HOME コラム一覧 愉快犯による横領 不正のトライアングルは愉悦でのみ盗みをする不正実行者を説明しない(その3 全4回)

愉快犯による横領 不正のトライアングルは愉悦でのみ盗みをする不正実行者を説明しない(その3 全4回)

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クレッシーの方法論(Cressey’s methodology)

 クレッシーが提供した第二の論点は、 ある当時者が金銭的問題は課題であると認識する一方で、同様の地位にいて同じような課題を抱えていてもそれは問題ではないと考える者もいるということである。クレッシーは、ある銀行員は銀行破綻を他人に打ち明けられない問題と認識するかもしれないが、他の銀行員は、それを問題だと思うが、コミュニティや他の人と共有する必要があると考える、という例を示す。
 クレッシーは、他人に打ち明けられない問題について以下のような結論を出した。
 1. 「[彼が]遭遇した全ての事案で、他人に打ち明けられない問題が金銭的信頼を裏切る犯罪行為に先行して起きていた。」ゆえに、他人に打ち明けられない問題は犯罪行為の原因である。
 2. 信頼を裏切った者たちは、様々な状況を認識していたが、それは「他人に打ち明けられないような形をとる問題を生みだす。これらの問題の多くは裏切り者たちの地位を獲得する、または地位を維持するための行為に関連している。」地位の獲得を求める行為は貪欲の同類のようだが、他人に打ち明けられない問題は対象者の現在の地位に対する脅威となり、彼の不正行為は、自分の地位の維持、または新たな地位の獲得のための行為はこの脅威に対する反応である。
 3. 「横領を研究した者の多くは、不道徳、緊急性、必要性の増加、事業の失敗や比較的高い生活水準が横領の『原因』であることを示そうと試みて来た。」クレッシーは、自分の分析によれば、これらの条件は裏切り者の犯罪行為に重要な意味を持つが、それは「信頼されていた[者達]にとって他人に打ち明けられない問題の原因となった場合だけに限ると述べた。そのような問題が作り出された時でさえ、それらは信頼に対する裏切りの原因であると考えることは[できない]。[何故なら]他人に打ち明けられない問題の存在は不正の発生を保証するものではないからである。(p.75-76)

 最後となる第三のポイントはさらなる議論を招く。クレッシーは、検討の対象とした人物と不正行為の類型に基づいて、全ての道徳的違反が犯罪を引き起こしたわけではないので、不道徳は単独で犯罪行為に至る他人に打ち明けられない問題の原因となるには不十分であると結論づけた。よって、不道徳から生じる犯罪は、クレッシーの研究における調査対象の行動からは明確に除外される。彼が不正行為の原因として不道徳や貪欲を排除したことは、不正のトライアングルの要素から離れた別の説明があることを示唆する。

信頼を裏切る機会の識別(Identification of the opportunity for trust violation)

 不正のトライアングル理論の2番目の部分は機会という要素である。クレッシーの機会に関係する結論については、手短に述べる。
 1. 「信頼を裏切る者は一般的に信頼の裏切りに関し一定程度の知識や情報を持っているに違いない、そして彼は、自分の信頼の裏切りは問題の解決の役に立つであろうと明確に気付いているに違いない。」
 2. 「信頼を裏切る客観的機会は存在する。また資金を普通に変換するのに必要な技術的手法は、他人に打ち明けられない問題が現れるはるか前から会得されている。」(p.91)
 繰り返すが、この要約と結論は、不正行為を犯す個々人の道徳性や性質を説明しない。機会の要素は、動機や理由づけに関するものというより、事実や入手できるという認識に関するものである。

裏切り者による語彙の修正(Violators’ vocabularies of adjustment)

 不正のトライアングルの3番目の要素は、彼らの行為を正当化する不正実行者の能力である。対象者は自分の行為を受け入れることができるように自分の語彙を修正する。クレッシーが指摘する通り、不正実行者は犯罪行為の前に、自分の行為を犯罪ではなく正当だとみなすこと、または説明責任を最小にすることを許容するために自分の語彙を修正する必要がある。 説明責任を最小化することや自分の行為を犯罪ではないと正当化することが必要性なのは、対象者が犯罪癖を持っていないことを示している。事実この言葉は、自らを「詐欺師」と称したためこの研究から除外された対象者の一人とは反対に、対象者が自らの行為の犯罪色を減らすことを期待していたことを示す。ゆえに、私は、犯罪性を予め自覚することはクレッシーの方法論にはなかったので、不正のトライアングルの正当化の要素としては存在しないと確信している。

(その4に続く)
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初出:FRAUDマガジン46号(2015年10月1日発行)

この記事の執筆者

Robert L. Kardell, J.D., CFE, CPA, CFF
FBI(Federal Bureau of Investigation)の特別捜査官である。ACFE教育諮問委員会(ACFE Editorial Advisory Committee)のメンバーでもある。

※執筆者の所属等は本記事の初出時のものである。

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2018.07.05 18:24:34