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遺留分と信託について考える

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はじめに

 長年病に伏せていた父親が亡くなり、身内は悲しみのうちに葬儀を済ませます。49日を迎えるころ、誰からともなく、遺産分けの話がでます。

 法定相続分という言葉は知らなくとも、「うちは2人兄弟だ。母親もいるので、2分の1の半分が自分の権利だ。」ということは知っていたりするものです。ただ、遺言がある場合には、その権利も危ういものになります。なぜなら、遺言に書かれている故人の財産分けの意思が、相続人の権利である法定相続分に優先するようになっているからです。自分の弟にすべての財産を譲り渡すなどと書いてある遺言が見つかった時の、妻と長男の気持ちは如何なものか。でも、相続人には「遺留分」が認められています。その内容を確認していきますが、その前に遺産分割について見ていきましょう。

遺産分割とはどのようものか

 遺産分割とは、被相続人が死亡時に有していた財産について、個々の相続財産の権利者を確定する手続きを言います。相続人が複数いる場合には、相続財産が複数の相続人に共同帰属している状況になります。そこで、個々の相続財産について各相続人の単独所有にするなど、最終的な帰属を確定するための手続きを遺産分割といいます。遺産分割の対象となる遺産とは、「相続開始時に存在」し、かつ「分割時にも存在」する未分割の財産を言います。

 例えば、被相続人が亡くなる直前に、相続人の一人が預金を引き出した場合、その預金を引き出した相続人が、その預金を遺産にも戻すという合意をしないと、その預金は遺産分割の対象となりません。相続税の申告実務では、葬儀費用などに充てるために引き出すケースが多いので、いったん相続財産に足し戻して相続税の計算をし、なおかつ債務控除の対象とします。

 また、遺産が相続開始後に、売却されて現金になったような場合でも、相続人間の合意がある場合を除き、それは遺産分割の対象にはなりません。これも、一般的には相続税の納税資金のための売却という理由が多いので合意が前提となるケースが多いと思います。

 以上は、遺産分割が話し合いでは決まらず、家庭裁判所に調停事件として持ち込まれる場合の原則的な考え方になります。

ところで遺言ってどんなもの

 遺言の趣旨は、民法上の原則である私的意思の尊重を被相続人が死亡した後まで拡張するという意味と自身の私的生活関係について被相続人が死後の状況についてまで自己決定できるということにあります。死後にまで財産分けの権限を持たせるということから遺言には二つの事柄が課せられています。

 一つは、要式性と言われているもので、被相続人が死亡して初めて効力が生じますが、その内容が被相続人の真意であることを確証するために、遺言の成立要件は厳格であって、成立要件には一定の方式が要求されることになります。

 もう一つは遺言能力と言われているものです。認知症になって法的な判断ができなければ、意思能力がないものとして、その状態で作られた遺言書は無効になってしまいます。それと、遺言の特徴として「撤回性」というものがあります。これは、遺言書に書いた内容を、いつでも書き直しができるというもので、常に新しい日付のものが有効になります。

遺留分の内容について

 遺留分制度とは、被相続人が有していた相続財産について、その一定の割合の承継を一定の法定相続人に保証をする制度です。つまり、「遺留分」とは、被相続人の財産のなかで、法律上その取得が一定の相続人に留保され、被相続人による自由な処分(贈与・遺贈)に制限が加えられる部分をいいます。

 遺留分の権利をもっているのは、被相続人の配偶者、子、直系尊属(兄弟姉妹には遺留分がありません)であり、直系尊属のみが相続人である場合には、被相続人の3分の1が遺留分であり、それ以外の相続人は被相続人の財産の2分の1が遺留分となります(相続人が複数いる場合には、その金額に法定相続分を乗じて計算します)。

 さて、遺留分としての権利は、そのままでは権利として有効ではなく、請求して初めて効力をもちます。特に、訴訟に持ち込まなくても、弁護士を通して内容証明で意思表示をするところから始めても構いません。埒があかなければ、さらに、家裁での調停、地裁への申し立てという順にすすみます。

 遺留分の対象となる財産は、過去に贈与されて相続財産から除かれた財産を加えますが、相続開始前1年以内にされた贈与は除かれます。ただし、「損害を与えることを知って」なされた贈与は1年前以上前になされたものについても、遺留分の算定基礎に含められます(贈与は特別受益とされて、すべて持ち戻されることがほとんどです)。

