「騙すつもりはなかった」 不正行為の正当化と故意 (その1 全4回)
‘I didn’t intend to deceive anyone’ Fraud rationalization and the guilty mind
犯罪者というのは、犯行時の精神状態の有責性を軽減するため、いろいろな言い訳をするものだ。というのは、検察官が犯行時の精神状態、つまりメンズ・レア(mens rea)を証明できなければ起訴されないことを知っているからだ。
連邦捜査局(FBI)は、5年間の調査の後、エンロン・コーポレーション(Enron Corporation、テキサス州ヒューストンに拠点を置く、エネルギー、商品投資、サービス会社)が、その不正会計を隠すため、様々な不正処理や粉飾決算処理を行っていることを突きとめた。エンロンの経営者達は、不正会計によって会社が数十億ドルの利益を生み出していると見せかけ、株価はうなぎ昇りに上昇した。1996年から2000年にかけて、エンロンの売上は133億~1,008億ドルに増加したと報告されていたが、実際には損失を出していたのだ。
エンロンの経営陣は、数百万ドル相当のエンロン株をインサイダー情報によって売却したが、会社が多額の損失をオフショア口座に隠ぺいしているのを知っていた。投資家達はそのことに気がついていなかった。CFOのアンドリュー・ファストウ(Andrew Fastow)とその部下 数名は、非連結子会社を作って取引を操作することで、計画通り数十億ドルの架空売上を計上した。その犠牲は会社や株主が全て負担することになった。
エンロンの株価は上昇し、ウォール・ストリートもそれを後押ししたが、エンロンの経営陣 と役員29名は株を売り始めた。このインサイダー取引は1999~2001年前半までに行われた。その結果、1,730万株が売却されて、彼ら内部関係者は合計11億ドルを手に入れた。
エンロンの創立者である ケネス・レイ(Kenneth Lay)とCEO ジェフリー・スキリング(Jeffrey Skilling)はともにファストウの不正スキームによりエンロンの破綻前に数百万ドルの株式を売却して大儲けした。
レイは不正で起訴されると、自分に都合よく「スキリング、ファストウ、COOのリチャード・カウゼイ(Richard Causey)のせいでエンロンが終焉を迎えた」と非難し、自分自身の不正会計への関与を否定した。レイは裁判の前に「60 Minutes」 (訳者註:CBSのニュース番組)のインタビューに答え、自分は犠牲者であると強調した。「私は、自分が愚かだとは思わない。騙されたと思っている。私は社内の誰かがはたらいた違法行為の責任を負うことはできない」と答えた。 (参照: “Enron’s Ken Lay: I Was Fooled,” by Rebecca Leung, “60 Minutes,” March 11, 2005, at http://tinyurl.com/oyxm2rq.) (レイは、起訴された後、判決言い渡し前の2006年7月5日に心不全で死亡した)
スキリングは、自分は犠牲者であり会社の粉飾決算を見つけられるほど会計知識が十分ではないと主張した。彼は以下の記事で「私は会社が上手くいっているとばかり思っていた。それ以外は何も知らない」と語っている。
(“Enron’s Many Strands: The Former CEO: Darth Vader. Machiavelli. Skilling Set Intense Pace,” by John Schwartz, The New York Times, Feb. 7, 2002, http://tinyurl.com/qzstldv. )
「良い」故意とメンズ・レア(‘Good’ intentions and mens rea)
一般的にレイやスキリングのような犯罪者は、犯意のある精神状態を否定することで自らの潔白を主張する。例えば、有価証券詐欺の事例で 経営者が意図的に会社の株価を吊り上げたようなケースでは「そのようなことは困難な時期を乗り越えるための一時的なものであり、誰かを騙すつもりはなかった」と主張するだろう。また、横領の事例では犯行者は「金銭を詐取するつもりはなく、ただちょっと借りただけだ」と主張するだろう。
上級経営者やCEOは、不正行為から距離を置くことで自分は組織の不正を知らなかったと言い、自分が起訴される可能性を小さくしようとする。不正スキームを指揮した部下達が全てを闇に葬ったと主張するかもしれない。
多くの刑事裁判で、有罪を追求する検察官は、法律用語でメンズ・レア(mens rea)と呼ばれる被告の「罪の意識すなわち罪に値する精神状態」について立証することを要求される。レイとスキリングにとって不運だったのは、ファストウが自分の上司から「できるだけ会社が財務的に健全に見えるようにしろ」とか、「それを公表するな」と言われたことを裁判で証言したことだった。その証言により陪審員は「レイとスキリングは自分達が何をやっているのか全てわかっていた」と判断したからである。
(その2 に続く)
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初出:FRAUDマガジン44号(2015年6月1日発行)