目次 I-4


4.デューデリジェンス(適正評価手続きにおける留意事項)による
不動産等の評価と相続税等の財産評価との関係

Question
 平成10年12月4日付で、国税庁は「社団法人日本不動産鑑定協会」に対して、「『デューデリジェンス(不良債権担保不動産の適正評価手続きにおける不動産の鑑定評価に際して特に留意すべき事項について)』に基づいて算定される価額の税務上の取扱いについて」の個別通達(課法2−13他)を発遣し、当該留意事項に基づいて算定された不動産の価額については、適正な収支予測額及び割引率等に基づいて算定されたものであることを条件に、その鑑定評価額を税務上の不動産等の取引価格として認める旨の明示がなされています。そこで、当該留意事項に基づいて算定された不動産等の価額をもって、相続税・贈与税における財産評価額とすることも可能と解釈してもよろしいですか。

Answer
 結論から申し上げますと、デューデリジェンス(適正評価手続きにおける留意事項)に基づいて算定される不動産等の価額をもって、相続税・贈与税における財産評価額とすることは認められないものと考えられます。

 デフォルト(債務不履行)状態にある不良債権担保不動産の鑑定評価に当たっては、対象不動産を市場で早期に換価することにより、確実に回収できる額を見積もり査定することが必要となりますが、今回のデューデリジェンスで示された不良債権担保不動産の鑑定手法では、不良債権の迅速・円滑な処理という特定目的のために投資家が確実に回収できる最低価格を収益還元法を基礎に評価するものとされています。すなわち、これにより求められた評価額は、現下の経済状況下における不良債権担保不動産の早急なる処理を前提とした、いわゆる不動産鑑定評価基準に定める『特定価格』であると考えられます。

 一方、相続税等における財産評価の基礎的な概念である時価は、「課税時期において、それぞれの財産の現況に応じて、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」(財評通1(2))であるとされ、客観的な交換価値を有する価額(すなわち、不動産鑑定評価基準に定める『正常価格』)であることが要求されています。

 したがって、デューデリジェンスに基づく鑑定評価手法により求められた不動産等の鑑定評価額は、相続税等における財産評価上の時価を求めたものではないこととなり、これらの鑑定評価額により、相続税等の申告を行うことはできないものと思われます。

 なお、この点に関しては、平成11年1月に、国税庁資産評価企画官室よりQ&Aの形式で下記のような資料情報が公開されています。

(参考資料)デューデリジェンスに基づき算定される不動産の価額と相続税の財産評価について

 昨年秋(平成10年9月、11月)に日本不動産鑑定協会から、デューデリジェンスに基づいて算定される不良債権担保不動産の鑑定評価に関する留意事項が出されました。その留意事項により適正な収支予測額及び割引率などに基づき評価されたものであるときは、国税庁長官は、その鑑定評価額を認める旨の通達が出されましたが、この留意事項を基とした鑑定評価は、相続税の一般の財産評価においても採用できるのでしょうか。

1 デューデリジェンスと留意事項について

 デューデリジェンス(Due Dilligence、「適正評価手続き」)とは、売却資産に関するさまざまな情報を詳細に調査・分析して投資家に適切な情報を提供し、経済的に合理性のある適正価格を決定するまでの一連の手続きをいうものとされ、対象資産の調査、評価及び価額の算定の過程を含むものといわれています。つまり、投資家側の立場に立った調査、評価及び価額の決定プロセスです。

 デフォルト状態(債務不履行の状態)にある不良債権担保不動産の鑑定評価に当たっては、対象不動産を市場で早期に換価することにより、確実に回収できる額を見積もり査定することが必要となります。日本不動産鑑定協会では、その鑑定評価に当たり不動産鑑定士が留意しなければならない事項として「不良債権担保不動産の適正評価手続きにおける鑑定評価に際して特に留意すべき事項について(その1 デフォルト状態にある不良債権の担保不動産)」(平成10年9月22日付、以下、「留意事項1」という。)、「同(その2 デフォルト状態にない不良債権の担保不動産)」(平成10年11月17日付、以下、「留意事項2」という。)を取りまとめています。

