目次 II−5


5 敵対的買収防衛策

 敵対的買収の防衛策を検討するにあたって、留意すべき点は、各企業が過剰防衛策を導入し、結果として現経営陣の保身に利用され、その結果、現株主にとって不利な状況が発生することです。

(1) 欧米型買収防衛策

 平時に導入すべきものと実際に買収提案があってから有事に実施する手法に区分されます。

 欧米で導入あるいは、検討された買収防衛策は次の表のとおりです。

平時の防衛策
防衛策 概  要
ライツプラン 買収者が一定割合の株式を買い占めた場合(典型的には20%程度)買収者以外の株主に自動的に新株が発行され、買収者の株式所有割合が低下する仕組み(いわゆるポイズンピル(毒薬))
ゴールデン・シェア
(黄金株)
合併や取締役の変更など重要な事項について拒否権を有する株式を友好的に第三者に付与する。
スーパー・ボーディング・ストック:複数議決権株式 創業者等の特定の株主が複数の議決権をもつ仕組み
ブランクチェック(白地株式) 将来の市場動向に応じて、株式の内容を自由に決める権限を取締役会に付与すること
ゴールデン・パラシュート
:高額な役員退職金
敵対的買収の結果、対象会社の取締役や上級役員が退任するに至った場合、多額の割増退職慰労金をそれらのものに支払うという契約を締結する仕組み
ティン(ぶりき)・パラシュート
:高額な従業員退職慰労金
敵対的買収の結果、従業員らが退任するに至った場合、多額の割増退職慰労金をそれらのものに支払うという契約を締結する仕組み
ゴーイング・プライベイト:非公開化 上場を廃止すること
ホワイト・スクワイヤー:白馬の従者 友好的な会社に株式を保有してもらうこと(米国では、通常15%から20%を割当て、有事に議決権株式に転換する優先株を発行しておく場合もある)
シャークリペラント:鮫よけ 定款で定める各種の防衛策(主に以下の4つ)
[1] スーパー・マジョリティ 合併や取締役解任などの株主総会での決議要件を加重し、敵対的買収者が株を買い占めても合併や取締役会の支配を難しくすること
[2] スタッカード・ボード:期差任期取締役制度 (米国では取締役の任期は3年。3分の1ずつ任期をずらせば、敵対的買収者が取締役会の過半を支配するのに2年かかる)
[3] 取締役解任への正当事由付加 任期途中で取締役を解任する場合、正当事由を必要とするもの
[4] 公正価格条項 部分的に支配権を握った敵対的買収者が、2段目で合併を企てた際に、少数株主に公正な価格を支払うことを義務付ける条項
チェンジ・オブ・コントロール:資本拘束条項 主要株主の移動や経営陣の交替などにより、ライセンス契約が即時解約されたり、融資契約が即時返済を迫られたりする条項を盛り込む仕組み
(出典:企業価値研究会 企業価値報告書)


有事の防衛策
防衛策 概  要
ホワイトナイト(白馬の騎士) 友好的な会社による合併や新株の引受けによる子会社化
パックマンディフェンス 買収者に対して、逆買収提案を行うこと(例:99年、フランスの石油会社であるトタルフィナ(業界第1位)がエルフ・アキテーヌ(第5位)を買収しようとした際に、エルフ側からトタルフィナに対し、逆買収提案が行われた)。
クラウンジェル(王冠の宝石)
→大規模なものは、焦土作戦と呼ばれる
会社の重要財産をホワイトナイトに営業譲渡すること(ニッポン放送が保有しているフジテレビ株式をソフトバンク・インベストメントに貸借したこともこれの1つに該当するといわれている)
増配 増配で株価の引上げを図ること
(出典:企業価値研究会 企業価値報告書)


(2) 日本において会社法上導入可能な防衛策

 経済産業省の企業価値研究会が平成17年5月27日に公表した「企業価値報告書」に従って、ポイントをまとめました。平成18年5月より施行された会社法では導入可能な手法も、証券取引所等の取扱いにより、実質的な導入について制限をされる場合もありますので、慎重な検討が必要です。

