目次 第1章


第12章 医療機関の再生(M&Aと資金調達)

1.M&Aの概略 12-1

(1) M&Aのメリット

 近年企業再生の手法としてM&Aを行うことが増えつつあります。また基準病床数の規制の問題から、グループ病院として事業の拡大の方法としてもM&Aは増加しつつあります。

 平成18年4月改定を含め、診療点数のマイナス改定や薬価の低下などの医療情勢はますます厳しい状況にあります。医療法人については、負債が過大であっても病院敷地の利用価値が高い場合、また病床の認可数が一定水準以上の場合など静的財産評価では表せない価値が発生することがあります。また、病院事業の拡大で最も大きな制約が許可病床数であり、他の医療法人を買収・合併することにより病床数を増やすことは有効な方法といえます。

 医療法人についてM&Aを考えた場合以下のようなメリットが考えられます。

 [1]  事業の拡大が比較的容易

 価値ある不動産または許可病床数等の買取りという買い手側のメリットです。

 [2]  資本を注入し過去の債務を清算し経営の改善を図る

 業績の低迷または個人から法人成りしたときの設定に問題があった場合等で過去の債務が膨らんでいるような医療法人については、M&Aによる資本注入によって経営改善を図ることは1つの選択肢といえます。この点で売り手側のメリットと言えます。ただし、経営権の譲渡を伴う場合が多い点にご留意下さい。

 [3]  清算型のM&A・・・資産の有効活用

 単に事業を廃止するのではなく、M&Aにより他の医療法人に売却することにより、資産を有効に活用でき、さらには地域住民に対する医療活動や従業員の雇用の継続を図ることができるといえます。買い手側では債務をカットでき、相場より安く取得できる可能性がある有効な機会といえます。

 [4]  債権者のメリット

 医療法人の債権者については、資本の注入及び経営能力のある経営者への転換は、保有する債権の回収可能性を高めることを意味します。


(2) M&Aの形態

 M&Aの主要な形態(手法)としては以下のものがあげられます。

 [1] 合併

 [2] 医療法人の出資の譲渡及び役員変更

 [3] 事業譲渡(営業譲渡)

 [4] 民事再生による営業譲渡


2.合併 12-2

(1) 合併の形態

 医療法人の合併の要件については医療法第57条に規定されており、医療法人の合併の形態としては以下のようになります。なお、医療法人は会社と違い法人分割はできません。

 [1]  医療法人社団

 医療法人社団については総社員の同意を条件に他の医療法人社団と合併することができます。持分の定めのある医療法人社団の場合には、その医療法人の持分を取得する形で行われます。

 [2]  医療法人財団

 医療法人財団については、寄附行為に合併することができる旨の記載がある場合に限り合併することができます。この場合には理事の3分の2以上の同意を必要としますが、寄附行為に別段の定めの記載がある場合にはこれを要件としません。従って、医療法人財団の合併の場合、まず寄附行為の変更手続が必要となる場合があることになります。

 上記のように医療法人社団及び医療法人財団ともに同種の医療法人とのみ合併することができます。また合併の形態として新設合併・吸収合併のいずれの形態でも行うことができます。新設合併の場合でも吸収合併の場合でも、存続法人または新設法人は消滅法人の権利義務のすべてを承継することになりますが、新設合併の場合には新たに定款または寄附行為の作成・その他の法人設立手続が必要になり、この手続についてはそれぞれの医療法人において選任された者が共同して行う必要があります。従って、特別な事情がないかぎり、このような手続上の煩雑さから通常は新設合併は行われず吸収合併が行われます。


(2) 税務

 [1]  適格合併と非適格合併

 合併については、法人税法上、被合併法人の譲渡した資産の譲渡益に対し課税しない適格合併と、譲渡益に対し課税する非適格合併に区分することができます。適格合併と呼称していますが、実際には、下記の要件を十分に検討してできるかぎり適格合併にしており、難しい場合は法人の出資金の譲渡及び役員変更で対応していることが多いです。

 [2]  適格合併の要件

 適格合併とは以下のいずれかを満たす場合で、被合併法人の社員に出資持分以外の資産が交付されないものをいいます。適格合併については、同一グループ内における適格合併と共同事業を行う場合の適格合併に区分できます。なお、持分の定めのない医療法人社団及び医療法人財団については次の「[4] 共同事業を営む場合の合併」のみが適用され、この要件を満たさないかぎり非適格合併になります。

 [3]  グループ内の合併

   完全支配関係がある医療法人間の合併

 合併前に被合併法人と合併法人とが同一の者(個人及びその親族等)によってそれぞれの法人の出資の全部を直接または間接に保有される関係があり、合併後も当該同一のものがその出資を直接または間接に継続して保有することが見込まれている場合。

   支配関係のある法人間の合併

 合併前に非合併法人と合併法人とが同一の者によってそれぞれの法人の出資の50%超100%未満を直接または間接に保有される関係があり、合併後も当該同一のものがその出資を直接または間接に継続して保有することが見込まれている場合で、かつ、以下の2つの要件をいずれも満たす場合。

