目次 PART4 4-1-1


 4.1.1 国際税法とは何か

ポイント

 国際税法とは、(1)二国間租税条約と、(2)二国間の課税調整を含めた国際課税関係についてのルールを定めた国内税法の規定からなる体系をさします。また、今日、国際税法では、現実空間での課題に加え、電脳空間での電子商取引(Eコマース)に関する課税のあり方も重い課題です。


◎国内税法と国際税法との関係は

 各国はそれぞれ、固有の課税権を有しています。したがって、それぞれの国は、独自に自国の課税権を行使し、税制をつくることができるわけです。その結果、当然、各国の税制は異なってきます。

 各国の所得課税制※1を見てみると、多くの場合、その国の居住者(個人居住者と内国法人)※2に対しては、その所得がどこの国で生じたのかを問わず、すべての所得に課税しています。いわゆる「全世界所得課税」、「グローバル課税」が行われているわけです。これに対し、その国の非居住者(個人非居住者と外国法人)に対しては、その国で生じた所得、つまり「国内源泉所得」だけに課税することにしています(3.1.2)*

 経済活動のグローバル化に伴い、わが国と諸外国との人的、資本、技術などの交流には眼を見張るものがあります。国境をまたいだ交流があれば、課税の問題が生じることも多いわけです。そして、場合によっては、同一の課税ベースに各国の課税権が行使され、ぶつかり合う(競合する)事態も出てきます。いわゆる国際二重課税(国際的二重課税ともいいます。)問題の発生です。

 国際二重課税を放置しておくと、経済活動に支障をきたすおそれがあります。そこで、各国は、国内税法によるなり、他国と租税条約(二国間租税条約)を結ぶなりして、課税権の調整をはかっているわけです。ここに、「国際税法」、(「国際課税法」、「国際租税法」ともよばれます。)の果たすべき大きな役割があるわけです。

 現実に、国際税法といった法律があるわけではありません。国際税法とは、(1)二国間租税条約と、(2)国際課税のルールや仕組みを定めた国内税法の規定からなる体系をさします。

●国際課税のルールや仕組みを定めた国内税法の体系
国際課税のルールや仕組みを定めた国内税法の体系


◎広がる国際税法の研究対象

 国際税法は、当初、所得課税に関する国際二重課税を調整するための租税条約の研究が中心でした。各国が他国と締結する租税条約のほとんどは、OECD(経済協力開発機構)のモデル租税条約(1963年、1977年改正)を参考につくられています。このため、モデル租税条約とこれを基につくられた二国間租税条約が盛んに研究されました。

 その後、企業の多国籍化が進み、この多国籍企業の節税(租税回避)戦略が問題になるにいたりました。ここに、国際税法上のあらたな課題として、タックス・ヘイブン(軽課税国)の濫用規制、トランスファー・プライシング(移転価格操作)の規制、過少資本の規制問題が出てきました。その他、企業が、租税条約上の有利な点を活用する目的で、その条約の締約国に名目上の子会社(mail-box company, paper company)を設立する、いわゆる「条約あさり(treaty shopping)」の余地をなくす課題も浮上しています。

 また、近年、外国からの金融その他のサービス産業を自国に誘致するねらいから、課税の公平や中立性を無視して(4.1.2)*、優遇税制ないしは租税歳出(tax expenditures)を導入する国が、競う形で増えてきています。こうした動きの速い経済活動に対し優遇措置を講じることは、結果的に動きの鈍い勤労所得や消費に対する増税として跳ね返ってきます。したがって、有害といえます。

 OECDは、1998年に「有害な税の競争〜一つのグローバルな課題(Harmful Tax Competition: An Emerging Global Issue)」と題した報告書を公表し、世界規模での対応の必要性を訴えました。2002年には、OECD加盟国の潜在的な有害税制(22ヵ国47措置)をリストアップした『有害な課税慣行の特定および縮減の進展(Progress in Identifying and Eliminating Harmful Tax Practices)』と題した報告書、そして2004年以降は、年次の「有害な課税慣行(THE OECD’S Project on Harmful Tax Practices)」と題する報告書を公表しています(2.1.9)*

 その後OECDは、2002年4月に「モデル税務情報交換協定(Model Agreement on Exchange of Information on Tax Matters)」(以下「OECDモデル税務情報交換協定」)を公表しました。これらの問題に関連して、的確かつ効率的な情報交換システムの確立や課税権に関するグローバルな形での執行共助・司法共助の制度化なども新たな研究課題となってきています。

 以上のように、これまでは、国際税法上の研究対象は、どちらかといえば、国境の存在を前提とした「現実空間(real space)」でのモノやサービスの移動にかかる課税をめぐる課題が中心を占めています。

 さらに、近年、インターネットとパソコンで結ばれた国境の存在を前提としない「電脳空間(cyber space)」を通じた電子商取引(electronic commerce)が拡大しています。この電脳空間を通じたグローバルな国際電子商取引に対してどのように消費課税や所得課税をするのかは、各国や国際機関にとり、国際税法上の重要な課題となっています。

 1998年10月に、OECDは、『電子商取引〜課税の枠組(Electronic Commerce: Taxation Framework)』と題する報告書を公表しました。そのなかで、国際電子商取引ないし電脳空間商取引においても、消費課税には消費地課税主義の原則の適用があることや、所得課税には公正・中立・簡素・無差別取扱のような現実空間商取引と同様の課税原則が適用されることを確認しました。

 その後も、OECD租税委員会の5つの諮問部会(技術・データ評価・消費税・事業所得・所得分類)を設け、検討を重ねました。そして、2001年1月に、OECD租税委員会は、租税条約のもとでの国際電子商取引からあがる所得に対する自国の課税権を決定する要因の一つである「恒久的施設(PE=Permanent Establishment)」について一定の合意に達しました(4.2.1)*

●国際税法の研究対象
国際税法の研究対象

※1  消費課税の場合には、一般に、「仕向地(しむけち)課税原則」ないし「消費地課税主義」を採用する国がほとんどです。このことから、国境を介した取引にかかる消費課税の調整はできています。すなわち、各国においては、輸入品への課税、輸出品への免税(税額還付・戻し税)により、国際的二重課税は一応調整されています(→2.2.2)。また、固定資産課税などについては、財産の所在地国で課税することとされていることから、国際的な課税権の競合はありません。
※2  納税者(納税義務者)は、大きく、「個人居住者と内国法人(以下「居住者」といいます。)」と「個人非居住者と外国法人(以下「非居住者」といいます。)」に分けることができます(→3.1.2)。ただ、わが国の所得税法および法人税法では、個人にだけ「非居住者」のことばを使っていますが、租税条約では、法人にもこのことばを使っています。このため、国際税法では、「非居住者」という場合には、「個人非居住者と外国法人」の双方をさします。


 

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