「健康保険・厚生年金保険の加入要件の拡大」④
前々回と前回は「適用除外要件としての2ヶ月要件の改正」と題して、2回に分けて社会保険の適用除外要件の改正についてお話ししました。この改正はお伝えしたとおり、すべての企業、すべての労働者についての改正です。対象企業が限られる「健康保険・厚生年金保険の加入要件の拡大」の枠内で考えていると正確につかめないところがあるため、表題を変え視点を変えることによってお伝えしました。
今回は、1番目の要件として掲げられることが多い労働時間要件についてみていきましょう。週所定労働時間が20時間以上という要件そのものには、今回、雇用期間要件のような改正はないのですが、その意味するところを確認していきたいと思います。
リーフレットによって異なる表現方法の違い
労働時間の要件は、週の所定労働時間が20時間以上の場合です。と、言い切ってしまった方が楽と言いますか、一見わかりやすいようにも思えます。多くのリーフレットなどでは、対象となる一つ目の要件として確かに「週の所定労働時間が20時間以上」と表現されており、このこと自体が間違いではもちろんないのですが、そうは問屋が卸さないのが法律のおそろしいところだと感じます。
日本年金機構は、令和4年10月からの短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大というサイトの下の方に「4.関係資料」として様々なチラシやガイドブックなどを取りまとめていますが、特徴的なのが事業主向けと従業員向けとに分けているところです。この中で「従業員数500人以下の事業主のみなさまへ」(事業主用)という資料の4ページをのぞいてみると、下記のような表現手法が出てきます。
□週の所定労働時間が20時間以上30時間未満
(※週所定労働時間が40時間の企業の場合)……
週所定労働時間が35時間の場合どうすればいいの?といった疑念など、これは急に複雑なことになってきたなという感じがしますが、ある意味こちらがより正しい表現であるとも言えます。
このように、日本年金機構(厚生労働省)は、対象となる読者によって表現を変えているということがわかります。従業員向けにはよりわかりやすさを目指して簡潔な表現とし、一方で事業主向けにはちょっと難解となるもののより正確な理解を求める表現になっているというわけです。
「30時間未満(※週所定労働時間が40時間の企業の場合)」とは
短時間労働者の加入要件を考えるときに、念頭に置いておかなければならないのが、【3/4基準】です。
【3/4基準】については、「健康保険・厚生年金保険の加入要件の拡大」②などに詳しく書いていますのでご参照ください。【3/4基準】を満たしていなければ、改正後の新たな加入対象者として考慮するということになるわけですが、【3/4基準】を満たしている場合にどうなるかについても含めてあらためて整理しておきましょう(10月以降の基準)。
3/4基準 | 新基準 | |
週所定労働時間 | 正社員の3/4以上 | 20時間以上 |
月額賃金 | - | 88,000円以上 |
雇用期間 | 2ヶ月を超える見込みがある | (同左) |
学生か否か | - | 学生ではない |
このように二つの基準があるわけですが、この資料では、前のページ(3ページ)の下段に、【3/4基準】が加入要件というよりは「従業員のカウント方法」として小さく掲げられています。
実務的にはこの二つの基準を複線的に意識しなければならないのですが、当然すでに厚生年金の被保険者として加入していらっしゃいますよねという前提で書かれています。しかし世の中の実務の世界は、【3/4基準】を正しく理解できている企業ばかりではないので、あらためてそのギャップを感じさせる表現となっています。
「契約上の所定労働時間であり、臨時に生じた残業時間は含みません…」とは
4ページの労働時間要件のところに戻りますが、この表現は、「週の所定労働時間が…」と言っている以上、あたりまえのことを確認しているにすぎないように感じます。しかし重要なのはむしろその下のさらに小さい字となっている※以下のところです。実際の労働時間が20時間以上になってしまったらどうすればいいのかという問いに答えるような説明がされており、臨時に生じたものは含めなくてよいわけですが、2ヶ月連続の実績があってその状況がなお引き続くと見込まれる場合は要件を満たす、という解釈が示されています。
こうして見てくると、リーフレットの類いはその文言を読んでいるだけでは誤解が生じる可能性があります。なぜならばそれは、「わかりやすさ」を求めている資料だからです。
わかりやすさの功罪については、「健康保険・厚生年金保険の加入要件の拡大」③を参照いただきたいのですが、なぜこういう表現がされているのか、とか、法律の表現と言い回しが異なっているのはなぜなのか、など、まるで文学作品を読むときのように「行間を読む」作業が求められることもあり、複数の資料を合わせて読んでようやく筆者の意図がわかってくるということも少なくありません。