海外中古不動産への投資規制~残された問題~
会計検査院で指摘された問題点
海外の中古不動産投資を利用した租税負担の軽減
木造の海外中古不動産に投資し、耐用年数の短さを利用して多額の損失を計上したうえで、給与所得や事業所得を通算して租税負担の軽減を図るというやり方は、高額所得層を中心にかなり広範に行われている。(注)
(注) ちなみに、所得税法上、損益通算できる損失は、①不動産所得、②事業所得、③譲渡所得、④山林所得の計算上生じた所得に限られている(所得税法69条第1項、同法施行令198条)。
ただし、土地、建物等の譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額はなかったものとされる(租特法31条1項、32条1項)。
この種の租税回避策については、あまりにも行き過ぎているのではないかとして、会計検査院報告でも問題視されていた(同院による平成27年度決算調査報告書)。
最近のマスコミ報道等によれば、会計検査院による問題提起を踏まえ、令和2年度の税制改正で所要の手当てがなされるとのことである。
具体的にどのような内容の規制策となるのか現時点では不明であるが、検査院報告書では、投資物件の殆んどが5年未満の耐用年数だったとのことなので、投資対象の大部分は中古の木造住宅だったと思われる。
ちなみに、耐用年数省令(以下常に省令という)では、木造住宅の耐用年数は22年とされている(同省令別表第一)。しかし、法定耐用年数経過後の物件であれば「法定耐用年数の100分の20(すなわち4.4年)」、耐用年数の一部が経過した物件である場合には「法定耐用年数-経過年数+法定耐用年数の100分の20」とされている(同省令3の二イ、ロ)。
その結果、例えば1億円の事業所得(又は給与所得)のある者が2億円(金利1%)の借入れをして木造中古不動産に投資をし、1000万円の不動産収入を得ていたとすると、1000万円-(200万円(金利)+4000万円(減価償却費))=3200万円の損失を計上することが可能になる。
このようにして作出された多額の赤字(不動産所得)を他の所得と損益通算することで、富裕層の租税負担が大幅に軽減されることになる。
ただ、このような手法による租税負担軽減メリットは、米国などのように土地の価額が低く、かつ、地価の変動が少ない不動産でないと十分なメリットを享受することができない。そのため、実際にこの種の投資が行われるのは、米国や英国所在の不動産が中心となる。
考えられる対応策
その1:不動産所得の計算上生じた損失と他の所得との損益通算を認めないこととする
したがって、それへの対応として、例えば所得税法の損益通算規定を改正し、不動産所得の計算上生じた損失について、他の所得との損益通算を認めないというやり方が考えられる。
しかし、この種の対応策を選択した場合、その種のメリットをあまり享受できない国内不動産に係る所得についても同じ扱いとする必要が生じてくる。
この際、大ナタを振るって、現在10種類となっている所得の種類や特定の所得(不動産所得、事業所得、山林所得、譲渡所得)のみ認められている損益通算制度を見直すとともに、働き方改革にあわせて退職所得の優遇措置についても見直すということも検討に値することかも知れない。
ただ、そうなると、不動産所得から事業所得への転換が多発することにありかねず、結果的に所得の種類により取扱いを異にしてきた現行の税制及び税務行政に大きなインパクトを及ぼす改正になってくる。
その2:海外不動産についてのみ減価償却を認めないこととする
それほど大きな改正でなくとも、例えば、中古不動産について耐用年数の短縮を認めず、米国のように中古資産でも新規と同じように扱うこととするか、海外不動産についてのみ減価償却を認めないこととするなどといった小幅な改正でも対処可能である。
しかし、前者のような改正であればともかく、後者のような改正が行われた場合、それらの財産を処分した際、譲渡資産に係る取得原価をどのようにするかについても調整が必要になってくる。
もし、国内法(耐用年数省令)どおりに減価償却があったとすると、減価償却が認められなかった部分について、結果的に二重課税が生じる可能性がある。
例えば、取得価格500(うち土地代100、建物400)の不動産について、毎年の所得金額の計算上減価償却を全く認めないとすると、それらの不動産を5年後に450で売却した場合、現行の制度の下では売却益が450-100=350生じることになる(なお、簡単化のため建物の残存価額はゼロとしている)が、すでに減価償却費として400が経費として計上されているので、二重課税の問題は生じない。
それに対し、償却を認めないこととした場合には、譲渡損失が50(450-500=▲50)発生することになる。
それにもかかわらず、もし、その分について、従来の省令どおりに耐用年数の短縮があったこととして扱うということになると、譲渡所得の計算上結果的に二重課税が生じる結果となる。
「キメ」の問題かもしれないが、何となく不自然な感じがするのも事実である。
(参考) 非居住外国人による米国不動産投資に伴う税務上の要注意事項(IRSナショナル・タックス・フォーラムより)
なお、米国内国歳入庁(IRS)では、米国の専門家向けのセミナーで、非居住外国人による米国不動産投資に伴う税務上の要注意事項について、①第1ステップ:購入、②第2ステップ:保有及び運用、③第3ステップ:売却、の3ステップに区分して注意を呼びかけている。
そのうち、ここでは、第2ステップ及び第3ステップにおける注意事項について紹介する。
第2ステップ:米国不動産の保有及び運用に伴う税務
非居住者が米国不動産を保有している場合、州や市町村レベルで財産税(Property Tax)が課される。
また、それらの資産を運用・賃貸等に出している場合には、それらの所得に対し連邦所得税(及び州によっては州所得税)が課される。
非居住者が米国内で所有する不動産から生じる所得に対する連邦所得税の課税方法は通常の場合次の2つである。
① 米国内における事業(trade or business)と関連のない所得の場合……FDAP(バッシブ・インカム)として受取総額に対し30%の相当額の源泉徴収
② 米国内の事業活動に実質的に関連している所得(ECI)の場合……ネットベースの所得に対し累進課税
(注) 納税者の選択により(ただし、IRSの承認が必要)、不動産所得について、①に代えECIとして②の課税を受けることも可能(IRC第871条(d))。
その場合、納税者は、申告書に②の選択をした旨の届出書の添付が必要(Teas Rey.号(871-10))。
また、所定の期限内に申告をしなかったときは、必要経費の控除は認められず、受取総額の30%相当額の源泉徴収の対象となる。
第3ステップ:米国不動産の売却に伴う税務
非居住者の有する米国不動産を購入した者(米国居住者であると米国非居住者であるとを問わない)は、購入代金の15%相当額の源泉徴収をしたうえで、IRSに納付しなければならない(IRC第1445条)。(注)
(注) 購入者が外国法人やREIT等であるときは、源泉徴収税率は21%となる(同前)。
それらに加え、米国不動産の売手である非居住者は、非居住者用の申告書様式1040NRのスケジュールD及び様式4797によりIRSに譲渡損益の申告をしなければならない。
また、申告に際しては、源泉徴収票(様式8288)を添付しなければならない。
なお、非居住者が公開市場で取引されていないパートナーシップを通じて投資をしており、外国のパートナーがその持分を処分した場合、外国人パートナーの得た利益額に対し、法人パートナーの場合には21%、それ以外の場合であれば37%の源泉徴収をしなければならないこととされている。