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株式交付の方法によりM&Aがしやすくなったオーナー社長

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はじめに

 会社法の改正により、M&Aの手法として「株式交換」の方式のほかに「株式交付」の方式をとることができるようになった。
 「株式交付」の場合には、親会社にとっては議決権を100%取得しなくても子会社化することができるし、買収される会社の株主にとっては株式の譲渡益の課税を先送りできるので、株式交換に比して、M&Aがしやすくなった。この場合の株主は、法人株主に限られていないので、同族会社の個人オーナーにとっても、非常に便利である。
 本稿では、その株式交付の方式について解説することとする。

1 事業承継のためのM&Aの場合の課税関係

 中小企業における事業承継の場合、オーナー個人所有の自社株式を一般的には近親者等に対して贈与又は相続させることが多く、また、近親者等に後継者として適任の者がいないときには、M&Aの手法により他社等に自社株式を譲渡することが多くなる。
 前者のケース(近親者等に対して贈与等をするケース)では、受贈者等に対して、贈与税又は相続税の課税対象となるが、このケースの場合には、「非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除」(措法70の7)及び「非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除」(措法70の7の2)の特例が設けられているので、所定の要件を満たす工夫をすることにより、それらの特例の適用を受けることができる。
 しかし、後者のケース(M&Aの手法により他社等に自社株式を譲渡するケース)についてはそのような特例が設けられていないので、その譲渡の時点における自社株式の値上り益について、オーナー個人に対して原則として所得税の課税対象となる。このため、M&Aの手法としてはハードルが高くなっていた。
 この後者のケースの場合には、買収する会社の株式と買収される会社の株式を交換する形式をとったとしても、場合によっては、買収される会社の株式のその買収時点における値上り益に対して課税される(所法57の4)。その点でも、後者のケースは、M&Aの手法としてはハードルが高くなっていた。
 また、M&Aの手法としては、自社株式を他社に現物出資する方法もあるが、この方式
の場合には手続がかなり面倒という実務上のハードルがある。また、自社株式の値上り益が所得税の課税対象にもなる。

2 株式交付と従来からの株式交換との相違点

 令和元年12月に一部改正され、令和3年3月に施行された改正会社法では、自社株式を対価として他社を子会社化する手法として、株式交付の方式が創設された(会社法174の2)。その、「株式交付」とは、「株式会社が他の株式会社をその子会社(法務省令で定めるものに限る。)とするために当該他の株式会社の株式を譲り受け、当該株式の譲渡人に対して当該株式の対価として当該株式会社の株式を交付することをいう」と規定されている(会社法2条三十二の二)。当該株式の譲渡人は、法人に限られていないので、その株主が個人である場合にも適用される。
 この場合の「子会社」とは、自己の計算において所有する「議決権の割合が50%を超える会社」をいうこととされている(会社法施行規則4条の2)。また、「子会社とするために」とあることからして(会社法2条三十二の二)、株式交付の制度は、自社株式を交付する前の対象会社の議決権の割合が50%以下(ゼロ%を含む。)である場合において、その自社株式を交付した後のその会社の議決権の割合が50%を超えることとなることが前提となっている。
 この改正以前から、自社株式を対価として他社を子会社化する手法として、株式交付の仕組みに類似したものとして「株式交換」の仕組みがあった。会社法では、「株式交換」とは、「株式会社がその発行済株式(株式会社が発行している株式をいう。)の全部を他の株式会社又は合同会社に取得させることをいう」と規定されていた(会社法2条三十一)。
 この「株式交換」は、イメージは株式交付に類似しているが、株式交換の場合は「発行済株式の全部」を取得して100%完全子会社化することが前提となっている。したがって、株式交換後の子会社には、旧株主は全く存在しないこととなってしまう。
 令和3年3月に施行された「株式交付」の場合には、過半数の株式を取得することにより子会社化することが可能となることから、株式交換後の子会社には旧株主が株主として残り得る特長がある。このことは親会社にとっても、議決権を100%取得しなくても子会社化することができるわけで、株式交換に比して、M&Aがしやすくなったということができる。

