会社法429条(役員個人の賠償責任)と未払賃金

弁護士の植木です。
本日は,会社法429条と未払賃金について,少し話をしたいと思います。まず,会社法429条1項は,「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは,当該役員等は,これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。会社の経済社会に占める地位及び役員等の職務の重要性を考慮し,第三者保護の立場から,役員等が悪意・重過失により会社に対する任務(善管注意義務・忠実義務)を懈怠し第三者に損害を被らせたときは,当該任務懈怠行為と第三者の損害との間に相当因果関係がある限り,役員等に損害賠償責任を負わせた規定です。
そして,労働者が会社の取締役や監査役が任務を怠ったせいで未払賃金相当額の損害を被ったと主張して,会社法429条に基づき,役員個人に対して損害賠償を請求するケースがあり得ます。このようなケースにつき,役員個人の損害賠償責任を認めた裁判例があります。
すなわち,大阪地方裁判所平成21年1月15日判決(労働判例979号16頁)は,「時間外及び休日労働に対して割増賃金を支払うことは,使用者の被用者に対する基本的な法的義務であって(労働基準法37条),使用者がこれに違反した場合には,使用者は,6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金刑に処せられることとされている(労働基準法119条1号)。そうすると,株式会社の取締役及び監査役は,会社に対する善管注意義務ないし忠実義務として,会社に労働基準法37条を遵守させ,被用者に対して割増賃金を支払わせる義務を負っているというべきである。」と述べ,代表取締役Y1のみならず,未払賃金の発生期間の末期である平成16年3月に取締役ないし監査役に就任したY2~Y4についても,損害賠償責任を認めました。
もっとも,名目的取締役(業務に関与していない肩書きだけの取締役)については,代表取締役の業務執行を何ら監督しなかった点に重過失による任務懈怠があるとして損害賠償請求を受ける可能性がありますが,他の事例同様(名目的取締役というだけで責任を免れるものではないが,遠隔地に住居しているなど会社の経営に関与せず、また代表取締役に対する影響力を持たないなどの事情から,責任を否定する例が多い),損害賠償責任が否定されるケースがほとんどではないかと思います。
未払賃金の問題は,これを放置していると,会社の責任にとどまらず,役員個人の責任を追及される場合があるということは知っておいた方がよいと思います。
以上