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個人事業廃止時に課税される消費税の対応策

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 消費税の増税の影響で、個人事業の廃業が多くなるのではないかと心配されている。儲かっているのならともかくそうではないケースでは、これまでもいつやめようかと迷っていたところに消費税の増税で、加えてインボイスだとかカード決済だとかで、やめる踏ん切りが付いたという個人事業主も多いと推察される。

 そんな中、新たに不安をあおるような報道がされている。「個人事業の廃止時に有していた事業用資産の時価に対して消費税が追徴課税される」というような内容の報道である。

1 日本経済新聞の掲載記事

 例えば、10月8日の日本経済新聞では、「廃業時の消費税 4割課税漏れか」、「個人事業主をサンプル調査」、「検査院、国税に改善要請」という見出しで、次のように報道している。

 廃業した個人事業主の確定申告を会計検査院がサンプル調査した結果、少なくとも4割近い事業主について消費税の課税漏れがあったとみられることが8日、分かった。検査院は課税の徹底に向けた対策を講じるよう国税庁に改善を求めている。

 

 個人事業主の場合、業務で使う車や不動産の購入、商品の仕入れなどの際に支払った消費税は、事業を続けていれば控除されるが、廃業時は、こうした資産が私用に転用されたとみなされ、資産価値などに応じて消費税の申告が必要になる。

 

 検査院は申告の状況を調べるため、2015年から17年に廃業した約800事業主を抽出し、廃業後の確定申告書などを調べた。その結果、約300事業主が廃業時に保有していた約100万円以上の資産を申告しなかった可能性があるという。車や不動産のほか冷蔵庫やエアコンといった家電もあった。

 

 あるコンサルタントのケースは、自宅兼事務所のマンション(約2千万円相当)を廃業後の申告で保有資産として記載していなかった。申告がなかったとみられる資産は約300事業主で計約11億8千万円にのぼった。

 

 検査院は、再発防止に向けて確定申告で提出された書類のチェックを徹底するよう国税庁に求めている。同庁はホームページや書類などで廃業する個人事業主に向けて制度を周知した。国税庁は「検査院の指摘は事実であり遺憾だ。今後も申告の必要性の周知、広報に努める」とコメントした。

2 消費税法の「みなし譲渡」の規定の主旨

 事業用資産の購入時には、非課税等のものを除き消費税が課されるが、消費税法第4条第5項に「個人事業者が棚卸資産又は棚卸資産以外の資産で事業の用に供していたものを家事のために消費し、又は使用した場合における当該消費又は使用」は、資産の譲渡があったものとみなして、消費税の課税対象とする、と規定されている。

 いわゆる「みなし譲渡」である。例えて簡単にいうと、1)事業用として車両を購入した場合には、その時に消費税を負担することになるが、課された消費税は仕入税額として控除又は還付される(税負担は差引ゼロになる)、しかし、2)その車両を事業主が個人的に使用する場合において「みなし譲渡」の規定がないとしたら,その使用には消費税が課されないことになる、3)その結果、その事業主は無税で車両を取得したことになる、4)これでは課税逃れになるので、その使用の時に課税売上に計上することとされているのである。

 これを図にすると、次のとおりである。

車両の

販売店

→車両300万円→

←代金300万円←

(内消費税等30万円)

個人事

業店舗

→車両時価250万円→

(内消費税等25万円※)

個人事業

の店主

※みなし譲渡の規定がない場合

 ① みなし譲渡の規定なしの場合
 購入時に消費税等30万円を負担するが、消費税額の計算上その30万円について控除又は還付を受ける。個人事業主は無税で車両を取得する。

 ② みなし譲渡の規定ありの場合
 購入時に消費税等30万円を負担するが、消費税額の計算上その30万円について控除又は還付を受けるとともに、みなし譲渡の車両時価250万円に対する消費税等25万円を別途負担する。①に比して25万円の税負担が増える。

3 廃業の場合の「みなし譲渡」の規定の適用

 この「みなし譲渡」の規定は、以上のような課税逃れを防止するのが主目的であるが、個人事業の廃業の場合にも同様の体裁・状況が生じる。例えば、車両を事業用として購入ししばらく事業の用に供していたが、その後その事業を廃止することになり、元の事業主がその車両を家事用に使用するようになった場合である。

 このケースでは、原則どおり当てはめれば、廃業年分の消費税の申告の際に、その車両分を課税売上に加算して消費税額を計算し、その税額を所得税の必要経費に計上すべきである。

 また、その廃業年において家事用に転用しなかった場合でも、その後の年に転用したときには、その家事用に転用した年分の課税売上に計上しなければならない。課税事業者の立場は2年後に免税事業者になるまで継続するからである。

 そこに会計検査院が着目し、「追徴課税」といったような報道につながったわけである。法令どおりといえばそれまでだが、消費税改正を機に廃業を決心しようとしている個人事業主にとっては、追い打ちをかけるようにみえて気の毒なことである。

4 考えられる税負担対策

 何か良い方法はないのかと問われると、筆者としても困惑する。しかし、すぐに廃業するのではなく、事業を縮小して2年ばかり辛抱して頑張ってもらって、課税売上が更に減少し免税事業者になった時期を見て、廃業して家事転用することにすれば、みなし譲渡として課税されることはないと考えられる。

 また、別の方法として、課税事業者のままで簡易課税を選択して、「みなし仕入率」で税額計算をすることにすれば、みなし譲渡分の税負担額のうち、みなし仕入率の範囲内の部分についてだけでも税負担を軽減することができると考えられる。

 しかし、これらの方法は、廃業を決心した個人事業主にとっては嫌に手間のかかる方法であり、また、課税回避のようにいわれるのも嫌な方法である。であるからして、課税当局としては、思い切って通達改正とか法令改正を考えてもいいのではないかと思われる。例えば、次のように。

 ① 「有姿除却」類似の処理を認める(廃業時の未償却残を除却損として所得税の必要経費算入)。

 ② 時価相当額の半額のみを消費税等の課税売上の対象とする。

 ③ 時価相当額を非課税売上に含めることとして、消費税等の課税仕入額を圧縮する。

 ただし、これらの改正をするには、「みなし譲渡」課税の本来の主旨(課税逃れ防止)にかんがみ、例えば、2年以上業務の用に供した資産に限定し、かつ、廃業年中の処理に限って認めるのがよろしいと思われる。

執筆者情報

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税理士 小田 満

 国税庁勤務22年の後、町田・横浜南・板橋の各税務署長を経て、平成19年税理士登録。
 主な著書は、「図表でわかる新税制による金融商品課税の要点解説」、「Q&A プロ選手・開業医・芸能人等の特殊事情に係る所得税実務」など多数。

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2019.10.29 15:46:33