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海外の隠し財産から生ずる所得の課税逃れ

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はじめに

 日本の納税者が海外の有価証券や不動産を取得して、我が国の所得税の課税逃れをしているのではないかと、巷間いわれていますが、本稿では、これを防止するための制度として、どのようなものがあるのか、また、納税者に対しての牽制措置のようなものはあるのかについて解説します。

1 課税当局が国外財産を把握するための主な制度

 近年、我が国の納税者による国外財産の保有が増加傾向にある中で、国外財産に係る所得税や贈与税等の申告漏れなどが増加している現実があり、国外財産に係る課税の適正化が喫緊の課題となっています。こういったことを背景に、国外財産の状況を把握する方策として、課税当局が国外財産を把握する仕組みや、国外財産を保有している納税者からその保有する国外財産の状況を課税当局に対して自ら申告してもらう制度が創設されています。
 課税当局が国外財産を把握する仕組みなどの主なものとしては、次のようなものがあります。
 イ 財産債務調書の提出による把握
   総所得金額等が2000万円を超え、かつ、総資産が3億円以上若しくは国外に有する有価証券などの資産が1億円以上の納税者、又は総所得金額等の金額の多寡を問わず総資産が10億円以上の納税者は、その有する財産及び債務の内容を記載した財産債務調書を課税当局に対して提出する義務があります。
 ロ 国外送金等調書の提出による把握
   国外送金又は国外からの送金等の受領をする者は、その内容を記載した告知書を金融機関の営業所等に提出することとされており、金融機関は、その告知された内容等を記載した国外送金等調書を課税当局に対して提出する義務があります。
 ハ 国外財産調書の提出による把握
   総所得金額等の金額の多寡を問わず、国外財産が5000万円を超える納税者は、その有する国外財産の内容を記載した国外財産調書を課税当局に対して提出する義務があります。
 ニ 国外証券移管等調書の提出による把握
   国内証券口座と国外証券口座との間で有価証券の移管又は有価証券の受入れをする者は、その内容を記載した告知書を金融商品取引業者等の営業所等に提出することとされており、金融商品取引業者等は、その告知された内容等を記載した国外証券移管等調書を課税当局に対して提出する義務があります。
 ホ CRSによる金融口座情報による把握
   CRS(Common Reporting Standard)は、OECDが策定した共通報告基準に基づくもので、世界各国の税務当局が有する金融口座の情報を相互に交換する仕組みであり、各国の金融機関を通じて各国で情報交換されることになっています。ただし、この仕組みに参加していない国もあります。

2 海外の隠し財産はどのくらいあるのか?

 上記1のハの国外財産調書の金額の合計額が約4兆円、上記1のホのCRS情報の金額の合計額が約12兆円といわれています。これを単純に比較すると、我が国の納税者の自主申告の金額と海外の金融機関から得られた情報の金額との間の開差の約8兆円は、隠し財産の金額に相当するのではないかとの疑問が生じます。
 我が国の納税者による国外財産の保有が増加傾向にある中で、国外財産に係る所得税や贈与税等の申告漏れなどが増加している現実を考えれば、確かに国外財産を過少に申告しようとする思惑が垣間見えるのは致し方ないと思われます。
 しかし、そもそもその開差の原因としては、国外財産調書とCRS情報とでその集計の対象範囲が異なることがあります。例えば、国外財産調書の集計対象は各個人の国外財産の合計額が5000万円を超えるものに限定されていますが、CRS情報については、金額基準は各個人の全世界合計額ではなく、また、この制度に参加していない国もあります。
 したがって、要するに、これらのデータによって海外の個人の隠し財産の総額を推計することは困難であるといえます。ただし、課税当局においてCRS情報を個人別に集計することにより個人別の海外の隠し財産を把握することは、ある程度の実現性があると考えられます。

3 国外財産調書の提出制度

 上記1のうち、財産を保有している納税者からその保有する財産の状況を課税当局に対して自ら申告してもらう制度としては、イとハです。以下、本稿では、このイとハについて解説します。
 説明の都合上、上記ハの「国外財産調書」の提出制度から先に解説します。
 国外財産調書の制度は、平成24年の税制改正により、一定額以上の国外財産を保有している納税者からその保有する国外財産の状況を、課税当局に対して毎年自ら申告してもらう制度として創設されたものです。その概要は、次のとおりです。
 居住者(非永住者を除きます。)は、その年の12月31日において有する国外にある財産の価額の合計額が5000万円を超える場合には、その有する国外財産の種類、数量及び価額その他必要な事項を記載した「国外財産調書」を、その年の翌年3月15日まで(令和5年からは、その年の翌年6月30日まで)に提出しなければならないこととされています。この調書は、所得税の納税義務がない場合であっても、国外財産の合計額が5000万円を超える場合には提出を要することになっています(国外送金等調書法5①)。
 なお、国外財産調書の提出に当たっては、別途「国外財産調書合計表」を作成して提出することになっています。