  [1] 新株予約権を用いたライツプラン

 新株予約権を用いたライツプランとは、買収者以外の株主だけが行使できる、差別的行使条件のついた新株予約権を用いた防衛策、または、一定割合以上の株式を有する者以外のものについてのみ新株予約権の割当を行う防衛策のことです。差別的行使条件のついた新株予約権の発行は、株主平等の原則に反するのではないかという議論がありますが、新株予約権の行使条件については制限がないこと、また、新株予約権の行使は、株主の権利義務との内容ではないことを理由に、株主平等原則に反するものではないと考えられています。

 旧商法の下では、新株予約権を株式に転換するかどうかの判断は、株主に委ねられていましたが、会社法では、強制取得条項つまり会社が買収者以外の株主の新株予約権を自社株と強制的に交換する条項の付与された新株引受権の発行が可能となっています(会236マル数字1vii)。


[2] 買収者の議決権のみを希釈化するライツプラン

 買収者が一定割合以上の株式を取得した場合に、強制転換条項付株式を利用して、買収者の株式を強制的に議決権制限株式に転換すれば、新株予約権を用いたライツプラン同様の効果が期待できます。当該このような防衛策は、買収者の議決権は希釈化しますが、配当比率は希釈化しない仕組みとなります。

 具体的には、買収者が一定割合以上の株式(典型的には10%から20%)を取得した場合に、買収者の有する強制転換条項付株式が強制的に議決権制限株式に転換する仕組みとなっています。株主総会の特別決議(旧商法では、株主全員の同意)を経て、当該強制転換条項付株式の内容を定款に定め(旧商222ノ8、会108マル数字2vi)、持株比率に応じて、その強制転換条項付株式を株主に割当て、すべての普通株式を取得することになります(会108マル数字1vii、171マル数字1、111)。


[3] 黄金株や複数議決権株式

 黄金株とは、会社の合併などの重要事項に関して拒否権を有する種類株式を友好的な第三者に発行しておく仕組みです。黄金株は、種類株式を活用することにより発行することができます。具体的には、株主総会の特別決議を経て、その種類株式の内容を定款に定めることになります(会188マル数字1viii)。

 一方、複数議決権付株式は、1株1票を超える議決権のある特殊な株式をいいます。複数議決権株式は、単元の異なる複数の種類株式を活用することにより、特定の第三者に発行することが可能となります。たとえば、友好的な第三者には、1株で1単元の種類株式を与え、その他の株主には、100株で1単元の種類株式を割当てる仕組みとなります。株主総会の特別決議を経て、その種類株式の内容を定款の定めることになります(会188マル数字1iii)

 なお、旧商法では、特定の種類株式にのみ譲渡制限を付すことはできないが、会社法では、株式の種類ごとに譲渡制限を付したり、付さなかったりする設計が可能となります。具体的には、株主総会の特別決議を経て、会社の承認を要するその種類株式の内容について定款に定めることになります(会108マル数字1iii)。

 この防衛策は、特定の有効な第三者の協力を前提とした防衛策であり、防衛効果は高いため、株主総会の特別決議において、その副作用を十分に説明し、株主の理解を得ることが必要といわれています。


[4] 定款変更による防衛策

    (イ) 合併や取締役解任の要件加重

 旧商法では、会社が合併の承認や取締役の解任についての決議要件を定款により加重できるかどうかについては、不明確となっていましたが、会社法では、株主総会の決議要件を定款で加重できることが明確となってい ます(会309マル数字2)。

(ロ) 事業結合制限条項、公正価格条項、支配株式条項

 敵対的買収者の場合や、合併との対価が公正でない場合には、定款によって合併等の決議要件を加重することで、いわゆる鮫よけ対策として米国において導入されている事業結合制限条項や公正価格条項と同様の規定を導入することができます。また、会社法では、種類株式として議決権の行使条件を定款において定めることが明確化されることにより、敵対的買収者がその保有する株式数未満しか議決権を行使できないような種類株式を発行することによって、米国で導入されている支配株式条項と同様の規定も可能となります。

 以上のように、会社法上は、さまざまな敵対的買収防衛策が考えられますが、上場企業の場合、強い機能を有する買収防衛策を導入すると、経営者側に過剰な防衛策となるため、ライツプランを中心とした防衛策が現実には導入されています。


(3) ライツプランの税務上の取扱い

 ライツプランの税務上の取扱いについては、国税庁が基本的考え方を明らかにしています。

 ライツプランを以下の3つに分類しています。

  [1] 事前警告型ライツプラン

 ライツプランの導入については事前警告のみ行い、敵対的買収者が現れた時点で新株予約権を付与する方法


[2] 信託型ライツプラン(直接型)


