目次 I−1


I.取締役の基礎知識


1 取締役制度の変遷

 明治32年に制定された商法では、基本的意思決定を行う株主総会、業務執行を行う取締役、監督を行う監査役の3機関に分離していた。
 昭和13年商法改正により、株主総会における特別決議事項の制定等の権限強化に伴い、取締役の権限が縮小した。
 昭和25年商法改正により株主総会の権限が縮小、取締役会への権限委譲がなされた。
 平成13年商法改正により取締役の損害賠償責任の限度額の規定が置かれ、また、社外取締役の規定が設けられた。
 会社の機関の大幅な改正が平成14年に行われ、重要財産委員会制度および監査・報酬・指名委員会を有する委員会等設置会社の制度が設置された。
 平成17年制定の会社法では、有限会社が廃止され、株式会社の区分が株式の譲渡制限の有無、会社の規模(資本金、負債)、取締役会の有無によって分けられ、機関設計が大幅に柔軟化された。


1 わが国最初の取締役制度

 わが国最初の会社制度はヨーロッパから取り入れたものです。明治23年に旧商法が制定され、その後ドイツ法を承継して、明治32年に新商法が制定され、平成17年に商法第二編、有限会社法、商法特例法などをまとめ、独立の法典として会社法が制定されました。

 明治32年に制定された新商法下では、三権分立の思想の影響を受けて、基本的意思決定を行う株主総会、業務執行を行う取締役、監督を行う監査役の3機関に分離していました。会社の業務執行に関する意思決定は原則として取締役の過半数をもって決定することとされていましたが、取締役は株主総会において株主の中から選任され、各自が会社の業務執行権および代表権を有していました。


2 取締役の権限の縮小(昭和13年改正)

 会社の所有と経営の分離の思想が広がり、株主総会での特別決議事項の制定など総会の権限強化が図られるとともに、一方で、取締役の権限が縮小されました。取締役が株主の中から選任されなければならないという規定が廃止され、定款の規定に基づき、取締役の互選で代表取締役を選任することができるようになりました。


3 取締役の権限の拡大(昭和25年改正)

 会社の所有と経営の分離の思想が更に顕著となり、取締役について大幅な改正が昭和25年に行われました。第一に、株主総会の権限が縮小し、株主総会で決議できる事項が商法または定款に定めた事項だけとなり、しかもその法定決議事項が縮小され、取締役にその権限が委譲されました。第二に、取締役の権限拡大に伴い、その権限の慎重な行使を求めるため、業務執行の意思決定および業務執行の監督をする機関として取締役会制度が設けられ、会社の業務執行および代表行為をする代表取締役とに業務が分割されました。第三に、定款の定めによっても取締役が株主であることを要する旨を定めることができないよ うになりました。


4 取締役の会社に対する責任の軽減(平成13年改正)

 平成5年の商法改正で株主代表訴訟を有効に機能させるため、一律8,200円の手数料で提訴ができるようになりました。その結果、会社の経営に萎縮を招いているとして取締役の業務執行が過度に慎重にならないよう、平成13年の改正で取締役の会社に対する責任を軽減することとなりました。つまり、株主総会の決議または定款の規定により、取締役の損害賠償責任に限度額を規定することができるようになりました。代表取締役については報酬の6年分、社内取締役については報酬の4年分、社外取締役については報酬の2年分をもって取締役の損害賠償額の限度とすることができます。

 また、取締役の業務執行の監督機能強化のため、社外取締役の規定が設けられ、その定義づけがなされました。当該改正では設置が義務づけられたわけではありませんが、実務的に社外取締役を置く会社が増加傾向にあります。


5 会社機関の大幅な改正(平成14年改正)

 平成14年改正法はコーポレートガバナンスの実効性を確保するため、会社の機関について大幅な改正が行われました。

(1) 重要財産委員会制度

 会社経営において取締役会での決議事項が多く取締役の数が多いため、取締役会で実質的審議を行うことができない、取締役会が形骸化しているなど実務上の弊害が生じています。この弊害をなくすため、重要な財産の処分および譲受ならびに多額の借財については、取締役会決議ではなく、重要財産委員会で決議することができるとされました。

 重要財産委員会を置くことができるのは、取締役が10名以上、社外取締役が1名以上いる商法上の大会社およびみなし大会社です。そのような会社に限定したのは、取締役会の頻繁な開催が困難である会社の状況に鑑み、社外取締役を選任することによって公正性、中立性を担保し、取締役会の監督機能の強化を促進するためです。重要財産委員会は3名以上の取締役から構成され、取締役会の決議により当該委員会の委員が選任されます。この場合、社外取締役が重要財産委員会のメンバーとなることまでは要求されていません。

 なお、次に記載する委員会等設置会社制度を選択した会社は、重要財産委員会を設置することはできません。

 平成17年の会社法では、この重要財産委員会制度に代わって特別取締役による取締役会が設けられました。


(2) 委員会等設置会社制度

 重要財産委員会制度を新設したのと同様、取締役が多く、海外にも取締役がいるような会社では、機動的に取締役会を開催することが困難であるといった弊害が生じており、取締役会での専決事項をできるだけ少なくし、業務執行を迅速に行えるよう、委員会等設置会社制度が新設されました。委員会等設置会社制度とは監査委員会、報酬委員会、指名委員会の3委員会をいい、商法上の大会社またはみなし大会社が定款に委員会等設置会社に関する特例の規定を設ける旨を規定する必要があります。いずれの委員会も委員は取締役会の決議で選任され、3名以上の委員から成り、そのうち社外取締役が過半数を占める必要があります。

