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「判断能力」・「意思能力」とはなにか?

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 日常的な用語法として、「認知症により判断能力を失っている」というような言い方がよくなされる。
 では、この「判断能力」とは、法的にはどのように位置づけられ、具体的にどの程度の能力を意味する概念なのであろうか。

1 いわゆる「判断能力」という言葉が意味するもの

 一般的によく目にする「判断能力」という用語そのものは、これだけ広く使われているにもかかわらず、実は主だった法令には登場しない言葉なのである。
 他方、法律を学んだことのある士業者であれば、民法の教科書に登場する「意思能力」という概念はなじみ深いであろう(これもまた講学上の概念であったが、2017年5月の民法〔債権法〕改正により条文化された)。
 同様に、「事理を弁識する能力」(事理弁識能力。民法7条等)という用語も登場する。
 これらはどこが同じでどこが違うのか、それぞれの定義づけや異同をめぐっては、厳密にいえばいくつかの考え方が存在するところである。
 しかしながら、実務の現場における整理としては、「判断能力」≒「意思能力」≒「事理弁識能力」と理解し、三者はほぼ重なりあうものとして整理しておくことがわかりやすく、かつ実践的である(以下の解説でも、これを前提とする)。
 その具体的な意味内容は、次のとおりである。

いわゆる「判断能力」と呼ばれているもの ≒ 法律学でいう「意思能力」のこと
つまり、「自分がしようとする行為の結果が法律上どのような意味を持っているか」について、ある程度認識することができる能力(財産行為については、おおよそ7~10歳程度の精神能力に相当する)

 上記のように、「ある程度」認識できれば足りる。したがって、法律上の意味を理解していることを要するといっても、法学部生が教科書で習うような正確な法律知識までを理解し、認識している必要はない(もしそのレベルまで要求されるとしたら、世の中の法律行為の大半が無効となってしまう)。
 たとえば、自宅の売買契約を締結しようとしている売主の立場であれば、「ここにサインをしたら、自宅はもう他人の物になってしまうのだな」という程度の(言ってみれば小学生レベルの)理解ができるのであれば、意思能力はあるものとして扱われるのである。

2 「意思能力」の有無の判断基準

 以上の説明を聞くと、意思能力というのは、特定の時点において、「ある」か「ない」かの二択で判定されるもののように思うかもしれない。
 しかし、それは誤りである。意思能力は、問題となる行為や契約ごとに、個別にその有無が判断されるのである。
 つまり、たとえば同じ日に複数の内容の契約を締結したという場合でも、ある契約に関しては意思能力があると判断され、別の契約に関しては意思能力がないと判断される可能性も十分あり得るということである。
 このように、意思能力は個別具体的な性格を有するので、問題となる場面ごとに以下の要素を総合的に検討し、個別に判断していく必要がある。

意思能力の判断にあたっての考慮要素

① 行為・契約当時の本人の心身の状態、病状
② 問題となる行為・契約の性質、内容、複雑性
③ 本人に与える財産上の損得の程度
④ 契約に至った動機・経緯
⑤ 当事者間の人的関係
⑥ 契約時の状況  など

 判断能力、つまりは意思能力の有無が裁判で争われる場合、双方の当事者は、上記各要素に関連する自己に有利な事実関係を主張していくことになる。
 それらを踏まえ、最後は裁判官が結論を下すことになる。このような個別具体的な場面における総合判断の側面が強いからこそ、判断能力の有無は当事者にとっても見通しが立ちにくく、厄介な問題なのである。

(参考)認知症患者救済のために用いられる代表的な法制度

 このコンテンツの内容は、平成30年6月1日現在の法令通達によっています。

資料提供(書誌出典)

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書名:税理士が知っておきたい [認知症]と相続・財産管理の実務

発行日:2018年7月5日
発行元:株式会社 清文社
規格:A5判/208頁

著者:弁護士 栗田祐太郎

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