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遺留分減殺請求権が遺留分侵害額請求権に改正された ことによる確定申告への影響

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1 遺留分減殺請求権から遺留分侵害額請求権のへの民法改正

 平成30年の民法改正の際に、「遺留分減殺請求権」が「遺留分侵害額請求権」に名称変更されました。請求権であることには変わりがないのですが、請求権の内容は物権的請求権から債権的請求権に改正されています。

 改正前の遺留分減殺請求権は、「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈又は贈与の減殺を請求することができる」とされており、その意味するところは、相続財産そのものに対する物権的請求権と考えられていました(民1031)。換言すると、遺留分相当額に達するまでの額の「相続財産の返還」の請求権と位置付けられていました。

 一方、改正後の遺留分侵害額請求権は、「遺留分権利者及びその承継人は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる」とされており、相続財産そのものに対する物権的請求をするのではなく、それに相当する金銭の支払を請求する債権的請求権と位置付けられました(民1046)。

(注)そもそも「遺留分」とは、被相続人が遺贈や生前贈与等をしたことにより法定相続人の相続すべき財産が減少した場合に、原則としてその本来の法定相続分の2分の1を保全するための取り分(分け前)のことであり、遺留分減殺請求権又は遺留分侵害額請求権は、実際の相続財産の価額がその遺留分相当額を下回るときに、その不足分を請求する権利です。

2 改正前の遺留分減殺請求権の場合の課税関係

イ 相続財産の現物分割、換価分割及び代償分割の場合

 相続人が複数以上いる場合の相続財産の分割方法としては、個々の相続財産をそれぞれの相続人ごとに配分する「現物分割」の方法が一般的です。しかし、不動産などの一部の相続財産を売却するなどしてその換価代金を配分する「換価分割」の方法もあります。いずれも相続財産の中での配分であって、二つの方法の組み合わせであっても差し支えありません。

 ところが、例えば、相続財産のほとんどが事業用資産でこれを相続人間で配分するとか共有にすることについて困難な事情があるケースがあります。このような場合には、特定の相続人のみが相続財産のもらい過ぎの形になることがあるので、他の相続人に対して何らかの代償をする必要が生じます。この場合の方法を「代償分割」といいます。この代償分割の場合の債務を「代償債務」といい、その債務の対価として交付する財産は、通常、その特定の相続人が以前から所有していた相続人固有の財産であり、この交付する財産を「代償財産」といいます。

 この場合の代償財産が不動産などの譲渡所得の基因となる資産であるときは、その代償財産の交付は、代償債務の消滅を対価とする有償譲渡に該当するため、財産を相続した相続人の譲渡所得として所得税の課税関係が生じます(所基通33-1の5)。

ロ 遺留分減殺請求が行われる場合

 上記イの代償分割は、原則として法定相続分による分割協議の際に問題となります。しかし、この問題は遺留分の減殺請求が行われる場合にも、同じような問題が生じます。遺言による相続の場合は、原則として遺言に則って遺産が分割されますが、遺言がある場合であっても、遺留分を侵害することはできないので、遺留分を侵害された相続人は、遺言により財産を相続した相続人に対して、遺留分相当額に達するまでの金額につき「相続財産の返還」を請求することができます(改正前民法1028,1031)。

 ただし、「相続財産の返還」に代えて、遺留分相当額に達するまでの額の金銭等をもって弁償することもできます(改正前民法1041)。これを「価額弁償」といいます。その価額弁償に代えて、財産を相続した「相続人固有の資産」を、遺留分を侵害された相続人に移転する合意をすることもできると解されています。この移転は、価額弁償債務の消滅を対価とする資産の移転であり、この場合に移転する資産が譲渡所得の基因となる資産であるときは、上記イの代償分割の場合と同様に、財産を相続した相続人の譲渡所得として所得税の課税関係が生じます。

3 遺留分侵害額請求権への民法改正

 改正前の遺留分減殺請求権の場合には、遺留分の対象となった相続財産そのものに対する物権的請求権として作用し不動産や株式等が相続人の共有財産として扱われると考えられていたため、例えば、不動産を第三者に譲渡して現金化して分割(換価分割)しようとしてもそれに反対する相続人がいて手続が滞るとか、特定の相続人に自社株式を相続させようとしてもそれに反対する相続人がいて事業承継に支障が出るなどの問題がありました。

(注) もっとも、上記2のロのとおり、改正前の遺留分減殺請求権の場合、「相続財産の返還」に代えて、遺留分相当額に達するまでの額の金銭等をもって弁償(価額弁償)することもできることとされており、また、その金銭等に代えて、財産を相続した相続人固有の資産を、遺留分を侵害された相続人に移転することもできると解されていました。

 これに対して、改正後の遺留分侵害額請求権の場合には、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求する権利として位置付けられ、遺留分を金銭債権化することになっているため、相続財産の共有財産化を防止することができることになっています。

