内部通報制度の信頼性を損なう10の主要因 誰も通報しない理由はなぜか(その1 全4回)
世界各地の法のおかげで、内部通報制度は至る所に存在する。しかし同通報制度に対する従業員の信頼が欠如しているために、その多くが失敗に終わっている。ここでは、不正の疑念を抱く従業員が報復を心配することなく利用できる質の高い内部通報制度を確立する方法を紹介する。
パラダイム・キャピタル・マネジメント (Paradigm Capital Management) のトップトレーダー、ジェイムス・ノードガード (James Nordgaard) は心配していた。社内で証券取引法違反が行われている可能性に気が付き、それをただの間違いとして見過ごすことができなかったのだ。2012年3月28日、彼はドッド・フランク法 (Dodd-Frank Act) の下に米証券取引委員会 (U.S. Securities and Exchange Commission, SEC) に内部告発を行った。そして7月16日、彼は会社の創設者と社長、そして最高執行責任者に社内で違法行為が行われていることをSECへ通報したと伝えた。ノードガードの苦悩が始まったのは、この時からである。7月17日、パラダイムはノードガードに日々の取引及び監督業務を一時的に離れるよう通達した。会社はその後、彼がSECに内部告発したまさにその違法行為を調査するようノードガードを「コンプライアンス・アシスタント」に任命した。
会社がノードガードを降格した後、彼は時に自宅から仕事をするようになった。ノードガードは仕事をするのに個人メールアドレスを使うことを希望し、会社はそれに同意した。しかし、後に彼が個人メールからパラダイムのCCOに業務報告書を送ると、会社は彼が秘密保持契約に違反したと言ってきた。
ノードガードはもう我慢できなかった。そして2012年8月17日に会社を辞めた。2014年6月16日、SECは違法な自己売買を行い、その後ノードガードに復讐したとして、パラダイムと会社のオーナーを起訴した。会社はこれに対して220万ドルの罰金を支払うことに同意した。2015年4月28日、SECが扱った初めての報復事例となった同件で、ノードガードに内部告発者に対する報酬金の最高額である60万ドルを授与するとSECは発表した。
(参照:SEC Announces Award to Whistleblower in First Retaliation Case,” April 28, 2015, http://tinyurl.com/hh5tb86; “S.E.C. Fines Hedge Fund in Demotion of Whistle-Blowing Employee,” by Alexandra Stevenson, The New York Times, June 16, 2014, http://tinyurl.com/ln7oy5y; “SEC Gives More Than $600,000 to Whistleblower in Retaliation Case,” by Rachel Louise Ensign, The Wall Street Journal, April 28, 2015, http://tinyurl.com/jc5l8bh; and the SEC’s charges, http://tinyurl.com/jskogd5)
勝ちが負けを意味する時 (WHEN WINNING IS LOSING)
有史以来、内部通報者は虚偽の申立て、経営陣や上司による報復さらには解雇を被ってきた。ノードガードのような報復の事例は、「通報者を殺せ」「戦いを選べ」「出世の妨げになる行動」といった内部通報者を悩ませる企業的表現が現実となったものである。にもかかわらず、内部通報者は良心に恥じない正しいことをしたいという思いから行動を起こす。パラダイム社の例では、法が内部告発者を援護してくれただけでなく、金銭的な補償も与えてくれた。
企業文化が道徳的な業務を行うことよりも勝ち負けや目標達成をより重視している場合、たいていは賄賂や献金、リベートがビジネスに付きまとってくる。さらに憂慮すべきは、企業文化が無関心で沈黙を守るものであるために、違反行為に直接関与していない倫理意識を持つ従業員がしばしば問題を通報しないままに終わってしまうことだ。
従業員はたいていの場合、会社の内部通報制度を無視する。なぜなら倫理的な業務遂行に無関心な経営上層部の態度を目撃しているからだ。内部通報をしそうな人物に経営陣が報復行為を行う様子が従業員の目に入れば、業務レベルに伝わるメッセージは明確である。「他人事に干渉するな。質問無用。仕事を辞めさせられたくなければ静かにしていろ」
このため、後に政府機関による調査が行われ、結果として巨額の罰金や処罰が科された場合、経営上層部と取締役は「なぜもっと早く誰か通報してくれなかったのか」という質問を問いかけることになる。これに対する答えは単純だ。「何としてでも勝つ」ことを重視した現地社内の姿勢は会社の全レベルでノンコンプライアンスの社風を生み出すことになる。現地の経営陣が適切な行動をとるかどうか、従業員が彼らを信頼していなければ、倫理的な内部通報制度は無意味なものとなってしまう。
今日の指針 (TODAY’S GUIDANCE)
企業に向けた内部通報制度に関する指導や指針は多く存在し、幅広くまた重複もある。連邦量刑ガイドライン (U.S. Federal Sentencing Guidelines) やサーベンス・オクスリー法 (Sarbanes-Oxley Act) 、加えて欧州連合や証券取引所、さらには国連が定める国際的なガイドラインは、内部通報制度は必要なものであり、公正なビジネス慣行だとしている。
2010年7月に成立した米ドッド・フランク法は説明責任の強化を目的としたものであり、具体的には内部通報者として前に進み出る人々の保護や、規制機関が罰金と法的手段を通じて違法行為に対処できるようにしたものである。
内部通報制度の目的は違法行為を発見し正すことにあるかもしれないが、効果的で信頼でき、成功する制度であるかは保証されていない。
信頼は、従業員が疑念を報告するために前に進み出るかどうかを決心する第一要因だ。経営陣は面倒な調査の応急処置として内部通報制度のポスターを増やしたり、プレゼンテーションや会議で毎回「コンプライアンス」という言葉を使うようCEOに頼んだりするかもしれない。しかし従業員は通常、こうした策略を単なるまやかしと見なす。
組織は内部通報制度の測定基準や電話件数を使って全体的な使用量を測定できるが、数字だけでは必ずしも実態が把握できるわけではない。電話件数が少ないのは内部通報制度に対する全般的な信頼の欠如を意味するかもしれず、通報する問題がほとんどないという訳ではないかもしれないのだ。
(その2に続く)
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初出:FRAUDマガジン52号(2016年10月1日発行)