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役員給与の取扱いを巡る考察 後編

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前編からの続き

3 「あらかじめ定められているかどうか」への疑問の声

 平成18年度税制改正による役員給与の取扱いの問題点については、まだまだ論点は尽きないようである。国税庁の説明によれば,「平成18年度改正後の法人税法により損金算入の対象とされる役員給与は,定期同額給与,事前確定届出給与及び利益連動給与とされ,いずれもその役員給与があらかじめ定められているかどうかを重要な判断基準として整理されたものであり,あらかじめ定められたところに従い支給される給与については,法人税法34条1項各号の要件を満たせば損金算入されるという制度であるといえる。」とされているが,このように「あらかじめ定められているかどうか」を強調するスタンスに対しては,疑問の声が上がっている。

 例えば,18年度改正前は旧通達によって,役員報酬の支給限度額の増額に伴う一括支給については,定時株主総会等での期首遡及しての増額改訂と一括支給は,役員報酬として損金算入を認めていた。しかしながら改正後は,当局は「定期同額給与は役員の職務執行期間開始前にその職務に対する給与の額が定められているなど支給時期,支給金額について『事前に』定められているものに限られている」として上記通達を廃止し,損金算入が認められないこととなった。

 しかし,役員給与支給の慣行として事業年度を単位とする考え方が根強く存在することを考慮する必要があるのではないだろうか。また,恣意性の排除という観点からも弊害があるとは考えられないことを考慮すれば,このような結論には反対が多い。会社が遡及決定決議に基づき,期首からの各月の未払役員給与として経理処理したときは,定期同額給与と認めるべきとの声が強い。

 また遡及するケースに限らず,当期の業績の不透明さから,従業員の給与水準は維持しつつも役員給与は低めに設定して期初の役員給与を支給していたものが,期央となって経営状態の好況を見ることとなり,臨時株主総会等で役員給与を増額するようなケースが,中小企業ではよく見られるようである。

 これは決して利益操作といった動機によるものではなく,経営者のリスク管理あるいは経営マネジメントの一環というべきであろう。このような場合に税法が規制を加える結果となってしまっていることにも,批判が強い。

 ここまでは役員給与を増額するケースであるが,逆に減額するケースについても様々な問題が指摘されている。改正後の定期同額給与の範囲等に規定する,給与を減額する理由として挙げられている「経営の状況が著しく悪化したことその他これに類する理由」とは,通達によれば「経営状況が著しく悪化したことなどやむを得ず役員給与を減額せざるを得ない事情があることをいうのであるから,法人の一時的な資金繰りの都合や,単に業績目標値に達しなかったことなどはこれに含まれない」とのことである。「経営状況の著しい悪化」を給与減額の典型的理由として例示しているだけであるなら理解できるが,当局の理解はもっと限定的なもののようである。

 しかしながら,例えば経営状況は良好だが巨額の設備投資のために資金繰りが悪化した際, 役員の給与を引き下げて,「全社一丸となって当たる」といった事態はよくあることであり,「役員の給与の減額が経営状況の著しい悪化に限るというのは,経営を知らない者の発想である」との批判がなされているのである。

4 やっかいな問題点の1つ「不相当に高額な役員給与」

 役員給与に係る問題点のうち,最もやっかいなものの1つが,「不相当に高額な役員給与」であろう。まず,「不相当に高額」自体、いわゆる「不確定概念」の典型的なものであり,内容としてどのようなものを充填すれば良いか,確たることはなかなか示しにくいと思われる。

 政令では,いわゆる「実質基準」として,「当該役員の職務の内容,その内国法人の収益及びその使用人に対する給与の支給の状況,その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する給与の支給の状況等に照らし,当該役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額」と規定している。

 また,退職給与についても同様な規定が用意されており,「当該役員のその内国法人の業務に従事した期間,その退職の事情,その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況」等を勘案するとしている。

 判決例を色々と探していくと,まず奇妙な感を受けるのは,「役員給与」について不相当に高額であるとされて争いになった事例が,あまり見当たらないことである。高額な給与というと,ニッサンのゴーン社長の例などが思い浮かぶところであるが,「給与」について「不相当に高額」な故に当局から否認される例というものが,あまり存在しないようなのである。

 公開会社の株主総会等で,企業活動や利益状況・財務状況について十分なディスクロージャーが行われ,他の世界的企業との比較・分析等が行われて決定されていることから,課税当局も異議をはさみにくいという面があるのであろうか。判決例のほとんどが退職給与に係るものであり,比較的規模の小さい会社や同族法人の類が多くなっているように見受けられる。