 この改正は、遺留分を侵害された相続人にとっても、共有の不動産や自社株式などより現金を希望する場合には、有利になる側面があります。なお、この改正に伴って、次のような措置もとられています。

① 遺留分侵害額を弁済する現金がない場合には、裁判所は、受遺者又は受贈者の請
求により、それらの者が負担すべき債務の全部又は一部につき相当の期限を許与す
ることができる(民1047⑤)。これにより、金銭による支払期限を一定期間延期することができます。

② 遺留分の算定の基礎となる贈与財産は、相続開始前10年間に贈与したものに限
る(民1044①③)。これにより、自社株式を後継者に長期にわたって計画的に贈与してきたような場合でも、10年を超える前の年分の贈与については、遺留分の計算に含めなくてもよいことになります。

4 改正後の遺留分侵害額請求権の場合の課税関係

 遺留分侵害額の請求に基因するその負担額として金銭の支払をした場合には、金銭債務の弁済をしたにすぎないので、所得課税の問題は生じません。

 しかし、その支払に充てるべき金銭がない場合には、その金銭の支払に代えて、何らかの資産を提供することになります。その提供する資産は、相続財産そのものの持分であるケースのほか、相続財産以外の資産(相続人固有の財産)であるケースもあります。こういった資産の移転があった場合には、これらの資産を金銭債務の対価として提供したことになるので、いずれも「代物弁済」に相当するものであり、譲渡所得として課税対象となる場合が生じます。

 このため、以上の民法改正を受けて、所得税基本通達が改正され、次の2項目が追加されています。

 この通達改正は、離婚の場合の財産分与請求権を対価とする不動産の譲渡の場合(所基通33ー1の4)と同様の考え方によるもので、遺留分侵害額請求権と引き換えに相続財産又は相続財産以外の資産を譲渡(代物弁済)したものとして、所得税の課税対象となる旨を明らかにしたものです。

 なお、前記2の「注書」のとおり、改正前においても、相続財産のほとんどが事業用資産でこれを相続人間で配分するとか共有にすることについて困難な事情があるケースの場合には、遺留分相当額に達するまでの額に相当する「相続人固有の財産」を、遺留分を侵害された相続人に移転することもできると解されていました。そして、この場合の相続人固有の財産が不動産などの譲渡所得の基因となる資産であるときは、その財産の交付は、代償債務の消滅を対価とする有償譲渡に該当するものとして、財産を相続した相続人の譲渡所得として所得税の課税関係が生じることになっていました(所基通33-1の5)。

 したがって、今回の通達改正では、「相続財産そのもの」が交付されるケースについても、新たに、その交付をしたときに当該資産を譲渡したものとして取り扱われることになったわけです。

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(遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて行う資産の移転)
33-1の6 民法第1046条第1項《遺留分侵害額の請求》の規定による遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求があった場合において、金銭の支払に代えて、その債務の全部又は一部の履行として資産(当該遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求の基因となった遺贈又は贈与により取得したものを含む。)の移転があったときは、その履行をした者は、原則として、その履行があった時においてその履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を譲渡したことになる。
(遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて行う資産の移転)
38-7の2 民法第1046条第1項の規定による遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求があった場合において、金銭の支払に代えて、その債務の全部又は一部の履行として資産の移転があったときは、その履行を受けた者は、原則として、その履行があった時においてその履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を取得したことになる。
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 この改正は、令和元年7月1日以後に開始した相続に係る遺留分侵害額の請求があった場合について適用されるので、令和元年分の確定申告から適用があることに留意してください。

執筆者情報

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税理士 小田 満

 国税庁勤務22年の後、町田・横浜南・板橋の各税務署長を経て、平成19年税理士登録。
 主な著書は、「図表でわかる新税制による金融商品課税の要点解説」、「Q&A プロ選手・開業医・芸能人等の特殊事情に係る所得税実務」など多数。

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 平成30年の民法改正の際に、「遺留分減殺請求権」が「遺留分侵害額請求権」に名称変更されました。請求権であることには変わりがないのですが、請求権の内容は物権的請求権から債権的請求権に改正されています。 改正前の遺留分減殺請求権は、「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈又は贈与の減殺を請求することができる」とされており、その意味するところは、相続財産そのものに対する物権的請求権と考えられていました(民1031)。換言すると、遺留分相当額に達するまでの額の「相続財産の返還」の請求権と位置付けられていました。 一方、改正後の遺留分侵害額請求権は、「遺留分権利者及びその承継人は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる」とされており、相続財産そのものに対する物権的請求をするのではなく、それに相当する金銭の支払を請求する債権的請求権と位置付けられました(民1046)。(注)そもそも「遺留分」とは、被相続人が遺贈や生前贈与等をしたことにより法定相続人の相続すべき財産が減少した場合に、原則としてその本来の法定相続分の2分の1を保全するための取り分(分け前)のことであり、遺留分減殺請求権又は遺留分侵害額請求権は、実際の相続財産の価額がその遺留分相当額を下回るときに、その不足分を請求する権利です。
2020.01.24 16:20:31