記憶に残る事例Part1 指導されるべき簡潔で力強い物語(その1 全4回)
ACFEの教育コースの講師を務める会員が、読者のために応用可能で実用的な原則と共に現場からの重要な不正事案を披露してくれる。
「お話を聞かせてよ」
これはよちよち歩きの幼児が最初に使う言葉の一つであろう。あなたは生き生きした描写を期待し、華やかなキャラクター、悪人の策略、サスペンスに満ちた状況、そして救われるべき善良な人々を思い描く。もし認めざるを得ないとしたら、皆さんは今でも良い話がお好きであろう。しかし今回、詐欺師たちがどのように犯罪に手を染め、そして不正検査士がいかに証拠を嗅ぎ出し、調査を行い、経験から学び、提言につなげてゆくのかを皆さんは知らなければならない。
それでは皆さんにお伽話をお聞かせしましょう。
FRAUDマガジンは最近、ACFE会員に向けて最も記憶に残った事例を教えてくれるように依頼した。その多くはACFEの不正の体系図(Fraud Tree)の大枝に、いくつかは小枝に該当するような事例だが、注目すべきは単なる苦労話ではなく、役員室、教室、ぎっしり並んだ仕切りの職場、フォーチュン500社のような大企業や自営業のどこにいても、皆が学ぶことができる事例史であるという点である。まず4つの事例から始めて、FRAUDマガジン3月/4月号で更にいくつかの実務的事例を語って締め括ることとしよう。
住宅ローン不正:非現実的なインセンティブ(奨励金)(Mortgage fraud: unrealistic incentives)
大多数の国々は金融危機の時代(いくつかの国は他の国より遅れていたが)を切り抜けてきた。人を不安にさせるような危機の根本原因となったのは、少なくとも米国においては、住宅ローン不正だった。フレディ・マック社(アメリカ政府支援の住宅投資機関)の不正、マネー・ロンダリング防止、外国資産管理室(Office of Foreign Assets Control, OFAC)担当役員でもあるジェニー・ブローリー(Jenny Brawley, CFE, CAMS)は、2006年から2008年にかけてのフロリダでのある事案を語った。それは飽和状態で需要低迷が決定的だったコンドミニアム・マーケットで、追い詰められた開発業者が買い手に提供した奨励金の事例である。不正検査士向けの2日間の住宅ローン不正講座を担当しているブローリーはこのような事案はリゾート地域に集中したリノベーション事業マーケットでは一般的な出来事だったと言う。
「インセンティブは、『頭金不要の』家賃保証制度、そして契約締結時のキャッシュバックから構成されるのが典型でした」とブローリーは述べる。さらに「開発業者はこれらのインセンティブの原資をカバーする目的で物件の時価額を引き上げるため、(不動産の)鑑定手続きを操作することができました」と語る。
彼女によると、開発業者は、住宅ローン担当者および不動産業者と結託してこれらのインセンティブを融資会社から隠蔽し、借り手が審査を通らない場合は、ローン担当者と不動産業者が、収入、資産、勤務先などの情報を偽った。
「また、開発業者自身が借り手を装ってローンの頭金を立て替え、融資会社に対してあたかも借り手がその頭金を支払ったように見せかけました。恣意的に釣り上げた物件査定額に基づく借入金についても開発業者が着服し、4年間の住宅ローンの返済に充てていました。不動産業者はインセンティブに関連する書類を住宅売買契約書から抜き取り、物件販売側の負担金の存在を融資会社が気づかないように隠していたのです」とブローリーは語る。
彼女によれば、住宅売買契約締結の担当弁護士は住宅を購入する側がほとんど現金を持っていない事実に気がついており、この点で担当弁護士は融資会社に対して資金の出処に関する不正確な情報を与えて判断を誤らせたことになる。
(その2に続く)
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初出:FRAUDマガジン49号(2016年4月1日発行)