3.債務者区分に応じた資産査定の実務


 また、金融機関は経営の健全性を維持するために取引企業の実態を評価して貸出金返済の可能性を見極める作業として「債務者区分に応じた資産査定」という業務を定期的に行なっているが、今回の監督指針の改訂では資産査定の段階で債務者の実態を厳格に評価するように指導されている。

 債務者区分とは経営の状態を総合的に判断し「正常先」「要注意先」「破綻懸念先」「実質破綻先」というように借主を評価する基準であるが、「要注意先」に関しては、貸出している債権の契約状態についても判断基準として考慮しており、適用金利が本来あるべき条件よりも優遇されていたり、返済条件を緩和したり最終期限にしわ寄せする等返済方法を優遇している場合は「要管理先」として分類される。

 但し、実務的には債務者を最終判定する際に、借主の実態を正確に評価し、今後業績が回復できる見込がある等、実現可能性のある経営改善計画を立案できる場合は、この債務者区分を引上げる事を認めており「金融検査マニュアル中小企業編」においてその運用基準を定めているのだが、今般の「金融円滑化法」は、この運用基準を一部緩和する措置をとっていることで債務者区分が引き上げられた状態になっているのである。しかし、基本的には「要管理先」「破綻懸念先」「実質破綻先」になると新たな貸出は難しくなる事には変わりはない。

 今年4月から監督官庁の金融庁検査が実施された金融機関の話を総括すると「資産査定」の評価基準が厳しくなっている=債務者区分の判定が厳しくなっているとの指摘が多い。政府は来年迄の1年間の猶予期間でソフトランディングするという目的で、4月に「金融円滑化法対策による政策パッケージ」を公表したが、金融機関側の実務面=資産査定という作業から考えると厳しい運用をせざるを得ないのが実情のようであり、その効果は限定的と思われる。

 また、資産査定という作業では、企業の経営状態の優劣と併せて貸出金が返済してもらえるのか否かを判断する際に担保や保証(信用保証協会融資含む)による保全状況も加味するが、保全されていない部分に関しては予防的に「引当金」を計上するように指導されている。企業の業績が悪化して今後回復の見込みが厳しく(=破綻懸念先や実質破綻先の評価)、且つ、担保や保証で保全されていないケースの場合は、対象となる貸出金について「個別引当金」を計上することが求められるため(=不良債権処理)、金融機関の決算そのものへ直接的に影響が現れる。バブル崩壊後の金融機関が淘汰再編された最大の要因がこの不良債権処理であったのは記憶に新しい。

 金融円滑化法は、ある意味「本来までの基準では危険な貸出先であり引当金を計上するべきであった先」を、法律の基準に基づき「引当金の計上を先延ばしして存続させていた」とも言われている。しかし、監督指針の改訂により企業評価を厳しくする事で、今後は「引当金」の負担が増加するのは確実であろう。メガバンクや一部地方銀行で体力のある金融機関は別だが、資金的に余裕のない金融機関にとっては、金融円滑化施行時の評価に基づき支援を継続したいが、この2〜3年の間の取引企業の改善状態を踏まえ、新たな監督指針の運営基準に従えば評価を厳しくせざるを得ない状況(=債務者区分を引下げる)にあり、決算への影響度合いも考慮しながら対応に苦慮することが予想される。

 一方、金融機関の体制面では、経営に重大な影響を与える大口貸出先の業績不振先については、本部に専門的知識を有する担当者を配置した専門部署によって再生支援する体制を整備してきたが、金融円滑化法施行後は、小口の中小・小規模企業、更には個人の住宅ローンを利用している先までを支援対象先に選定する必要があり、専門部署のみで対処することが難しく、結果として現場である営業店の担当者が対応せざるを得ない状況にある。

 つまり、取引先に対して専門的知識を有する担当者が「親身な対応」をとりたくても物理的にできないという状況が起こりつつある。そうなると、何が起こるか。おそらく、信用保証協会の保証付きのみの貸出先や担保で貸出金が全て保全されている貸出先については、前述の「引当金」を計上する必要性がないことから、再建計画の妥当性や今後の改善の方法を考えるよりも、事業改善の見込が厳しいという決算数字のみの状況判断により貸出金の回収に舵を切る可能性が極めて高くなるであろう。実際、メガバンクや地銀の一部では再建支援を打ち切る行動に出ているケースも聞かれる。
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