非居住者が恒久的施設帰属所得を有する場合の課税関係
はじめに
非居住者が、国内の恒久的施設を通じて事業を行う場合において、当該恒久的施設に帰せられるべき所得を有するときは、当該所得については、居住者と同じように、原則として総合課税の対象とすることとされている。この場合の「恒久的施設に帰せられるべき所得」の範囲には、いったいどこまでの所得が該当するのか、所得区分はどうなるのか、また、非居住者本人の本国では、当該恒久的施設に帰せられるべき所得に対して、原則として課税対象とされるものと考えられるが、この場合の二重課税の調整は、どのようにするのかといったことが問題になる。
本稿では、こういった問題について解説する。
1 居住形態による個人の納税者の区分
我が国の所得税法は、居住形態によって個人を居住者、非永住者及び非居住者の3種類に区分しているところであるが、このうちの非永住者は居住者の中の1形態として定められているので、居住者には、「非永住者以外の居住者(永住者)」と「非永住者である居住者」の2形態があることになる。
居住形態による個人の区分を整理すると、図表1のとおりである(所法2①)。
【図表1】居住形態による個人の区分
区分 | 居住形態 | ||||
---|---|---|---|---|---|
住所あり | 国籍あり | 永住者 |
居 住 者 |
||
国籍なし | 過去10年以内に 5年超居住 |
||||
過去10年以内に 5年以下居住 |
非永住者 | ||||
住 所 な し |
引き続き1年以上の 居所がある |
国籍あり | 永住者 | ||
国籍なし | 過去10年以内に 5年超居住 |
||||
過去10年以内に 5年以下居住 |
非永住者 | ||||
引き続き1年未満の 居所がある |
国籍の有無不問 | 非居住者 |
※図表中「永住者」とは、「非永住者以外の居住者」をいう。
2 居住形態別の課税所得の範囲及び課税方式
納税者の課税所得の範囲及び課税方式を居住形態別に整理にすると、図表2のとおりである(所法5、7)。
【図表2】居住形態別の課税所得の範囲及び課税方式
区分 | 課税所得 | 課税方式 | |
---|---|---|---|
居 住 者 |
永住者 | 全ての所得(全世界所得) | 原則として総合課税 |
非永住者 | ① 国外源泉所得(国外にある有価証券 の譲渡による所得として政令で定める ものを含む。②及び③において同じ。) ② 国外源泉所得で、国内において支払 われたもの。 ③国外源泉所得で、国外から送金された もの。 |
||
非居住者 | 国内源泉所得 | 総合課税又は 源泉分離課税 |
※総合課税の対象とされる所得の中には、租税特別措置法により申告分離課税又は源泉分離課税とされるものがある。
※国内源泉所得及び国外源泉所得は、それぞれ限定列挙されているので、両方を合わせて「全ての所得」になるわけではない。
所得 分類 |
国外源泉所得以外の所得 | 国外源泉所得 | |||
国内源泉所得 | その他 | 国内払い | 国内送金 | その他 |
3 非居住者の課税所得の範囲と課税方式
非居住者の課税所得は、国内源泉所得に限定されており、その国内源泉所得は、17に分類されている。また、非居住者の課税方式は、恒久的所得を有するか否かによって異なっており、国内源泉所得の種類により原則として総合課税又は源泉分離課税とされている(所法161、164)。
所得税基本通達164—1では、これを図表にして解説しているが、筆者なりの方法で再整理すると、図表3のようになる。
【図表3】非居住者の課税関係の概要
非居住者の区分 | 非居住者 | ||
---|---|---|---|
国内源泉所得 | 恒久的施設を 有する者 |
恒久的施設を 有しない者 |
|
① 国内の恒久的施設帰属所得 (②から⑰に該当するものを含む。) |
総合課税 (⑤から⑯に該 当するものは、 源泉徴収の上、 総合課税) |
(対象外) | |
② 国内にある資産の運用・保有 により生ずる所得(⑧から⑯に 該当するものを除く。) |
総合課税 | ||
③ 国内にある資産の譲渡により 生ずる所得 |
総合課税(恒久的施設帰属所得以 外のものは、一部のみ) |
||
④ 組合契約事業利益の配分 | 源泉徴収の上、 総合課税 |
(対象外) | |
⑤ 国内にある土地等の譲渡によ る所得 ⑥ 国内における人的役務提供事 業の所得 ⑦ 国内にある不動産の賃貸料等 |
源泉徴収の上、総合課税 (所法212) |
