均衡を揺るがす 有罪・無実の偏見をもつことなかれ (その4 全4回)
私が情報を収集し分析したところ、以下の事実がはっきりしてきた。
・トンプソンは自身の資産管理の記録について遅れをとっている状況を以前から会社に相談していたが、サービスラインにこの事実を警察に開示していなかった。
・サービスラインにおける現金の管理や領収書の保管手続違反は、いくつかの施設においても共通の問題であり、トンプソンが管理する施設だけの問題ではなかった。
・トンプソンの上司は、月次に義務づけられている現金の管理や記録プロセスの状況のチェック(事実上の小規模な内部監査)を現金管理マニュアルの通りに実施していなかった(もし、行っていたなら、彼女はトンプソンの記録の杜撰さを発見できたはずだ)。
・サービスラインの内部監査スタッフも、入所者の信託口座の月次チェックを示す記録の保管を怠っていた。
・従業員記録も所属スタッフからのトレーニングの要求や懸念を認識しておらず、フォローアップができていなかった。
・確証があったにもかかわらず、トンプソンへの事情聴取の後も、警察は、1,600ドルの支払について調査をせず、サービスラインとフォローアップを行うこともなかった。
・警察は、トンプソンや家族の経済的な背景の調査もしなかった。私の調査によって、トンプソンは解雇される2年前に200万ドル近い遺産を受け取っていたことも分かったのだ。その半分は現金、残りの半分は不動産物件だった。彼女の家族を大切にする思いを証明するものがある。それは、他の受取人よりも早く相続財産の引渡しを受ける申出を受けた際、トンプソンは、自分よりも恵まれない家族の方を優先し、自身の取り分は後で良いと弁護士に申し出たのである。
41ページにわたる刑事弁護士宛の私の最終報告書は、100ものインデックス、相互参照可能な文書を含んでいた。サービスラインと警察の調査は、杜撰に計画され、偏見に満ち、根拠のない結論に達してしまい、トンプソンの有罪判決を確実にするために必要な証拠基準を満たしていなかった、というのが私の結論だった。
刑事弁護士は、私の報告書の全文を検事に開示した。合意により10日後に事件は地方裁判所に係属した。罪状が読み上げられたとき、警察側は、トンプソンの嫌疑の裏づけとなる証拠を提出することができなかった。従って、裁判所はトンプソンの起訴を棄却した。
第一印象と事実 (First impressions and facts)
不正検査の本分は客観的で偏見にとらわれない調査、報告である。不正検査士は裁判官でも陪審員でもない。しかし、その過程に我々の報告書を提供することがある。そして、それはしばしば色々な形で疑義の均衡関係にも大きく影響を与えてしまうのだ。
不正検査士として、我々は、必ずしも明らかでないことに注意を払う必要がある。20年以上の不正検査士としての経験において、私は、法執行機関、法律関係者、企業や非営利組織に対してプロフェッショナルサービスを提供してきた。多くの仕事は、既知の不正行為、損失の数量化、不正行為者の特定、訴追証拠の提示から出発している。
トンプソンの刑事弁護士から依頼を受けた時、私は、彼女の有罪・無罪についての考えは持っていなかった。しかし、彼女への嫌疑やそれを裏付ける資料を読んだ当初は、警察の主張は極めて説得力があると考えていたことを思い出す。しかし、独立した不正検査士として、我々は最初の印象を払拭して仕事を行っていかなければならない。調査し、確認して、報告を行う。結果がどうであれ、公正で偏見を持たず事実に基づくように心がける責務を負っているのだ。それによって、一つの結論に到達してもそれを完全に裏づけることができる。誰かの名声や自由がそれに左右されてしまうかも知れないのだ。
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初出:FRAUDマガジン45号(2015年8月1日発行)