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均衡を揺るがす 有罪・無実の偏見をもつことなかれ (その1 全4回)

コンプライアンス その他
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Tipping the balance  Never assume guilt or innocence

 当初の証拠は、横領の事実を明白に示すものだった。しかし、これから筆者が述べるのは、無辜の従業員の人生を狂わせることになりかねなかった偏見と事実を暴き出した不正検査の詳細である。

 2014年初頭、刑事弁護士のポール・ノーレス(Paul Knowles)が私にある不正の疑いについて助言を求めてきた。ポールのクライアントであるサマンサ・トンプソン(Samantha Thompson)は、56歳、既婚、最近までニュージーランドに本拠を置くサービスラインという非営利のコミュニティー組織に雇用されていた。この組織は、いわゆる「要介護入所者」と言われる知的障害を持つ成人に在宅医療、保護施設やサービスを提供してきた。トンプソンは、2005年にサービスラインでソーシャルワーカーとして仕事を始めた。サービスラインから解雇されるまでの9年間、トンプソンは、エリア担当主任として、10名から15名のスタッフを監督し、20名の要介護者を5つのグループケア施設で介護していた(本稿においては、筆者が全ての登場人物の氏名を変更してあることを予め断っておく)。
 トンプソンは、家族を大事にした温和な話し方をする人物で、期限を守り、勤勉で正直であった。トンプソンは何か問題を起こせば、自身でそれを素直に認め、批判も正面から受け止めてきた。トンプソンは、同僚の間でも人気があった。しかし、トンプソンに対して嫌疑がかけられて以降、同僚も彼女から距離を置くようになった。同僚達は、警察が来てトンプソンに嫌疑をかけている以上、(トンプソンは)きっと悪いことをしたに違いないと信じ込んでいたのだ。経営陣は、この経験を利用し、全てのスタッフに「組織の信頼を裏切れば、組織は厳正に対処するだろう」と警告したのだった。
 トンプソンの役割の中には、施設入所者の個人信託(銀行)口座の管理、要介護者の200ドルを超える金額の小切手への協同署名、各入所者に係る経費の管理が含まれていた。
 2012年の暮れ、入所者の一行がスペイン旅行に出かけた。トンプソンと3名の介護士が付添い、その経費は入所者が分担した。既に数ヶ月前から、入所者の家族が旅費を各自の信託口座に振り込んでいたのだ。
 スペインへ行かなかったある入所者の家族がその信託口座の状況をチェックし、1,600ドルが引き落とされていることに気づいた。引き落とし名目には、「旅行」と記されていた。その家族は、サービスラインの本部に苦情を申し立て、内部調査が始まったのだった。他の施設に所属する内部の会計士が調査を行い、「トンプソンが問題の取引を主導した」とサービスラインの経営陣に報告した。
 トンプソンの上司がトンプソンの雇用記録をチェックしたところ、抜き打ち監査を受けたホームの一つについてトンプソンが会計記録を最新の状態に更新しておくことを怠ったことがあり、それを理由として経営陣がトンプソンを18ヵ月前に懲戒していたことも発見した。それ以降、サービスラインは、さらに調査対象を2年分遡ることにした。すると、入所者の資金の使用についての不適切な領収書、懇意にしている取引業者からの購入の疑い、入所者の資金管理に関する内部手続き違反といったたくさんの問題が表面化したのだ。
 トンプソンの上司は、個々の疑義についてトンプソンに開示することなく、説明を求める事情聴取を行った。その上司は、トンプソンに問題の深刻さの度合いについても何も示すことはなかった(ニュージーランドの雇用法においては、ある従業員が会議への出席を求められた結果、懲戒される可能性があるときは、当該従業員は当該会議の主題、目的について知り、会議によってもたらされ得る結果について説明を受けることができる。また、当該従業員は、当該従業員を補助する者、または、労働組合の代表者を同席させることができる)。
 さらに、上司は、トンプソンを懲戒するために会議を設定した。しかし、要介護入所者の信託口座からだまし取ったかもしれないとは言わなかった。(要介護入所者の)信託財産がなくなっている、あるいは、使途不明になっている、と主張したのだ。しかしながら、会議の目的として述べられたのは、当該ホームの記録が問題になっていることで、本当の目的、即ち、顧客の信託財産に関する記録に関することではなかったのだ。会議において上司は監査結果や調査の絞られた焦点についても一切触れなかった。 トンプソンは最後の会議の時まで、もし実際に起きたのが窃盗ならその犯人の可能性があるのは彼女だけであると経営陣が考えていることを全く知らなかった。

(その2に続く)
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初出:FRAUDマガジン45号(2015年8月1日発行)

この記事の執筆者

David Petterson, CFE
ACFEの名誉理事であり、フォレンジックアカウンティングサービス(Forensic Accounting Services Ltd)の取締役である。同社は、ニュージーランドを本拠として財務調査や訴訟支援業務を行っている。

翻訳協力者:神谷泰樹、CFE、CRMA
※執筆者の所属、翻訳協力者の保有資格等は本記事の初出時のものである。

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2018.03.05 10:32:54