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⑧ 内国法人の発行する債券の利 子等 ⑨ 内国法人から受ける配当等 ⑩ 内国業務に係る貸付金利子 ⑪ 内国業務に係る使用料等 ⑫ 国内において行う勤務に係る 給与その他国内の人的役務の提 供に対する報酬、公的年金等、 退職手当等 ⑬ 国内において行う事業の広告 宣伝のための賞金 |
源泉分離課税 (所法169、212) |
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⑭ 国内にある営業所等を通じた 生命保険契約に基づく年金等 ⑮ 国内にある営業所等が受け入 れた定期積金の給付補塡金等 ⑯ 国内において事業を行う者に 対する出資につき匿名組合契約 等に基づく利益の分配 |
源泉分離課税 (所法169、212) |
||
⑰ その他の国内源泉所得 | 総合課税 |
※総合課税の所得は、土地建物等や株式等の譲渡所得等など租税特別措
置法による分離課税とされるものがある。
4 恒久的施設の範囲
非居住者の課税所得の範囲及び課税方式の特徴の一つは、その非居住者が国内に恒久的施設を有するか否かによって異なっていることである。この場合の「恒久的施設」(permanent establishment =PE)とは、次に掲げるもの(国内にあるものに限る。)をいう(所法2①八の四、所令1の2①②⑦)。
ⅰ 非居住者又は外国法人の国内にある支店、工場その他次のような事業を行う場所
a 事業の管理を行う場所、支店、事務所、工場又は作業場
b 鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その他の天然資源を採取する場所
c その他事業を行う一定の場所
ⅱ 非居住者又は外国法人の国内にある建設若しくは据付けの工事又はこれらの指揮監督の役務の提供を行う場所、非居住者又は外国法人の国内にある長期建設工事現場等
ⅲ 非居住者又は外国法人が国内に置く自己のために契約を締結する権限のあるものその他これに準ずる者で国内において非居住者又は外国法人に代わって、その事業に関し反復して所定の契約を締結し又は当該非居住者若しくは外国法人によって重要な修正が行われることなく日常的に締結される所定の契約の締結のために反復して主要な役割を果たす者(「契約締結代理人等」という。)
5 恒久的施設帰属所得の内容及び所得区分
恒久的施設に帰せられるべき所得を「恒久的施設帰属所得」という。その恒久的施設帰属所得は、上記図表3のとおり、17に分類される国内源泉所得の筆頭に位置するもので、その所得の内容は、所得税法において次のように規定されている(所法161①)。
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非居住者が国内の恒久的施設を通じて事業を行う場合において、当該恒久的施設が当該非居住者から独立して事業を行う事業者であるとしたならば、当該恒久的施設が果たす機能、当該恒久的施設において使用する資産、当該恒久的施設と当該非居住者の事業場等(政令で定めるものであって当該恒久的施設以外のものをいう。)との間の内部取引その他の状況を勘案して、当該恒久的施設に帰せられるべき所得(当該恒久的施設の譲渡による所得を含む。)
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この恒久的施設帰属所得は、文字どおり「事業」による所得であるから、基本的に事業所得に属するものと考えられる。
しかし、恒久的施設帰属所得には、その他の16に分類された国内源泉所得に重複して該当するものがある場合には、その該当する所得も含めることとされている(所法164①一ロ、②一、所基通164─2)。このため、その他の16に分類された国内源泉所得であって本来であれば源泉分離課税とされるものであっても、この恒久的施設帰属所得に含めて総合課税の対象とされることに留意する必要がある。
以上のことからして、恒久的施設帰属所得は、いわゆる所得法上の10種類の所得区分に属さない独自の所得区分であるといえる。
ただし、課税される所得の金額の計算に当たっては、恒久的施設帰属所得の内容を所得税法上の10種類の所得区分に区分して、それぞれの所得区分ごとに所得の金額を計算することとされており、その上で、損益通算や繰越控除の規定を適用することとされていることに留意する必要がある(所法165①②)。
(注)租税特別措置法により分離課税とされるものは、それに則って課税処理することになるので、例えば、株式等や土地建物等に係る譲渡所得等については、原則として申告分離課税の対象となる。
6 恒久的施設帰属所得の認識
どこまでの所得が恒久的施設帰属所得すなわち「恒久的施設に帰せられるべき所得」に含まれることになるのかについては解釈又は事実認定の域内と考えられるところ、実務上の取扱いとして、恒久的施設帰属所得に該当するか否かは、次に掲げるような状況を総合的に勘案して認定することになっている(所基通161─9)。