(注)  「留意事項2」は、未だデフォルト状態にない不良債権担保不動産について、債権の担保として、万一デフォルト状態に陥った場合に確実に回収できる額(任意売却を前提とし、売り急ぎ減価等を加味した価格)を査定するものであり、担保としての安全性を考慮すること以外は、留意事項1に準じて評価するものであり、本稿では「留意事項1」を中心に説明します。

 「留意事項1」では、取引価格の査定基準を決めるため、投資家の価値判断に基づき、(1)十分な調査、(2)収益力を基礎とする評価、(3)早期処理に伴う減価の3つを基本要素とし、さらに調査によって判明しない部分はリスクとして捉え、投資家が確実に回収できるいわば最低価格を求めて評価する際の留意事項を具体的に示しています。

 評価に当たっては、現況所与の状況で取引を行うことを前提として評価しますが、この評価の性格上、(1)売り主が早期処分しなければならず、かつ売り主に瑕疵担保責任の負担能力がないこと、(2)投資家の目的がキャッシュフローであることから投資額回収を前提とした評価(他人の同意なしに投資家のみの判断で行えるもの)でなければならないことが制約条件として課されることとなっています。よって、これらの制約条件が付加されて評価した価格は「特定価格」と位置づけられています。

(注)  不動産鑑定評価基準では、「特定価格」とは、「不動産の性格により一般的に取引の対象とならない不動産又は依頼目的及び条件により一般的な市場性を考慮することが適当でない不動産の経済価値を適正に表示する価格をいう」とし、宗教建築物等の特殊な建築物や会社更生法による更生目的の財産の鑑定評価を行う場合、担保としての安全性を考慮することが特に要請される場合に特定価格を求めることができるとされている(基準・総論・第5・三1)3)。

2 基本的評価方法と例外

 不良債権担保不動産の鑑定評価は、基本的に収益還元法により、かつ、投資家は、短期の一定期間(3〜5年)のキャッシュフローとその転売価格に着目して投資することから、有期還元方式が採用されています。しかし、対象不動産の中には、必ずしも収益還元法になじまない物件もあり、例えば、適切な収益価格の把握が困難な非賃貸の戸建住宅等については取引事例比較法等によることとしており、具体的に適用すべき評価方法は次のように整理されています。

◯対象不動産の種別、類型と評価方法
対象不動産の種別、類型等 評価方法
(1)商業用賃貸不動産(稼働中のもの、オフィスビル等) 収益還元法(有期還元法)
(2)事業用不動産  
 ・稼働中のもの(ホテル、デパート、飲食店、パチンコ店など) 収益還元法(DCF法)
 ・稼働困難なもの 低・未利用地に同じ
(3)住宅  
 ・戸建住宅、ファミリー型マンション等(賃貸向きではないもの) 取引事例比較法及び原価法、開発法
 ・戸建住宅、ファミリー型マンション等(賃貸向きのもの)
 ・集合住宅(高級又はワンルームマンション、賃貸向きのもの)
収益還元法(DCF法)
(4)低・未利用地  
 ・追加投資により、建物建築や用途変更が可能なもの
 ・不整形地、余剰土地
用途に応じて収益還元法(DCF法)、取引事例比較法及び原価法、開発法
・当面、有効な建物建築想定が困難なもの 収益還元法(DCF法)

 また、保有コストに見合う収益が得られない虫食い土地等や事業用不動産等については、投資価値がないものとして評価することとなっています。

3 留意事項1における収益還元法の適用と従来の収益還元法

 収益還元法は、対象不動産の毎期生み出すと予想される純収益(期間収益)の現価の総和と投資期間終了時の復帰価格の原価の合計を還元利回り等を用いて求めて、予測収益の現在価値を算定するものですが、不良債権担保不動産の鑑定評価のために本留意事項で採用されている収益還元法では、次の点で従来の収益還元法との相違があります。

