‘conquer’ Wall Street, jurors told,” (陪審員はラジャラトナムがウォール街の「征服」を求めていたと語った)Bloomberg, Business Standard, April 22, 2011,http://tinyurl.com/jxv3nkn.) 事件の核心は、電話盗聴だ。ゴールドマン・サックスの取締役メンバーからの機密情報を受け取ったと自慢する親しい仲間との会話では、その巨大銀行の経営層内部にスパイを送り込んでいるという詳細が述べられている。(参照:“Undercover Audio Reveals Rajaratnam’s Frantic Calls After Goldman-Buffett Tip,” (秘密の音声がゴールドマン-バフェットの秘密情報の後のラジャラトナムの興奮した電話を暴露)CNBC, Mar 31, 2011,http://tinyurl.com/gulgabf.) 想像もつかない被疑者、ラジャト・グプタ (Rajat Gupta) の登場である。ラジャト・グプタは精鋭の経営コンサルティング会社、マッキンゼーアンドカンパニーの経営トップからの退職者で、ゴールドマン・サックス、プロクター・アンド・ギャンブル、そしてアメリカン航空の取締役メンバーだった。無慈悲の日和見主義者と仲良くなり一緒にビジネスに足を踏み入れたとたん、名高いグプタの生涯は一気に暗転した。無私無欲の慈善活動への取り組みなどで知られる目を見張るような経歴の持ち主である彼は、ラジャラトナムへの内通により証券不正と共同謀議の罪で裁かれ、有罪判決を受けたのだった。 グプタは断固として自分の無罪を主張したが、電話連絡のタイミングやラジャラトナムのその後のゴールドマン・サックスとの取引など、裁判で反論して克服してゆくにはあまりにも多くのことがありすぎた。(参照:the Gupta sentencing memorandum, (グプタの判決文覚書)http://tinyurl.com/zwjgghy.) 証拠は圧倒的だった。つまり、2008年の金融危機の真っただ中、グプタがラジャラトナムに、ウォーレン・バフェットによる50億ドルの投資を承認するゴールドマン・サックスの取締役会での決議について公表の数時間前に内報したというものだった。 失うものが多いのにすべてを賭けてしまったのは何故なのか、多くの人にとっては、彼の信用失墜の後、分からないままとなっていた。奇妙なことにグプタの護りのかなめが、なぜ敢えて一線を越える選択をしたのかに対して、最良の手掛かりを与えてくれる。 グプタはラジャトナムを助けたことは一度もないと常に主張してきた。なぜならグプタには自分がラジャラトナムから何億ドルも騙し取られてきたという思いがあったからだった。(参照:the Gupta 2014 Writ of Certiorari, (2014年グプタの移送命令状)http://tinyurl.com/hdpjlbd.) グプタは「憤慨」しており、熟考したが、結局、失った金銭を取り戻すための法的行動には結びつかなかった。彼自身の自我は傷ついたが、ほとんど抗わないという道を選んだのだった。万一ラジャラトナムを打ち負かすことが出来なかったら、グプタはラジャラトナムの仲間になってしまうだろう。自尊心と傲慢さが堕落に先行したのだ。
2020.06.12 14:44:29