 [1]  監査委員会
 監査委員会は取締役および執行役の職務執行の監査ならびに会計監査人の選定等に関する議案の内容の決定に関する権限を有します。

 [2]  報酬委員会
 報酬委員会は取締役あるいは執行役の報酬を決定する権限を有します。

 [3]  指名委員会
 指名委員会は株主総会に提出する取締役の選任および解任に関する議案の内容を決定する権限をそれぞれ有します。

 委員会等設置会社では、取締役会の専決事項のうち委任不能な事項を除き、取締役会が自由に執行役に委任することができ、大幅な権限委譲が期待できます。

 執行役は平成14年改正商法で新たに設けられた制度で、取締役会において選任され、取締役の決議によって委任を受けた事項の決定および業務の執行を行います。執行役は従来の執行役員とは異なり、従業員ではなく、取締役と同様株主代表訴訟の対象となります。


(3) みなし大会社

 商法上の大会社(資本金5億円以上または負債総額200億円以上の株式会社)、中会社(資本金が1億円超の株式会社で、大会社以外のもの)、小会社(資本金1億円以下の株式会社)の区分は資本金と負債総額によって法定されており、他の会社区分を選択する余地はありませんでした。大会社には会計監査人の監査が行われており、中会社にも会計監査を受ける道を開いて会社の監督機能の強化を図るため、みなし大会社の制度が新設されました。

 みなし大会社とは商法上の中会社で、定款をもって監査等に関する特例の適用を受けることを定めた会社のことで、会計監査人の監査を受けることになります。

 平成14年の改正により、このみなし大会社の制度が新設され、上記重要財産委員会や委員会等設置会社を選択することが認められました。


6 会社法の成立(平成17年)

 平成17年に成立した会社法は、株式会社と有限会社の会社類型を統一化し、会社の機関設計を大幅に柔軟化しました。有限会社を廃止し、株式会社をすべての株式に譲渡制限のある会社と一部または全部に譲渡制限のない会社(公開会社という)に分け、それぞれ大会社(資本金5億円以上または負債総額200億円以上の会社)とそれ以外の会社に区分しました。

 また、機関設計に関しては、株主総会および取締役は必須の機関です。その他の機関(取締役会、監査役、監査役会、会計監査人、会計参与、委員会)を定款によって任意に置くことができますが、以下の原則に従う必要があります。

 [1]  公開会社、監査役会設置会社、委員会設置会社は、取締役会を設置する必要がある。

 [2]  取締役会設置会社は、監査役(監査役会を含む)または委員会のいずれかを設置しなければならない。ただし、大会社以外の株式譲渡制限会社においては、会計参与を設置すれば監査役(監査役会を含む)は不要である。

 [3]  監査役(監査役会を含む)と委員会をともに設置することはできない。

 [4]  取締役会を設置しない場合には、監査役会および委員会をともに設置することができない。

 [5]  会計監査人を設置する場合には、監査役(監査役会を含む)または委員会のいずれかを設置しなければならない。

 [6]  会計監査人を設置しない場合には、委員会を設置することができない。

 [7]  大会社には、監査役(監査役会または委員会を含む)と会計監査人を設置しなければならない。

 株式譲渡制限会社では、取締役会を設置しないことが認められており、その場合は株主総会の権限が強化されています。公開大会社では、旧商法と同じ機関設計になっています。


 取締役の員数については、旧商法では3人以上でしたが、取締役会を設置しない会社は1人でもよいことになりました。任期については、原則2年ですが、株式譲渡制限会社は、定款で最長10年まで伸長することができます。解任決議については、旧商法では株主総会の特別決議が必要でしたが、普通決議でもよいこととされました。ただし、定款で加重することができます。

 取締役の責任については、旧商法では委員会設置会社以外の会社に対する責任は、違法配当、株主の権利行使に関する利益供与、取締役に対する金銭貸付、利益相反取引については無過失責任とされていました。会社法では、委員会設置会社の取締役の責任と均衡を図り、責任を負う取締役の範囲の適正化を図るため、原則として過失責任としました。ただし、自己取引を行った取締役および株主の権利行使に関する利益供与に直接関与した取締役は無過失責任とされます。また、取締役会決議において賛成した取締役は行為をした者とみなす規定は削除されました。

 取締役会の決議方法では、旧商法では書面決議が認められていませんでしたが、全取締役の同意と監査役が異義を述べないことを条件に認められることになりました。

 また、大会社は内部統制システムの整備に関する事項を決定しなければなりません。取締役会設置会社は、取締役会で決定する必要があります。これは、取締役等会社の業務執行者が、法令および定款を遵守し、かつ、取締役が負うべき善良な管理者としての注意を払う義務および忠実にその職務を行う義務を全うすることができるような体制を構築することが求められていることによるものです。

 なお、委員会等設置会社は、会社法では、委員会設置会社という名称になりました。

 

目次 次ページ