 個々の事例について,どのような基準を用いて「不相当に高額」かを判定するかについては,様々なものが工夫されている。①功績倍率の平均率によって算定した例,②功績倍率の最高率によって算定した例,などが主要な手法であるようであるが,この他に,③国家公務員退職手当法に基づいた算定 ④1年当たりの退職給与額と3年間の公表利益との関係を示す回帰方程式の二標準偏差値の範囲で判定した例といった,様々な試みが行われているようである。

 これらの中で最も一般的に用いられているのは,①の平均功績倍率法であり,具体的には「退職役員の最終報酬月額に勤続年数を乗じた金額に,類似法人における平均功績倍率を乗じて算定する」方法である。

 この方法は,(ア)最終報酬月額は、特別な場合を除いて役員の在職期間中における最高水準を示すとともに,役員の在職期間中における会社に対する功績を最もよく反映しているものである。(イ)役員の在職期間の長短は,報酬の後払いとしての性格の点にも,功績評価の点にも影響を及ぼすと解される。(ウ)功績倍率は、当該役員の法人に対する功績や法人の退職金支払能力等の個別的要素を総合評価した係数というべきで,法人税法34②等の法令の趣旨からみて適正である,などと受け止められているようである。

 しかしながらこの手法に対しては,「低額な報酬しか収受していない役員に対しては,低額な退職給与しか算定されないという欠点を有している」との批判がある。つまり,役員在任中は自己の報酬をも削って献身的に会社の業績向上に貢献した役員があった場合に,その功績に報いるために,せめて退職慰労金を多額に支給しようと考えるのは人情としてうなずけるものがあるのに,この場合に税法が形式論のみで待ったをかけるのは極めて不合理であるとの批判である。

5 米国の判断基準「独立投資家テスト」

 役員給与に係る問題点のうち,最もやっかいなものの1つが,「不相当に高額な役員給与」であろうと思われ,退職給与についてよく用いられている「平均功績倍率法」についても,「低額な報酬に耐えた役員に対して,低額な退職給与でもよいのか」との批判があるほか,「退職役員の特別の功績が反映し難い」,「退職の事情が反映されない」といった批判が寄せられている。

 例えば,会社が資金繰りに困ったときに社長が個人財産を売却し,譲渡代金を会社に提供して会社の危機を救ったケースについて,社長の死亡退職に際して会社が退職金にその功労加算をしようとしたところ,裁判で否認されてしまった事案があるとのことである。

 ここで眼を米国に転ずると,「独立投資家テスト」という基準があるとのことである。このテストは,「法人の所有者はその法人を管理するために役員を雇い,その役員の経営手腕により法人の資産価額の増加があった場合に,当該役員に給与を支払うものである」との前提の下,「資産価額の増加は自己資本収益率で示され,評価対象法人の自己資本収益率が類似法人と比較して著しく差異がない場合は,独立投資家が満足すべき正常な経営判断が行われ,役員への報酬の支払いも妥当なものが支払われたと判断するテスト」といわれる。

 すなわち,一般投資家が類似法人と同程度かそれ以上の投資収益率を得,役員給与の支払いを承認する場合,そこに隠れた利益配当が存在するとはいえず,当該役員に支払われた給与は合理的であるとするものである。このテストは,自己資本利益率が類似会社以上であるか否かで,役員給与の支払いを認めるか否かの明確な基準を提供する点に特徴がある。

 経営者が生み出す利益率が同業者より高い場合は,経営者自身が取得することができる給与はより大きくなり,投資家の予想よりも高い投資収益率を得る場合,役員給与も相当に高額なものも容認されるといわれている。

 我が国の実質基準が,給与の支払額それ自体を類似法人と比較する仕組みであるのに対し,米国の「独立投資家テスト」は各社の利益状況や財務状況を比較して判定しようとするものであり、極めて合理的な面を有していると考えられる。そろそろ,このような基準も参考にすべき時期ではないかと思われるのである。

執筆者情報

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川根 誠

平成国際大学教授・税理士

昭和63年7月 国税庁間税部消費税課課長補佐(我が国に消費税が導入された際の、初代運用担当補佐)、平成9年7月国税庁長官官房国税企画官(電子帳簿保存法の企画・立案)、平成12年7月関東信越国税局課税1部長、平成13年7月東京国税局調査2部長、平成14年7月金沢国税局総務部長、平成20年7月国税庁長官官房調整室長、平成21年7月札幌国税不服審判所長、平成22年7月税務大学校副校長

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2019.01.24 16:09:19