4 適正な提出のための牽制措置

 国税当局が、国外財産調書の適正な提出を確保し、国外財産に係る情報を的確に把握するため、その適正な提出に向けたインセンティブとして、次のような措置が講じられています(国外調書法6)。
イ 国外財産調書の提出がある場合の過少申告加算税等の軽減措置
  国外財産調書を期限内に提出した場合には、国外財産調書に記載がある国外財産に係る所得税等の申告漏れが生じたときであっても、その国外財産に係る過少申告加算税等が5%軽減されます。
ロ 国外財産調書の提出がない場合等の過少申告加算税等の加重措置
  次に掲げる場合において、その国外財産に係る所得税等の申告漏れが生じたときは、その国外財産に係る過少申告加算税等が5%加重されます。
  ⅰ 国外財産調書の提出が期限内にない場合
  ⅱ 期限内に提出された国外財産調書に記載すべき国外財産の記載がない場合(重要なものの記載が不十分と認められる場合を含みます。)
ハ 国外財産調書に記載すべき国外財産に関する書類の提示又は提出がない場合の過少申告加算税等の軽減又は加重措置
  国外財産に係る所得税等の調査に関し修正申告等があり、過少申告加算税等の適用がある納税者が、その修正申告等の前までに、国外財産の取得、運用又は処分に係る一定の書類の提出又は提示を求められた場合において、指定された日までにその提示等がなかったときは、次に掲げる措置が設けられています。
  ⅰ 上記イの過少申告加算税等の5%軽減措置は、適用されません。
  ⅱ 上記ロの過少申告加算税等の5%加重措置は、10%に変更されます。
ニ 国外財産調書の正当な理由のない不提出又は虚偽記載に対する罰則
  次に掲げる場合には、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処されることがあります。ただし、ⅰの場合には、情状によりその刑を免除することができることとされています。
  ⅰ 国外財産調書を正当な理由がなく期限内に提出しなかった場合
  ⅱ 国外財産調書に偽りの記載をして提出した場合
ホ 当該職員の質問検査権等
国税当局の当該職員は、国外財産調書の提出に関する調査について必要があるときは、
当該国外財産調書を提出する義務がある者又は提出する義務があると認められる者に質問し、その者の国外財産に関する帳簿書類その他の物件を検査し、又は当該物件等の提示  若しくは提出を求めることができることとされています(国外調書法7)。

5 財産債務調書の提出制度

 納税者からその保有する財産及び債務の状況を課税当局に対して自ら申告してもらうためのもう一つの制度は、上記1のイの「財産債務調書」の提出制度です。その概要は、次のとおりです。
 財産債務調書の前身は、昭和25年のシャウプ勧告に基づいて創設された「財産債務明細書」です。この明細書は、課税当局において申告内容の検証に活用するには内容的に不十分であることや不提出等に対する牽制措置がなかったなどの問題があったため廃止することとされ、平成27年の税制改正の際に、財産債務調書の制度に改変されました。改正後の財産債務調書は、その内容を充実させた上、適正な提出を確保するため、国外財産調書と同様のインセンティブ措置が講じられています。
 財産債務調書の制度は、所得税の確定申告書に記載すべき納税者のその年分の総所得金
額等が2000万円を超え、かつ、その年の12月31日において有する総資産の価額の合計額が3億円以上又は「国外転出特例対象財産」の価額の合計額が1億円以上の財産を有する場合には、その有する財産の種類、数量及び価額並びに債務の金額その他必要な事項を記載した「財産債務調書」を、その年の翌年3月15日まで(令和5年からは、その年の翌年6月30日まで)に提出しなければならないこととされています(国外調書法6の2①)。
 なお、令和5年からは、その年の12月31日において有する総資産の価額の合計額が10億円以上の財産を有する場合には、総所得金額等が2000万円以下であっても財産債務調書を提出しなければならないこととされています(国外調書法6の2①)。
(注)国外転出特例対象財産とは、国外転出の場合のみなし譲渡所得等の課税の特例(所法60の2)の対象となる有価証券等並びに未決済信用取引等及び未決済デリバティブ取引に係る権利をいいます。

 【財産債務調書と国外財産調書の対象者の対比】

財産債務調書 国外財産調書
改正前の対象者 追加された対象者
所得総額
 2,000万円超
所得基準なし 所得基準なし
総資産3億円以上 又は
 国外有価証券 1億円以上
総資産10億円以上 国外財産
 5,000万円超

 国外財産調書と財産債務調書については、提出義務者や記載すべき内容が異なっているため、一方の提出義務がない場合においても他の一方の提出義務があるケースが生じる関係になります。
 両方の提出義務があるケースにおいては、記載事項の重複する財産が生じるため、財産債務調書には、国外財産調書に記載した国外財産に関する事項については、国外財産の合計額を除き、記載を要しないこととされています(国外調書法6の2③)。
 なお、国外の債務については国外財産調書の対象ではないため、財産債務調書にその詳細を記載することが必要です。

執筆者情報

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税理士 小田 満

 国税庁勤務22年の後、町田・横浜南・板橋の各税務署長を経て、平成19年税理士登録。
 主な著書は、「図表でわかる新税制による金融商品課税の要点解説」、「Q&A プロ選手・開業医・芸能人等の特殊事情に係る所得税実務」など多数。

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2022.07.15 17:09:19