 また、遺留分は、その相続財産を対象として行われ、その結果共有持ち分となることが原則ですが、共有を避けて金銭で弁償(価額弁償)することもできます。改正民法では、共有物となることの弊害を考慮し、遺留分減殺請求権から生ずる債権を金銭債権化しました。また、すぐに現金を用意できない受遺者のために、分割払いも可能としました。これは令和元年7月から施行されています。

民事信託の遺言代用効果

 「民事信託」を例を使って簡単に説明すると、財産を持っている人(委託者)が、その財産を妻(受益者)のために、長男(受託者)に管理・運用・処分を依頼します。通常であれば財産が長男に移転すれば、そこで譲渡なり贈与が行われたとされるのですが、信託の場合には、その移転された財産から、ゆるゆると風船のように受益権というものが妻である受益者に対して伸びて留まるというイメージです。つまり、所有権の移転は仮の移転で、経済的な実態としての受益権は、風船のように受益権を取得する受益者に帰属することになります。

 そして、民事信託は、いわゆる遺言の代用としての機能を持っていると言われています。民事信託は契約行為でありながら、その契約の中に遺言と同じように財産の行く先を指定する効果を持たせることができるのが、遺言代用が可能といわれる所以です。

 ところで、遺言は、生前に意思表示をしておけば、死亡をきっかけにその効力が生じます。効力とは法的なパワーです。これを執行力と言い換えてもいいのですが、国の力で“ゴネ得”は排除されるというものです。かように、要件を備えた遺言のカは大きいのです。他人に遺言で財産を渡すことができるということは、妻や子供たちを無視することもできるということです。昨日まで仲の良かった家族が、ある出来事で急に疎遠になることがあっても不思議ではないのです。その一瞬に書かれる遺言には家族の名前が欠落しているかもしれません。

 このような法的効果絶大な遺言でも、次のそのまた次の世代まで財産の指定はできないことになっています。例えば、「私が死んだら、後妻であるAに財産の全てを。Aが亡くなったらAの親族に財産が相続されるのは癩だから、実子のBに相続させる」という連続した相続を、一つの遺言に盛り込むことはできないのです。これには、Aの財産が使われたら残らないという不確実さ、また民法では期限付きの所有権が認められていないという事情も絡んでいます。

 ところが、民事信託では、このような悩みを解消できます。将来の代々に連続して財産の行く末を決めることができるという、遺言ではなしえない離れ業をやってのける民事信託も認められているのです。これを後継ぎ遺贈型受益者連続信託(以下、受益者連続信託)といいます。

信託と遺留の関係

 受益者連続信託は、受益権が契約により、相続を原因として代々引き継がれていくという信託ですが、遺言の効力の部分でも述べましたが、妻や子には一定の遺留分が認められています(※民事信託の遺言代用機能に遺留分が生ずると考えて下さい)。「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」でも、特定の者に利益が片寄るような信託設計をすると、遺留分の侵害により信託そのものが無効になることがあります。平成30年9月12日東京地裁判決の内容(受益者連続信託に関するもの)を紹介し、遺言だけではなく信託でも、遺留分の侵害となる場合があることにご注意願いたいと思います。

(1)遺留分の対象物が争われました。信託契約そのものなのか、それとも受益権なのか。裁判所は受益権と判示しました。

(2)この信託が公序良俗に反するかどうかが争われました。信託の仕組みを使って遺留分を無効化する企みがあるかどうかです。裁判所は、信託の対象となった不動産を、収益を得られる不動産と得られない不動産に分け、収益を得られない信託財産については、明らかに遺留分を侵害する目的であると判断して、その信託を無効としました。

(3)契約は、契約者の意思能力が問題とされます。このケースでは、公証人を病室に呼び、公正証書で信託契約が作られましたが、裁判所は、公正証書で作られたが故に、信託契約は健全な意思能力の元、締結されたと判断しました。

執筆者情報

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税理士 坂部達夫

坂部達夫税理士事務所/(株)アサヒ・ビジネスセンター

 東京都墨田区にて平成元年に開業して以来、税務コンサルを中心に問題解決型の税理士事務所であることを心がけて参りました。
 おかげさまで弊所は30周年を迎えることができました。今後もお客様とのご縁を大切にし、人に寄り添う税務に取り組んでいきます。

メールマガジンやセミナー開催を通じて、様々な情報を発信しています。

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2020.03.23 16:58:46