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タックス・フリーダム・ディ

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1 国民負担率として使っている概念と同じ

 1948年、アメリカ・フロリダ州のビジネスマン、ダラス・ホステトラー氏は考えたという。「平均的なアメリカ国民の納税額はいくらなのか、はっきりしたデータがない。何かいい指標はないか?」、……そこで浮かんだアイデアが「国民が1年の始まりから、収入の全てを税金の支払いに充てたと仮定した場合に一年分の税金の総額に達する日を特定する。その日以降、所得は全て自分のものになり、自分の好きに使える……」。

 ホステトラー氏はこの日を「タックス・フリーダム・ディ」と名付け、商標登録までしたという。現在ワシントンのシンクタンク「タックスファンデーション」が所有するこの指標は国の税負担の状況等を示す指標の一つとして欧米ではかなり一般的に用いられて今日に至っている。お気づきと思うが、このアイデアは私たちが「国民負担率(租税負+社会保障負担のGDPに占める割合)」として使っている概念と実はイコール、同じなのだ。

2 日本は1月から6月11日まで国や社会のために働く

 国際比較のためいくつかの国の「タックス・フリーダム・ディと国民負担率(2019年)」の数値を紹介する。日本6月11日(44.4%)、米国4月28日(32.4%)、英国6月19日(46.5%)、フランス9月2日(67.1%)、ルクセンブルクに至っては12月7日(93.4%)となっている。

 日本では、1月初めから6月11日までは租税や社会保障掛金を納めるため、言い換えれば国や社会のために働き、6月12日からは自分のために働く。アメリカでは4月28日までは国や社会のため働き、残りの8ヵ月は自分のために働く。この理屈では、フランスは一年365日のうち245日は国や社会のため働き、残りの120日を自分のために働く。ルクセンブルグにいたっては一年365日のうち341日は国や社会のため働き、残りの24日だけが自分のために残された日々ということになる。

3 納税者一揆が起きないか不思議!?

 中世ヨーロッパの農奴であっても週3日地主の土地を耕作する義務を果たせば残りの4日は自分の土地を耕作できたという。江戸時代の過酷といわれた年貢でも「四公六民」・「五公五民」程度。この伝でいうとフランスは「七公三民」、ルクセンブルグにあっては民に残るのはたったの5%。

 日本の江戸時代、過酷な年貢に耐えかねて「百姓一揆」が頻発したことは歴史の教科書で習って印象深い。中世西欧でも過酷な租税収奪は多くの民衆反乱を誘発し、多くの専制領主や支配階級の命が断頭台の露と消えた歴史を私たちは知っている。そう考えると、なぜ現代フランスやルクセンブルグで納税者一揆が起きないか不思議ということになる。

4 民主国家での租税等の大部分は国民側に還元される

 答えの一つは、ここに挙げた国はいずれも先進民主国に属していることにあるように思う。専制君主制下の租税は、専ら支配者のぜいたくな生活とその配下の懐を潤すことに費やされる。一方、現代の民主国家にとっての租税や社会保障負担の大部分は納税者サービスや社会保障給付となって国民側に還元されることになる。衣・食・住や教育負担そして個人の生命と尊厳が税金によって守られるとすれば、仮に「タックス・フリーダム・ディ」が13月31日になっても納税者一揆は起きない理屈になる。

 こんなことを考えると「タックス・フリーダム・ディ」なる指標が直ちに国民の困窮度を表すとまでは言えないことになる。しかし国々の「タックス・フリーダム・ディ」の比較はGDPや租税歳入や複雑な社会保障制度とその財政基盤などを基に計算される「国民負担率」の様な経済学上の指標を駆使して算出される指標に比べて格段にわかりやすい指標とは言える。今は亡きダラス・ホステトラー氏に感謝したい。

5 「将来の税」を考慮した「タックス・フリーダム・ディ」

 ところでルクセンブルグの「12月6日」に驚いていたら、わが日本の「タックス・フリーダム・ディ」を「翌年の3月24日」とする資料に行き当たった。1997年内閣府発表の「これからの税制を考える」の付属資料「国民負担率等-タックス・フリーダム・ディ表示の国際比較」なる資料である。

 わが国の「タックス・フリーダム・ディ」が「翌年の3月24日」とまで伸びる訳は、この計算では租税負担率の中に「将来の税」が加算されているところにあった。財政学では租税概念の区分方法として「過去の税・現在の税・将来の税」に区分する考え方がある。国債や公債の発行は国や地方公共団体にとっては借金であるが、最終的には、将来の租税収入から返済しなければならないわけで、したがって国債や公債はいわば「将来の税」として認識する必要があるという考え方である。

この国や地方自治体などの借金は「将来の租税」と認識すべきという考え方に立って「タックス・フリーダム・ディ」を計算すると「翌年の3月24日」となるという。要するに日本国民は、一年365日、税金や社会保障掛金を収めるために働くしかない。それでも毎年返済しきれない部分のすなわち「翌年の1月1日~3月24日」の83日分の借金は孫子の世代につけ送りせざるを得ないという現状を私たちに突き付ける。

6 「税から解放される日」は永遠に訪れない?

 この指標、日本の財政事情を「国の借金が1300兆円を超えて国民一人当たり1000万円にのぼる」などと説明しても「単位が大きすぎてピンとこない」などとのたまう暢気オジサンにも少しは響くのではなかろうか。

 この計算式では、アメリカ12月2日、イギリス11月25日、フランス翌年1月7日、イタリア翌年8月1日、スエーデン翌年4月30日と軒並み後ろ倒しで、日本ばかりでないことにいささか救われる思いもするが、それにしても「タックス・フリーダム・ディ」が翌年になるということは「税から解放される日」が永遠に訪れないということを意味するわけで、何とも恐ろしいデータである。

<参考書籍「税金の世界史 (ドミニク・フリスビー)」他>



執筆者情報

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税理士 小畑 孝雄

昭和41年東京国税局入局、国税庁法人税課、国税不服審判所勤務等を経て平成16年東京国税局法人課税課長、18年同調査第2部長を歴任し19年退官、税理士登録(日本橋支部所属)

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 1948年、アメリカ・フロリダ州のビジネスマン、ダラス・ホステトラー氏は考えたという。「平均的なアメリカ国民の納税額はいくらなのか、はっきりしたデータがない。何かいい指標はないか?」、……そこで浮かんだアイデアが「国民が1年の始まりから、収入の全てを税金の支払いに充てたと仮定した場合に一年分の税金の総額に達する日を特定する。その日以降、所得は全て自分のものになり、自分の好きに使える……」。 ホステトラー氏はこの日を「タックス・フリーダム・ディ」と名付け、商標登録までしたという。現在ワシントンのシンクタンク「タックスファンデーション」が所有するこの指標は国の税負担の状況等を示す指標の一つとして欧米ではかなり一般的に用いられて今日に至っている。お気づきと思うが、このアイデアは私たちが「国民負担率(租税負+社会保障負担のGDPに占める割合)」として使っている概念と実はイコール、同じなのだ。
2022.09.26 17:16:08