(1)  従来の収益還元法では、投資期間を通常永続的又は比較的長期とする場合が多いが、デフォルト状態の不良債権処理を目的とする投資期間は、3〜5年と短期であることを前提とする。

(2)  毎期生み出すと予想される純収益(期間収益)の現価の総和の算定に当たっては、従来の収益還元法では、企業の継続を前提として通常1年間を期間として期間損益による純収益を算定しているが、本留意事項で採用されている収益還元法では、短期投資を前提とし、かつその早期回収を目的としているので、現金主義により投資による回収可能額を投資期間中のオール現金収支の結果として求めることとされている(減価償却などの概念が発生しない。)。

(3)  還元利回りは、通常の不動産投資の場合には、国債等のリスクフリーの投資利回りに不動産独自のリスク(投資対象としての危険性、不動産独自の非流動性、管理の困難性、資産としての安全性等)を加算して求めるが、不良債権担保不動産の評価の場合には、更に、後述する特殊事情(4参照)をも考慮することとされている。

4 早期処理に伴う減価について

 不動産の評価においては、通常、不動産自体が持つ物理的要因等に基づく減価要因や借地人や借家人の存在による減価要素を考慮しますが、不良債権担保不動産の評価においては、更に早期処理に伴う減価要素として、(1)売り主側に早期売却の必要性があること、(2)売り主の状況(瑕疵担保責任の負担能力の喪失)を考慮しなければならないこと、(3)権利関係錯綜等の換価困難性(短期賃貸借の存在、紛争の存在等)など、売買当事者の特殊事情(主観的事情)から発生する減価要因をも考慮することとされています。

5 財産評価基本通達に定める時価との関係

 相続財産の価額は、相続税法第22条に規定する「取得の時における時価による」を基として、財産評価基本通達1で「課税時期において、それぞれの財産の現況に応じて、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」により評価することとされており、その価額は、主観的な事情を排除した客観的な交換価値を示す価額であるとされています。具体的には、土地について路線価等を評定する場合においても、売買実例価額、公示価額、精通者意見価格のほか鑑定評価額を基に評価することとしています。

 一般に、不動産鑑定士等が鑑定評価を行う場合の基準としている「不動産鑑定評価基準」では、3手法(取引事例比較法、原価法、収益還元法)により算定した価格(試算価格)をそれぞれ妥当性があるものとして、これらの価格の相互の関連性に配意しつつ、客観的、批判的に再吟味し、最終的な価格を決定することとしています。

 留意事項1等に示された不良債権担保不動産の鑑定評価手法では、一般的な鑑定評価手法とは異なり、不良債権の迅速・円滑な処理という特定の目的のために、不動産そのものの価額以外の人的な個別事情をも織り込んだ評価手法です。つまり、不動産の価値と債権の価値を重ね合わせ、そのトータル的な価値を求めるものであり、投資家によって確実に回収できる額(取引価額)を算定するものですので、3手法のうち収益還元法のみによって評価することとされています。これは、上記に述べたとおり、財産評価基本通達1に定める時価を求めるものではありません。その価額は、主観的な事情を排除した客観的な交換価値を示す価額であるとはいえず、相続税の申告に際しては採用できないものと考えます。こうしたことから、日本不動産鑑定協会が取りまとめた留意事項1等についての国税庁長官の回答(※)の中でも、評価の対象はあくまでも「取引価格」であることを明らかにしています。

 平成10年12月4日付、課法2−13、査調4−19による日本不動産鑑定協会会長に対する回答

 よって、一般の相続財産の評価に当たっては、土地は第2章に定める方法により、貸付金債権は第8章に定める方法(評基通204、205)により各評価単位ごとに評価(評基通1の(1))し、債務額は相続税法第13、14条に定めるところにより計上することになります。

 

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