[3] 信託型ライツプラン(SPC型)

    (イ) プラン導入時

 ライツプランの税務は、プラン導入時の課税関係が最大の焦点であったが、[1]、[2]、[3]いずれについても、新株予約権の譲渡が制限されることを条件に、信託銀行やSPCへの新株予約権の発行時に課税されません。

(ロ) 発動時

 ライツプランは、基本的には発動を前提にしていないが、もし発動された場合には、株主に対して新株予約権付与時(個人株主については新株予約権の行使時)に課税されます。

 SPC型の場合には、個人株主・法人株主双方、SPCからの譲渡時に課税されます。


 課税関係をまとめると次のとおりです。

事前警告型ライツプランに係る税務上の取扱い(第1類型)
事前警告型ライツプランに係る税務上の取扱い(第1類型)

  ○ 原則的な課税関係
区分 発行会社 付与を受けた法人株主 付与を受けた個人株主
[1]の時点
〔事前警告〕
[2]・[3]の時点
買収者の登
場・決裂
[4]の時点
新株予約権
の付与
新株予約権の時価相当額の受贈益が生ずる。
(注)
(所令84)
[5]・[6]の時点
新株予約権
の行使
株式の時価と権利行使価額(新株予約権を行使した際の払込金額)との差額に課税される。
(注)  新株予約権を所有している場合に、消却等があったときには、付与を受けた法人において帳簿価額相当額の雑損が生ずる。その消却等が受贈益の生じた事業年度と同一事業年度である場合には、結果として、課税関係は生じない。


信託型ライツプラン(直接型)に係る税務上の取扱い(第2類型)
信託型ライツプラン(直接型)に係る税務上の取扱い(第2類型)

  ○ 原則的な課税関係
区分 発行会社 信託銀行 付与を受けた
法人株主
付与を受けた
個人株主
[1]・[2]の時点
信託契約・
新株予約権
の発行
[3]・[4]の時点
買収者の登
場・決裂
[5]の時点
新株予約権
の付与
新株予約権の時価相当額の受贈益が生ずる。
(注)
(所令84)
[6]・[7]の時点
新株予約権
の行使
株式の時価と権利行使価額(新株予約権を行使した際の払込金額)との差額に課税される。
(注)  新株予約権を所有している場合に、消却等があったときには、付与を受けた法人において帳簿価額相当額の雑損が生ずる。その消却等が受贈益の生じた事業年度と同一事業年度である場合には、結果として、課税関係は生じない。


信託型ライツプラン(SPC型)に係る税務上の取扱い(第3類型)
信託型ライツプラン(SPC型)に係る税務上の取扱い(第3類型)

  ○ 原則的な課税関係
区分 発行会社 SPC 信託銀行 付与を受けた
法人株主
付与を受けた
個人株主
[1]の時点
新株予約権
の発行
原則として新株予約権の時価相当額の受贈益が生ずるが、契約条件により課税されない場合がある。(注1、2)
[2]の時点
管理信託の
設定
[3]・[4]の時点
買収者の登
場・決裂
[5]の時点
SPCから株
主への譲渡
契約条件によりSPCに寄附金課税は生じない。
(注3)
新株予約権の時価相当額の受贈益が生ずる。
(注2)
新株予約権の時価相当額の経済的利益が生ずる。
[6]・[7]の時点
新株予約権
の行使
(注)1  新株予約権の時価算定にあたり、発行会社とSPCとの契約において、SPCが新株予約権を他の第三者に譲渡することが実質できない契約である等の価格マイナス要因等により、結果として、[1]の時点での時価が限りなくゼロに近くなる場合があり得る。
 新株予約権を所有している場合に、消却等があったときには、SPCまたは譲渡を受けた法人において帳簿価額相当額の雑損が生ずる。その消却等が受贈益の生じた事業年度と同一事業年度である場合には、結果として、課税関係は生じない。
 [5]の時点の時価と[1]の時点の時価との差額が譲渡損益と認識されるとともに、[5]の時点の時価が費用・損失と認識されることから、結果として、[1]の時点の受贈益に見合う費用・損失が生ずる。

 

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