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財産の戦略デザインの作り方 その3

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 前回は、社長の財産のなかで一番重要な自社株の管理と承継の戦略デザインの作り方について説明をしました。現在は社長に集中している自社株を、後継者に集中して承継しまもり続ける戦略デザインをどう作っていくか。しかし、まだ後継者を決定していない社長もいることから、後継者が決定した社長と後継者未定の社長は、財産の戦略デザインが異なることにも言及しました。
 社長の財産の戦略デザインでは、常に「まもり」から考えていくことが必要と、これまでも述べてきました。今回は、社長が、まず備えなければならないまもり、社長の突然の事態が生じたときへのまもりの戦略について考えていきます。

① まずは何への備えが必要か

 大株主で、代表取締役である社長には、自社のすべての権限が集中しています。未上場会社の社長のほとんどは、大株主で代表取締役です。社長が元気でいる限り、自社にとって社長にすべてが集中した状態が一番安定した状況といえます。しかし、社長が突然に亡くなるような事態が生じると、集中していた権限の行く先が定まらなくなり、会社は一気に迷走してしまいます。
 元気な社長が、まず備えなければならないまもりとは、社長の突然の死への備えです。
 元気な社長は、私は、そのような事態にはならない、そんなこと心配する必要がない、と思う人がほとんどでしょう。しかし、従業員を雇い、取引先があり、債権者がいる会社の社長が突然に亡くなると、会社は不安定極まりない状況になってしまいます。

② 社長の自社株をどうするのか?

 社長が突然に亡くなると、社長の自社株は相続財産となり、社長の相続人が承継します。相続人のうち誰が自社株を承継するか、その承継先が決まるまでの間は、相続人全員で自社株を準共有することになります。遺言がなければ、社長の自社株は相続人同士で話し合い承継者を決めていかなければなりません。
 社長が不在となった会社は、誰が代表取締役になるかを決めなければなりません。定款の決定方法にしたがい代表取締役を決定します。株主総会の決議により決定する定款であれば、株主総会の決議によって代表取締役を決めていかなければなりません。また、取締役は社長1人のみだったなら、株主総会で取締役の選任も必要です。
 このように、株主は、社長の後継社長の決定に関与していくことになります。社長は、社長に万が一の事態が生じたときに、代表取締役の決定など会社の重要な事項を速やかに決めていけるよう、備えておかなければなりません。
 社長は、まず、会社の定款の内容を確認しましょう。そして、社長自身に万が一の事態が生じたときに、会社経営が迷走しないよう自社株は誰が承継するのがよいかを決めましょう。そして、その人が速やかに自社株を承継できるよう遺言を作成しましょう。
 社長の重要な財産の自社株を承継する戦略は、まず発生する確率がごくごく低いと思われる、社長自身の突然の死に備えることから始めていきます。

③ 債務への備えが必要

 社長の相続では、社長の財産に属した一切の権利義務を社長の相続人が承継します(民法896条)。
 突然に生じる死だからこそ備えておかなければならないのは、社長の義務の相続、社長の債務の相続への備えです。中小企業の多くの社長は、会社が金融機関より借入れた債務の連帯保証人となっています。社長が亡くなっても、会社の売り上げが落ちずに、これまで通りに債務の返済ができていれば問題ないのかもしれませんが、社長が亡くなったときの連帯保証債務について、その備えが必要です。
 この備えの手段として、生命保険の活用が有効です。社長の死を事由に、保険金が支払われる生命保険は、まさにリスクヘッジの手段となります。
 会社が生命保険金受取り、その保険金で一旦債務を返済できれば、次の代表取締役は今後の会社の経営計画に従って資金調達を考えることもできます。社長の親族ではなく、取締役や従業員が代表取締役を務め経営していく場合には、生命保険金を使って債務の精算ができるとよいと思われます。

④ 社長の債権への備えも必要

 会社の資金繰りが苦しいときに、社長が会社に資金を貸していることがあります。社長の会社への貸付金は、社長の会社への債権です。社長が亡くなったときには、社長の債権は相続財産となり相続人に承継されます。
 一方、会社の貸付金の返済は、会社の財務状況により速やかな返済が難しいこともあります。社長の貸付金を相続した社長の相続人は、会社から貸付金を返してもらえないのに、社長の貸付債権は相続税の課税対象となり、納税資金が必要になります。社長の会社への貸付金が少額ならそれほど問題にもならないのでしょうが、多額の貸付金がある社長もいます。
 突然に生じる社長の相続だからこそ、このような会社への貸付金についても備えが必要です。この備えについても、連帯保証債務のときと同様に、生命保険を活用する戦略が有効です。

⑤ 突然生じる相続への備えこそ現金の準備が必要

 社長の財産は、流動性のない自社株が多くを占めています。社長の財産の戦略デザインは自社株の承継に関する戦略が多くを占めます。
 誰が社長の自社株を承継するか、承継することで納税負担が生じるときにはどう納税するか、承継したことで他の家族よりも多額の社長の財産を取得することになる不公平感をどのように解消するか、など自社株の承継にかかる財産の戦略デザインは最重要です。社長の『思い』と、家族や財産などの社長に関する『事実』を整理し分析することから、財産の戦略デザイン作りを着手していかなければなりません。
 しかし、本稿で述べてきたことは、戦略作りをしている最中にでも突然に起こる不測の事態に対する備えです。不足の事態であっても、備えがなければ、社長の親族、会社の従業員、取引先、債権者には問題が生じます。その問題に対して関係者は、個々の権利を守ることを優先して活動していくことが考えられ、社長の財産について問題が生じてしまいます。
 万が一の事態への備えは、流動性のある資産、現金があることで対応の選択肢が増えると筆者は考えています。発生確率は低いからこそ、保険の仕組みを活用することが資金効率もよいと筆者は考えています。
 実務において、必要と考えられる保険金額までの生命保険契約をしていない社長を多く見かけます。社長にとって不足の事態が生じたときに問題が生じない資金はどのくらい必要なのか。戦略的な観点から生命保険を見直すことも必要と、筆者は考えています。

執筆者情報

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石脇俊司

株式会社継志舎 代表取締役

証券アナリスト協会検定会員、CFP®、宅地建物取引士資格取得

外資系生命保険会社、日系証券会社、外資系金融機関、信託会社を経て2016年株式会社継志舎を設立。
継志舎では、企業オーナーや資産家の民事信託を組成するサポートサービスを行うとともに、不動産会社、証券会社、保険会社などに信託を活用したビジネスに関するコンサルティングを行っている。信託の組成を支援するコンサルティングプラットフォーム【信託の羅針盤トラコム®】の開発し、税理士、司法書士、FPなどに提供している。
これまで組成に関与した民事信託は110件を超え、上場企業オーナー、中小企業オーナー、地主など幅広く民事信託を活用した相続・事業承継の対策をサポートしている。
また、一般社団法人民事信託活用支援機構の設立(2015年)に関与し、同法人の理事を務めている。

主な著書
・中小企業オーナー・地主が 家族信託を活用するための基本と応用(共著 大蔵財務協会)
・税理士が提案できる家族信託 検討・設計・運営の基礎実務(共著 税務経理協会)
・パッとわかる 信託用語・法令コンパクトブック(執筆者 第一法規)

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2023.03.03 16:16:25