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言葉に架ける橋 不正調査チームにプロの通訳者を迎える(その2 全4回)

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 シナリオ2では、CFEはある部署の売上総利益(粗利益、gross profit)の増加に疑わしい点があったため、調査をしていました。CFEは「売上-売上原価 = 売上総利益」であることを知っていたので、製造原価の一部が資産計上された結果、部門の製造原価が減ったのではないかと疑っていました。しかし、通訳者は売上総利益(gross profit)ではなく「利益(profit)」という単語を使用したため、部署の責任者は売上総利益の計算には関係のない一般管理費を調査することになってしまいました。
 CFEにとっては「預金袋」も「売上総利益」も日常的によく使う言葉です。しかし、未熟な通訳者にとっては大きな障害となり、調査の品質を損ない、CFEの評価・評判を下げる大きなリスクになりかねないのです。

シナリオ2

・CFEからスペイン語を話すクライアントへの質問:
  あなたの部署の売上総利益(gross profit)が過去5年で増加していることをどのように説明しますか?
・通訳者からクライアントへの質問(スペイン語):
  あなたの部署の利益(profit)が過去5年で増加していることをどのように説明しますか?
・クライアントから通訳者への回答(スペイン語):
  我々の営業は本当に好調であることと、我々はコスト削減のため、一般管理費の一部をカットしています。
・通訳者からCFEへの回答:
  彼は、営業部門はとても成功していて、一般管理費を削減していると言っています。

通訳者を依頼する前に(Preparing for the interaction)

 通訳サービスが必要かどうかを確認する前に、まずクライアントの母国語が何かを調べなければなりません。これは当然のことのように見えて、実は非常に厄介な問題です。フランス語を例にして説明しましょう。フランス語は世界各地で異なった形で話されており、カナダ出身者が話すフランス語とベルギー出身者が話すフランス語では使う単語が違います。ハイチ語(Haitian Creole)も、発音はフランス語と似てはいますが、フランス語と同じではありません。
 また、1つの国の中でも方言には差があります。スペインではスペイン語が最も使われている言語ですが、 カタルニャ語(Catalan)、バスク語(Basque)、ガリシア語(Galician)もスペインの公用語であり、独得の語彙と習慣を持っています。数多くの偽同族語(訳注:異なる言語にまたがって存在する、一見同じに見えて意味の異なる語)が方言によっては全く別の意味で使われるので、クライアントの方言を誤って特定すると、致命的な誤解につながることがあります。
 どの方言を使っているのかを正確に把握したら、クライアントとの最初の打合せで通訳者が必要かどうかを確認する必要があります。
1. このように下調べをした上で通訳サービスが必要かどうかをクライアントに聞いてみて下さい。
しかし、この時 気を付けなければならないことがあります。それは、ある種の文化では このような質問自体が対立を生むことがあるからです。面接調査の際、オープンな雰囲気でコミュニケーションを取り、被面接者に丁寧に接することが重要です。
2. 専門家としての姿勢で、開いた質問(「はい」「いいえ」だけでは答え難い質問、open-ended questions)
で、クライアントの反応を評価することが大切です。
3. クライアントに対し、あなたが言ったことを自分自身の言葉で繰り返すように頼んでください。
このような質問をしてみて以下のような三段階の評価方法で評価し、通訳サービスが必要かどうかを判断します。
レベル1: 会話型言語、専門用語ともにスキルが低い
レベル2:会話型言語のスキルは高いが、専門用語のスキルが低い
レベル3:会話型言語、専門用語ともにスキルが高い

 ミスコミュニケーションのリスクが大きく、会話が成立しにくい場合や、誤解を招くようであれば、通訳者の起用を決めたほうがよいでしょう。もしクライアントがレベル1か2だと見込まれるのなら、プロの通訳者を雇うのが普通です。あなたが準拠している職業基準(professional standards)を通訳者と一緒に確認することが大切です。通常、そこには、守秘義務、公平性、利益相反などの規定を含む職業基準について記載されています。通訳業務の間、通訳は、財務、法的、個人、ビジネスに係る機密情報にアクセスすることになるので、通訳に秘密保持契約書に署名してもらう必要があります。
また、これから会うことになるクライアントは、緊張した状態にあり、感情的で敵対的である可能性もあることを通訳者に伝えます。また、対象となる案件の概要を伝え、専門用語、表現や概念を把握してもらいます。
 通訳者に対して、クライアントが話す「あらゆる事」を伝えるべきであることを念押ししてください。たとえそれが口汚い言葉(profanity)、性的な言葉、感情的な言葉等の不快な内容であっても、です。また、あなたはクライアントの発言やその意図を理解すべきですし、通訳者はどんな言葉でも省略せずにあなたに返し、プロフェッショナルとして行動しなければなりません。
 面談時には、決して通訳者とクライアントを残して席を立ってはいけません。なぜなら、その時に重要な情報を聞き漏らすかもしれないからです。通訳者はあなたとクライアントが話している時だけに必要な存在なので、あなたと通訳者は一緒に到着し、一緒に帰らなければなりません。

(その3に続く)
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初出:FRAUDマガジン51号(2016年8月1日発行)

この記事の執筆者

Mitchell R. Davidson, CFE, CPA, CMA, CIA
アリゾナ州フェニックスのNavigant Consulting Inc.の上級コンサルタントである。
翻訳協力:佐藤 恭代 CFE、CIA、CPA(ワシントン州)
※執筆者・翻訳協力者の所属、保有資格等は本稿初出時のものである。

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