目次 II−2


2 企業価値とは

(1) アプローチ方法

 敵対的買収は、買収者が対象会社の株価が割安であると評価する場合にターゲットとなりますので、自社の企業価値の分析が必要です。そのためには、企業価値とは、何なのかについて理解が必要です。企業価値を求めるアプローチとしては、コストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチがあります。コストアプローチとは、企業価値の取得に要したコストで評価する方法、マーケットアプローチとは、取引される価格を基準として評価する方法、インカムアプローチは、将来獲得可能な利益あるいはキャッシュフローで評価する考え方です。

 企業価値研究会の企業価値報告書では、「企業価値とは、会社の財産、収益力、安定性、効率性、成長力等株主の利益に資する会社の属性またはその程度をいう。換言すると、会社が生み出す将来の収益のことであり、株主に帰属する株主価値とステークホルダーなどに帰属する価値に分配される」と定義されており、インカムアプローチにより定義されています。投資は、キャッシュを流出させる行為であるから、その投資額をキャッシュフローにより何年で回収できるかを考えると、企業価値は会社が生み出す将来のキャッシュフローと考えるのが最も理論的となります。

企業価値とは
企業価値とは
出典:企業価値研究会企業価値報告書


(2) DCF法による評価

 企業価値(エンタープライズバリュー:EV)を算出するうえで、インカムアプローチの中で最も理論的な評価方法は、DCF(discounted cash fl ow)法です。将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いたものが、企業価値です。

将来のフリーキャッシュフローと株主価値
将来のフリーキャッシュフローと株主価値

  [1] フリーキャッシュフロー

 フリーキャッシュフローは、営業利益から税金、設備投資、運転資金の増加分を差し引いた、株主にとって自由となる資金のことです。

 具体的には、次図のように計算されます。

フリーキャッシュフロー
フリーキャッシュフロー

 フリーキャッシュフローを加重平均資本コストで除すると、企業価値が計算できます。フリーキャッシュフローは、税引後の営業利益に予想される運転資本の増減を調整し、キャッシュを獲得するために必要な設備投資を控除して計算します。


[2] 加重平均資本コスト

 資本コストとは、企業が資金の提供者に対していくら支払わなければならないかを意味し、負債資本コストと株主資本コストに分解されます。負債資本コストは、支払金利であり、金利は節税効果があるのでその分だけ負債資本コストは低減されます。一方、株主資本コストは、株主の期待収益率を意味します。

 通常、資本コストは、負債資本コストと株主資本コストをそれぞれのウエイトで加重平均し算出します。加重平均資本コストは、WACC(Weighted Average Capital Cost)とよばれます。

WACC= 負債 ×負債コスト+ 株主資本 ×自己資本コスト
(負債+株主資本) (負債+株主資本)

  (イ) 負債コスト
  =有利子負債金利×(1−実効税率)

(ロ) 株式資本コスト
   企業側からみた株式資本コスト=株主側から見た期待収益率
CAPM(Capital Asset Pricing Model)の利用
  =リスクフリーレート+β×(株式市場全体の期待収益率−リスクフリーレート)
  =リスクフリーレート+β×リスクプレミアム
※β=個別銘柄の市場値動きとの感度

(ハ) WACCは上記の負債コストと株式資本コストとの加重平均


[3] 企業価値向上

 将来のフリーキャッシュフローの見方は、株主から経営を委任されている経営陣と敵対的買収者とは、見方が分かれるケースがあります。現経営陣は、情報における優位性と資源配分の意思決定の優位性があり、当然外部の誰よりも、企業価値向上戦略を有利に進めることができる存在です。したがって、その戦略をIR活動によって、投資家に十分な説明を実施し、現在の株価が安いと判断されれば、株価は期待を込めて上昇し、株主価値は上昇します。

 逆に、投資家にはまったく将来の戦略について説明しないで、安定した収益は確保するが、蓄積された資金を有効に投資し、将来の成長戦略を描くでもなく、あるいは、余剰資金を内部留保のみに回し、株主への還元をしてないとすれば、株主とすれば、現経営陣に対する不満が累積します。企業の潜在力が十分あり、敵対的買収によって経営権を取得後、経営陣を入れ替えて、新たな成長戦略を実行できるものは、経営陣に対しては敵対的買収者となります。また、株主にとっては、現経営陣に愛想がつきていますので、新たな買収者を支持することになる訳です。

 株主からすれば、配当が多く株価を上昇させてくれる経営陣を望みますから、仮に敵対的買収者が表れたとしても、現経営陣に満足していれば、株主が最終的には支持しないことになり買収は成立しないことになります。また、株主から期待されていれば、その期待値は株価に折込済みのため、買収コストが高くなり、割高な買収となりますので、敵対的買収者は諦めることになります。

 そこで、各企業の経営陣は敵対的買収者が現れた場合に備え、自らの公正な企業価値を事前に分析し、敵対的買収者の買収提案は企業価値の破壊をするものであり、現経営陣の経営戦略による企業価値向上策を株主が妥当と判断できるよう株主に説明する必要があります。

 こう考えると、敵対的買収への対応策として最もベーシックな方法は、企業価値向上を継続し、株主への配当による利益還元と株主価値向上によるキャピタルゲインの機会を与えることといえます。

企業価値向上の基本的な考え方
企業価値向上の基本的な考え方

 

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