この「恒久的施設に帰せられるべき所得」は、その非居住者の有する恒久的施設それ自体を、その非居住者と異なる人格の事業者であると犠牲して、その事業者の所得を計算しようとするわけで、この恒久的施設帰属所得を認識するためには、イの分析を行うことにより、ロを特定することとされている(所基通161—8、161—9)。
イ 恒久的施設及びその事業場等が果たす機能 (リスクの引受けリスクの管理に関する人的機能、資産の帰属に係る人的機能その他の機能をいう。) 並びに当該恒久的施設及びその事業場等に関する事実
ロ 当該恒久的施設が果たす機能、当該恒久的施設において使用する資産、当該恒久的施設に帰せられるリスク、当該恒久的施設に帰せられる外部取引、内部取引、その他の恒久的施設帰属所得の認識に影響を与える状況
要するに、上記の「恒久的施設に帰せられるべき所得」に当たるか否かの判定をする場
合には、「恒久的施設が果たす機能」、「恒久的施設において使用する資産」、恒久的施設と非居住者の事業場等との間の「内部取引」その他の状況を特定することとされている。
(イ) 恒久的施設が果たす機能の例示
この場合の「恒久的施設が果たす機能」の主なものは、恒久的施設を通じて行う事業に従事する者に係る人的機能であると考えられるところ、その人的機能としては、次のとおり例示されている(所基通161—10)。
ⅰ 恒久的施設が果たすリスクの引受け又はリスクの管理に関する人的機能
ⅱ 資産の帰属に係る人的機能的施設が果たす機能、
ⅲ 研究開発に係る人的機能
ⅳ 製造に係る人的機能
ⅴ 販売に係る人的機能
ⅵ 役務提供に係る人的機能
(ロ) 恒久的施設において使用する資産の範囲
上記の「恒久的施設において使用する資産」の範囲については、次のとおり取り扱われている(所基通161—11、165の3—4)。
ⅰ 恒久的施設において使用する有形資産
ⅱ 恒久的施設が無形資産の開発若しくは取得に係るリスクの引受け又は無形資産に係るリスクの管理に関する人的機能を果たす場合のそれらの無形資産
ⅲ 恒久的施設が金融資産に係る信用リスク、市場リスク等のリスクの引受け又はリスクの管理に関する人的機能を果たす場合のそれらの金融資産
ⅳ 賃借している固定資産、使用許諾を受けた無形資産等で恒久的施設において使用するもの。
(ハ) 内部取引の内容
「恒久的施設に帰せられるべき所得」に当たるか否かの判定をするに当たっては、恒久的施設と非居住者の事業場等との間の「内部取引」その他の状況を勘案することとされている。
この場合の「内部取引」とは、「非居住者の恒久的施設と事業場等(恒久的施設以外のものをいう。)との間で行われた資産の移転、役務の提供その他の事実で、独立の事業者の間で同様の事実があったとしたならば、これらの事業者の間で、資産の販売、資産の購入、役務の提供その他の取引(資金の借入れに係る債務の保証保険契約に係る保険責任についての再保険の引き受けその他これらに類する取引として政令で定めるものを除く。)が行われたと認められるものをいう。」こととされている(所法161②)。
要するに、内部取引とは、その非居住者の事業に係る恒久的施設と事業場等との間の内部的な取引を指すものである。この場合の恒久的施設とは、その非居住者から分離独立した人格の事業者と犠牲したものであり、一方、事業場等とは、その非居住者の事業に係る事業場その他これに準ずものであって恒久的施設以外のものをいうとされている。
この規定の趣旨は、恒久的施設と事業場等との内部取引を、独立企業間の取引と同様に見立てて、恒久的施設帰属所得を認識しようとするものである。
7 恒久的施設帰属所得を計算する場合の添付書類
恒久的施設帰属所得について各種所得の金額を計算する場合には、その恒久的施設に帰せられる取引に係る明細を記載した書類その他一定の書類を作成しなければならないこととされている。また、内部取引に該当する事実がある場合には、その事実に係る明細を記載した書類その他一定の書類を作成しなければならないこととされている(所法166の2①②)。
8 恒久的施設帰属所得に係る二重課税の調整
恒久的施設帰属所得については、原則として、我が国と本国の両方において課税の対象とされるため、二重課税の調整をする必要がある。
このため、恒久的施設を有する非居住者が本国においても所得税を納付することとなる場合には、恒久的施設帰属所得に係る我が国の所得税の額のうち、国外所得金額に対応するものとして所定の方法によって計算した金額を限度として、我が国の所得税の額から控除することとされている(所法165の6①、所基通165の6─1)。