購買業務の難しさ 「信頼というベール」が 不正の発見を阻む(その1 全4回)
航空宇宙産業の事例を通じて、不正実行者がどのようにして簡単に購買不正に手を染めたかを解説する。彼らは「信頼という名のベール」を利用し、組織の従業員や被害者を上手く利用して自分たちの不正を隠蔽することができたのである。本稿では、その閉ざされたカーテンを開き、彼らが結託して行った所業を白日の下に晒していく。
カリフォルニア州に実在する航空宇宙産業の会社で起こった購買担当者による不正(以下、「購買不正」)の事例を紹介する。本稿では、この会社をゴートゥー・エアロ (GotoAero) と呼ぶことにする。その従業員達は、会社ビル内のメンテナンス部門に勤務し、研究開発 (R&D部門の環境を最適レベルに維持・管理するのが仕事で、建物の振動レベル、湿度変化、一定の温度の維持管理、粉塵の収集等を行っていた。それに対し、外部の業者は航空宇宙産業部門の従業員が選定及び監視しており、特殊な環境維持の業務の多くを行っていた。
ゴートゥー・エアロは、地元の仕入先5社と事前に交渉済みの購買契約を交わしており、担当従業員は特定の業務に関して、その中からどの会社を選んでも良いことになっていた。会社の方針では、実際に必要かどうかに関わらず、5社の中の少なくとも3社以上から見積りを取らなければならず、その中で最も低い金額を提示した業者を選択することになっていた。また、会社の方針では、1件あたりの発注金額が予め定められた上限である3万5,000ドルを超えない限り、従業員による選択を許可していた。
ゴートゥー・エアロの従業員は、最初の年は明文化された会社規定に従い、予め承認された3社以上の中から最低金額を提示した業者を選定していた。しかし、承認された5社の中の特定の1社から、大学バスケットボールのチケットや電子機器等、少額の贈り物を受け取る者が一人また一人と増えてゆき、見返りとしてその特定の1社に業務を発注するようになっていった。本稿では、その仕入業者をビルドナウ・プロ・コンストラクション (BuildNow Pro Construction) と呼ぶことにする。ある一人の強欲な従業員が、僅か6カ月月の間にビルドナウの副社長と共謀して不正スキームを思いつき、より高価な贈物と引き換えにビルドナウからの仕入れ値に2万ドルものコストを上乗せしてビルドナウに複数の業務を発注した。いわゆる賄賂である。
この不正スキームは非常に首尾よく運んだので、この強欲な従業員とビルドナウの副社長は(ビルドナウのオーナーの同意の下)結託してより組織的な手口を実行した。二人が考案したスキームでは、この従業員がビルドナウに発注した全ての業務の金額の5パーセントを当の従業員が受け取ることになっており、その代わりビルドナウはゴートゥー・エアロとの間で最初に交渉した金額に9パーセントのコストを上乗せして計算していた。つまり、上乗せした9パーセントの内訳は、5パーセントが(ゴートゥー・エアロの)従業員への支払(賄賂)、4パーセントがビルドナウの利益であった。
このスキームはその後も続き、その従業員は 2週間の間に8件の仕事を次々に発注し、その合計金額は28万ドルを超えた。これらの業務を発注する見返りにビルドナウは従業員に対して1万2,800ドルを支払った。しかし、その従業員は「発注額の5パーセントは1万4,000ドルなので、ビルドナウは1万4,000ドルを支払うべきで1万2,800ドルでは足りない」と文句を言った。従業員は金額が少ないことに怒っていたものの、儲けが無いよりマシだと思い、不正な取引を続けた。ここで重要なことは、「盗人に仁義なし (No honor among thieves)」と言われているように、不正実行者はお互いに騙し合いをしているということである。
ゴートゥー・エアロの他の従業員数名もこれに負けじとばかりに、さらなる賄賂を要求した。政府の不正監査人 (forensic auditor) は、刑事事件の調査において、「納入業者は賄賂として約 40万ドルを支払い、その見返りとして、ゴートゥー・エアロの従業員は、業者が連邦政府関連の契約金額を約320万ドルも吊り上げることを容認した」と判断した。
ゴートゥー・エアロの従業員は知らなかったようだが、彼らが管理しているビルは、専ら連邦政府との研究開発 (R&D) 契約に従っていた。ゆえに、ゴートゥー・エアロは同社のビル管理に係る全ての費用を間接費として連邦政府に回していた。同社がその費用を連邦政府に回していたのでそのビルのコストに関する全ての不正の申し立ては連邦法執行機関の管轄に入るということも従業員たちは認識していなかった。
(初出:FRAUDマガジン55号(2017年4月1日発行))
(その2に続く)