平成30年7月6日相続法改正について
1.はじめに
皆さんも目にされていると思いますが、平成30年7月6日、相続法の改正案が成立しました。公布日は平成30年7月13日となります。今回は、この改正について簡単に解説したいと思います。
同法の施行日は改正の対象によって異なっています。
・自筆証書遺言の要件緩和 → 交付の日から起算し6ヶ月を経過した日(平成31年1月13日)
・配偶者居住権・配偶者短期居住権 → 交付の日から起算して2年以内(政令により指定)
・その他の改正 → 交付の日から1年以内(こちらも政令により指定)
2.簡単なまとめ
(1)法務省のホームページで、変更の内容は以下のようにまとめられています。
・配偶者の居住権保護
・遺産分割に関する見直し
・遺言制度に関する見直し
・遺留分制度に関する見直し
・相続の効力等に関する見直し
・相続人以外の者の貢献を考慮するための方策
(2)私の雑感ですが、実務への影響については、以下のように思います。
〇配偶者の居住権保護
→影響がないわけではありませんが、退居などに関しては、これまで実務上調停などの手続きで相当期間かかっていたことから、大きな影響があるとまでは言い難いと思います。配偶者の立場として、より守られやすくなったというくらいの印象です。
〇遺産分割に関する見直し
→持戻しの免除の意思表示の推定については、そもそも居住用建物や敷地を配偶者に遺贈したり贈与するような被相続人であれば、いろいろな手当をしていると考えられるため、適用場面が多くはないように思われます。
仮払制度の創設や要件明確化については、一定の影響があると思います。従前実務で行われてきたものが明確になったわけですが、法律で定められたことで、金融機関としても運用しやすくなり、利用者も利用しやすくなると考えられます。
〇遺言制度に関する見直し
→自筆証書遺言をしやすくなったとはいえますが、遺産を、財産目録を作らなければならないほど多く持っているような方に影響があるくらいです。多額の遺産をもたれているような方で、財産目録を詳細に作る必要があると感じられている方であれば、遺言公正証書を作成する可能性が高いと見込まれるため、影響は限定的と思われます。
遺言執行者の権限の明確化については、実務上これまで認識さえていたことが明文化された程度のことで、大きな影響はないと考えられます。
〇遺留分制度に関する見直し
→遺留分侵害額に相当する金銭債権が生じるという、法的効果の面ではかなりの変更といえますが、従前から価額弁償ができましたので、大きな影響があるようには思われません。
受遺者等の金銭債務の支払についての期限の許与を求められる制度は、現実的に遺留分の請求権を現実化することに対して相当程度の影響があるように思われます。
〇相続の効力等に関する見直し
→登記の対抗要件なくして第三者に対抗できるとしていたこれまでの法制度を抜本的に変更するものですが、通常の土地取引では登記を確認しながら行われており、それが変わるわけではないので、大きな影響はないように思われます。
〇相続人以外の者の貢献を考慮するための方策
→相続人以外の者が、無償で被相続人の療養看護を行った場合の金銭請求を認めるものです。
金銭請求を主張する親族がどの程度いるのかが分からないため、どこまで利用されるのかは、今のところ予測ができません。どの程度の金額が認められるのかなども個別判断ですので、今後の事例の集積が待たれるところです。
3.変更の内容
以下は、細かく変更された内容について記載しています。
(1)配偶者の居住権を保護するための方策
ア 配偶者短期居住権
配偶者が被相続人所有の建物に無償で居住していた場合に、①遺産分割によりその建物の帰属が確定するまでの間又は相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日までの間、引き続き無償でその建物を使用することができる、②居住建物が第三者に遺贈等された場合、取得者は配偶者に配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることができるが、配偶者はその申入れを受けた日から6ヶ月を経過するまでの間、引き続き無償で建物を使用できる、としたものです。
簡単にいうと、被相続人所有の建物に無償で居住していた配偶者は、被相続人死亡後、少なくとも6ヶ月間は無償で同建物への居住を継続することができる、という制度です。
イ 配偶者居住権
配偶者が相続開始時に居住していた被相続人の所有建物を対象として、終身又は一定期間、配偶者にその使用 又は収益を認めることを内容とする法定の権利を新設し、遺産分割における選択肢の一つとして、配偶者に配偶者居住権を取得させることができることとするほか、被相続人が遺贈等によって配偶者に配偶者居住権を取得させることができる制度です。
