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事業譲渡の手続―債権債務等の処理について―

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第1 はじめに

 事業譲渡とは、「会社が事業の全部又はその一部を他の者に譲渡する取引行為」(関口智弘ほか『事業譲渡の実務―法務・労務・会計・税務のすべて』初版第4刷 商事法務 2021年 3頁)といわれています。そして、事業譲渡は、会社分割などの組織再編とは異なり、事業の売買契約という取引行為の1種であると考えられています。そのため、譲渡会社の有している契約上の地位や債権債務を譲受会社に移転させるためには、民法の原則に従って、それぞれの契約や債権債務ごとに別個の手続が必要となります。そこで、今回は、事業譲渡した場合、それぞれの契約上の地位や債権債務をどのような手続によって、譲渡会社から譲受会社へ移転させることとなるのかを説明いたします。

第2 債権の譲渡

 事業譲渡を行った場合、譲渡会社の有していた債権は譲受会社が引き継ぐことが一般的です。具体的には、譲渡会社の有していた売掛金などが考えられます。
 民法上、債権は自由に譲渡することができます(民法466条1項本文)。しかし、債権譲渡の効力を債務者に対抗するためには、譲渡会社が債務者に対し債権譲渡した旨を通知しなければなりません(民法467条1項)。これは、誰が債権者であるのかを債務者に対し明確にすることで、無用な混乱を避けることなどが目的です。また、債権譲渡を債務者以外の第三者に対抗するためには、債務者への通知を確定日付のある証書によって行う必要があります。
 事業譲渡と債権譲渡の関係で特に注意が必要な点として、令和2年の民法改正により、抗弁権の切断という制度が廃止された点が挙げられます。改正前は、債務者が異議をとどめない承諾を行えば、債務者は譲渡会社に対して主張できた抗弁を譲受会社に主張できなくなっていました。しかし、改正法では、「債務者は、対抗要件具備時までに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。」と規定されました(民法468条1項)。例えば、債務者が譲渡会社に対して売掛金債権(α債権)を有しており、その後、当該債務者に対する譲渡会社の債権(β債権)が譲受会社に譲渡された場合であっても、債務者は譲受会社に対し当該債権(β債権)と当該売掛金債権(α債権)を相殺することが可能となる場合がでてきます。
 このような事態を避ける方法としては、債権譲渡を行う際に債務者から抗弁権を放棄する旨の意思表示を受けることや、譲渡契約書において抗弁等がないことを譲渡会社に表面保証させておくことが考えられます。

第3 債務の引受け

 債務の引受けには、債務が譲渡会社から譲受会社に移転して譲渡会社は債務を免れるという「免責的債務引受」と、譲受会社が譲渡会社と一緒に債務を負う(譲渡会社は債務を免れない)「併存的債務引受」の2種類があります。事業譲渡の場合には、免責的債務引受がなされることが一般的であり、免責的債務引受を行うためには、債権者の承諾が必要となります(民法472条3項)。
 なお、産業競争力強化法にもとづいて行う事業譲渡については一部例外となる場合があります(産業競争力強化法34条)。

第4 契約上の地位

 譲渡会社は、事業を行うにあたって、他社との間で業務委託契約やライセンス契約など様々な契約を締結しています。そのため、譲受会社が事業譲渡を受けて事業を行うためには、これらの契約を引き継ぐ必要があります。つまり、契約上の地位を譲渡会社から譲受会社に移転させることとなります。そのためには、契約の相手方の承諾が必要です(民法539条の2)。
 もっとも、事業活動を行う上で譲渡会社は多種多様なあらゆる契約を締結していることが多く、その契約一つ一つについて明示的な承諾を得ることは現実的ではない場合もあります。そのような場合には、譲渡会社から契約相手方に対し事業譲渡する旨の通知を送り、契約の相手方が異議を出すことなく取引を継続した場合には、契約相手方が契約上の地位の移転に黙示的な同意があったと判断するという取扱いがなされる場合もあります(関口智弘ほか『事業譲渡の実務―法務・労務・会計・税務のすべて』初版第4刷 商事法務 2021年 221頁)。もっとも、このような取り扱いをする明確な法的根拠はなく、後にトラブルとなるリスクもあります。そのため、少なくとも事業にとって重要な契約の相手方等に対しては、明示的な承諾を得ておくことをお勧めします。

第5 結語

 このように、事業譲渡は、譲渡会社と譲受会社との間の契約だけでなく、取引会社等を含めた様々な会社との契約関係を確認したうえで、適切な対応をしなければなりません。そのため、必要な知識を有した弁護士等の専門家の協力のもとで事業譲渡を実施することをお勧めします。
 また、今回は契約関係や債権債務の移転の手続について解説しましたが、適法な事業譲渡を行うためには、会社法上の手続(株主総会決議など)が必要となる場面もあり、会社内部の手続にも万全を期す必要があります。事業譲渡の際に必要となる会社内部の手続についてはまた別の機会に解説いたします。

参考文献
関口智弘ほか『事業譲渡の実務―法務・労務・会計・税務のすべて』初版第4刷 商事法務 2021年
伊藤靖史ほか『会社法』第5版 有斐閣 2021年

執筆者情報

弁護士 髙尾 侍志

弁護士法人ALAW&GOODLOOP

令和3年1月 弁護士登録

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 事業譲渡とは、「会社が事業の全部又はその一部を他の者に譲渡する取引行為」(関口智弘ほか『事業譲渡の実務―法務・労務・会計・税務のすべて』初版第4刷 商事法務 2021年 3頁)といわれています。そして、事業譲渡は、会社分割などの組織再編とは異なり、事業の売買契約という取引行為の1種であると考えられています。そのため、譲渡会社の有している契約上の地位や債権債務を譲受会社に移転させるためには、民法の原則に従って、それぞれの契約や債権債務ごとに別個の手続が必要となります。そこで、今回は、事業譲渡した場合、それぞれの契約上の地位や債権債務をどのような手続によって、譲渡会社から譲受会社へ移転させることとなるのかを説明いたします。
2022.02.15 14:20:18