3 事業承継のためのM&Aに係る税制改正

 以上、会社法の改正により、「株式交付」の方法によってM&Aを行うことができることになったことを受けて、租税特別措置法において、次に掲げるとおり、令和3年4月以後に個人が、株式交付の方法により、その所有株式を譲渡しその譲渡対価として譲渡先の株式の交付を受ける場合には、その譲渡がなかったものとみなすこととされた(措法37の13の3)。
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 (株式等を対価とする株式の譲渡に係る譲渡所得等の課税の特例)
 第37条の13の3  個人が、その有する株式(以下この項において「所有株式」という。)を発行した法人を会社法第774条の3第1項第1号に規定する株式交付子会社とする株式交付により当該所有株式の譲渡をし、当該株式交付に係る株式交付親会社(同号に規定する株式交付親会社をいう。以下この条において同じ。)の株式の交付を受けた場合(当該株式交付により交付を受けた当該株式交付親会社の株式の価額が当該株式交付により交付を受けた金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額のうちに占める割合が100分の80に満たない場合を除く。)における第37条の10から前条まで又は所得税法第27条、第33条若しくは第35条の規定の適用については、当該譲渡をした所有株式(当該株式交付により交付を受けた金銭の額及び金銭以外の資産(当該株式交付親会社の株式を除く。)がある場合には、当該所有株式のうち、当該株式交付により交付を受けた金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額(当該株式交付親会社の株式の価額を除く。)に対応する部分以外のものとして政令で定める部分)の譲渡がなかったものとみなす。
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 つまり、買収時点における株式譲渡益の課税を繰延べる(その交付を受けた株式をその後に譲渡する時まで課税を先延ばしする)こととなった。法令上、「みなす」こととされているので、選択制ではない。

              所有株式の譲渡

  株式交付子会社  ………………………………→  株式交付親会社

  の株主      ←………………………………

              自社株式の交付

(注)株式交付により譲渡する株式の発行会社を「株式交付子会社」といい、その譲渡する株式の譲渡対価として交付される株式の発行会社を「株式交付親会社」という。

 ただし、交付を受ける株式の価額が、交付を受ける金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額(譲渡する株式の譲渡対価の額)の80%以上である場合に限られている。この場合の合計額には、交付を受ける株式の価額相当額を含むことに留意することが必要。
 この要件は、双方の株式の価額差等がある場合において、その補てんとして金銭等の交付がある場合(混合対価の場合)でも、それが20%未満の金額であれば許容するという税制上の措置である。

    交付を受ける株式の価額

   ----------------------------------------   ≧  80%(株式交付割合)

   譲渡する株式の譲渡対価の額

4 混合対価の場合の譲渡がなかったものとされる部分の金額

 株式等の譲渡がなかったものとされる譲渡所得の収入金額は、譲渡をする所有株式の価額相当額(譲渡対価の額)である。
 ただし、混合対価の場合には、株式交付により交付を受ける金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額(この場合の合計額には、交付を受ける株式の価額相当額を除くことに要留意)に対応する部分は課税対象となる。したがってそれ以外の、交付を受ける株式の価額相当額に対応する部分が、株式等の譲渡がなかったものとされる。
 要するに、株式交付の場合、税務上、譲渡対価の20%未満は親会社の株式以外の金銭等でも構わないのであるが、その金銭等に対応する部分に対しては、所得税の課税対象となることに留意することが必要である。

5 創業者利益の定率課税と1億円の壁

 次の税制改正に向けて、「1億円の壁」の問題も議論されており、この問題の一つには、非上場株式の譲渡益の20%定率による申告分離課税もあるように思われる。この税率は、上場株式の譲渡益に適用される税率と同じである。経済への影響を考慮すると、上場株式の方については慎重にならざるを得ないと思われる。
 株式等の譲渡益の20%定率による申告分離課税は、昭和63年12月の税制改正の際に導入されたものである。ただし、公開株式に係る譲渡益に対しては、原則として、実質10%定率による申告分離課税と優遇されていたが、この優遇税制はさすがに半年ほどで廃止された。1億円の壁の問題は、これとは真逆で、むしろ上場株式よりも非上場株式を課税強化すべきであるといった方向に流れるように思われる。
 なお、株式交付の方法による課税の先延ばし自体は、優遇税制とはいえないと思うが、いずれ将来課税の時期が到来するわけで、その時点で20%定率による申告分離課税が適当かどうかという問題がある。

執筆者情報

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税理士 小田 満

 国税庁勤務22年の後、町田・横浜南・板橋の各税務署長を経て、平成19年税理士登録。
 主な著書は、「図表でわかる新税制による金融商品課税の要点解説」、「Q&A プロ選手・開業医・芸能人等の特殊事情に係る所得税実務」など多数。

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2022.10.18 17:11:04