端的にいえば、被相続人所有の建物に居住していた被相続人の配偶者に、配偶者居住権という権利を付与できるようにしたものといえます。
ウ 実務への影響
「配偶者」のための方策ですから、事実婚や内縁の妻が対象にならない可能性が高く、争いになる可能性があります。
これまで、配偶者が被相続人所有建物に居住している場合、そのまま居住することが多く、社会的にも許容されていたものといえますので、大きな影響はないと思われます。他の相続人との関係が悪いような場合に積極的に使うことが考えられます。
(2)遺産分割に関する見直し
ア 配偶者に対する持戻し免除の意思表示の推定
婚姻期間が20年以上である夫婦の一方配偶者が、他方配偶者に対し、その居住用建物又はその敷地(居住用不動産)を遺贈又は贈与した場合については、民法第903条第3項の持戻しの免除の意思表示があったものと推定し、遺産分割においては、原則として当該居住用不動産の持戻し計算を不要とするものです。
その効果として、当該居住用不動産の価額を特別受益として扱わずに計算をすることができることになります。
イ 仮払い制度等の創設・要件明確化
被相続人の預貯金について、金融機関に対しては、①他の相続人の同意がなくても、相続開始時の預貯金額の3分の1×法定相続分については、他の共同相続人の同意がなくても払戻ができるようになりました。こちらは、家庭裁判所の判断が不要ですので、大きな預貯金があるような場合には、実務への影響が相当程度あると思われます。
また、これに限らず、②相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要がある場合には、家庭裁判所へ申立てを行うことで、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができるとされました。
ウ 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲
遺産分割前に、遺産が処分された場合、共同相続人全員の同意により((処分をした者の同意は不要。)、処分された遺産を遺産分割の対象とできるというものです。
(3)遺言制度の見直し
ア 自筆証書遺言の方式緩和
自筆証書遺言は、これまですべてを自筆で作成しなければ効力がないとされてきましたが、遺産が多岐にわたるような場合に、財産目録として表を添付するときの表は、自筆で作成しなくても良くなりました。
とはいえ、上述したように、自筆証書遺言で表まで書く人がそれほど多いとは考えられませんし、そこまでするほどの遺産をお持ちの方は、公正証書で作成すると思われるため、使われる余地は多くないと思われます。
イ 遺言執行者の権限の明確化
遺言執行者の行った行為が、相続人に対し直接にその効力を生ずることや遺言執行者の権限等が明文化されたものです。「明文化」という言葉からも分かるとおり、実務では元々そのように考えられていました。
(4)遺留分制度に関する見直し
ア 遺留分減殺請求権の行使によって当然に物権的効果が生ずるとされていたものを、遺留分に関する権利の行使によって遺留分侵害額に相当する金銭債権が生ずることになります。
これまで不動産の絡む遺留分減殺請求では、不動産の持分などが問題になることがありましたが、その問題がなくなることになります。
イ 遺留分権利者から金銭請求を受けた受遺者又は受贈者が、金銭を直ちには準備できない場合には、受遺者等は、裁判所に対し、金銭債務の全部又は一部の支払につき期限の許与を求めることができるようになりました。
(5)相続の効力等に関する見直し
特定の不動産を遺言などで相続した場合、登記等の対抗要件なくして第三者に対抗することができるとされていたものを、法定相続分を超える部分の承継については、登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないことになりました。
通常は登記を確認しながら売買を行っているところ、その手続きが保護されることになったというものですから、実務の追認的なものと考えられます。
(6)相続人以外の者の貢献を考慮するための方策
相続人以外の被相続人の親族が、無償で被相続人の療養看護等を行った場合に、一定の要件の下で、相続人に対して金銭請求をすることができるようにしたものです。
相続分を取得するものではなく、他の相続人に対して金銭請求ができる、という制度になります。
実務にどの程度の影響があるかは不透明ですが、金額や立証の程度など、事例の集積によって、どのように使われるのかは変わってくると思われます。
4.最後に
自筆証書遺言制度以外は施行までもう少し時間がありますが、実務に与える影響がないわけではありませんので、影響がありそうな方がおられれば、当法人へご相談いただければと思います。