     被合併法人の合併直前の従業員の概ね80%以上が合併法人の業務に従事することが見込まれること

     合併後、被合併法人の主要な事業が合併法人で引き続き営まれることが見込まれていること

 [4]  共同事業を営む場合の合併

 グループ内の合併以外で、次の5要件をすべて満たす場合。

     被合併法人の被合併事業と合併事業が相互に関連するものであること

     被合併事業と合併事業のそれぞれの売上金額、従業員数、被合併法人と合併法人の資本の金額が概ね5倍を超えないこと。または、合併前の、被合併法人の特定役員(経営に従事している者)のいずれかと合併法人の特定役員のいずれかとが合併後の合併法人の特定役員となることが見込まれていること

     被合併法人の合併直前の従業員の概ね80%以上が合併法人の業務に従事することが見込まれていること

     合併後、被合併法人の主要な事業が合併法人で引き続き営まれることが見込まれていること

     合併直前の被合併法人の社員のうち、合併により取得する合併法人の出資を継続して保有することが見込まれる社員が有する被合併法人の出資の合計が、被合併法人の出資総額の80%以上であること

   上記のグループ内の適格合併または共同事業を営む場合の適格合併の要件を満たさない場合の医療法人の合併については非適格合併になります。適格合併及び非適格合併の場合の課税上の相違は合併譲渡資産の譲渡益に対して課税されるかどうか及び被合併法人の繰越損失を引き継げるかどうかになります。その他適格合併の場合には合併法人は被合併法人の利益剰余金をそのまま引き継げますが、非適格合併の場合には、被合併法人の利益剰余金は合併法人の資本剰余金として引き継ぐことになります。

 [5]  合併時の課税関係

A 適格合併

     被合併法人
 
 適格合併の場合、被合併法人は資産負債を簿価で存続会社に引き継いだものとしてみなして各事業年度の所得を計算します。
 そのため、被合併法人において譲渡損益は認識されません。したがって合併時に資産を再評価し、時価で譲渡する場合にはその差額が譲渡損益となりますが、税務上は簿価での譲渡とみなすためその譲渡損益は課税所得を構成せず、また譲渡損の場合でも費用として損金にも計上されません。

     合併法人

 適格合併の場合、合併法人は資産負債を被合併法人における簿価で引き継いだものみなして計上します。
 なお、以下の要件を満たした場合には、被合併会社の繰越欠損金を合併会社に引き継ぐことができます。
 ・被合併会社が青色申告法人であること
 ・被合併会社の合併前の主要な事業が合併法人において引き続き営まれること
 ・ 被合併会社が合併後に直ちに解散することが合併の日までに社員総会で決議されていること
 ・被合併会社の資産・負債のすべてを合併法人が引き継ぐこと
 適格合併である時点でこれらの要件を満たしているはずですので、適格合併の場合には通常繰越損失を引き継ぐことができることになります。

  B 非適格合併

     被合併法人

 非適格合併の場合、被合併法人については、資産負債を時価で譲渡したものとして事業年度の所得を計算します(この場合、時価評価においては、営業権(のれん)など貸借対照表に計上されていないものも評価される)。この計算の結果生じる譲渡利益額または譲渡損失額は、被合併法人の最終事業年度の益金または損金に算入します。
 非適格合併の場合には被合併会社の繰越損失を引き継ぐことができませんが、被合併法人の最終事業年度に欠損金が生じた場合には法人税の繰戻しによる還付請求ができます。
 非適格合併の場合の繰越欠損金について、赤字の法人を存続法人とし、黒字の法人を消滅法人とすることが考えられます。このような合併の形態は体力のある法人を消滅させ、体力のない法人を存続させることから逆さ合併と呼ばれています。逆さ合併に合理的理由がない場合には、上記のような税務上のメリットが課税当局から否認される可能性があります。

  C 合併法人

     非適格合併の場合、合併法人についても、被合併法人の資産負債を時価で譲り受けたものとして所得の計算をします。


(3) 平成18年度組織再編税制改正について

 平成18年度税制改正により非適格合併等での資産等の移転がある場合、従来から認められた「正ののれん」に加えて、「負ののれん」の計上が可能となりました。この「負ののれん」は合併時の支払額が被合併法人の総資産より少ない場合(将来の偶発債務発生の可能性が高い場合等)に発生します。

 なお、精神科等を除き一般的には大多数の地域が地域医療計画でのベッド過剰地域とされ、新規の許可病床取得は難しい状況にあります。このため、許可病床数は無形の財産価値としてM&Aの局面では多額の評価額となるとともに、法人の純資産額を上回る価額で合併時の支払額が決定されることが多いものと考えられます。この意味で医療法人(特に病院)の合併時に「負ののれん」発生の可能性は低いものと考えられます。


3.医療法人の出資金譲渡の場合 12-3

 最も事例が多いパターンが出資金の譲渡です。この場合の課税関係は以下のようになります。なお、持分の定めのある医療法人社団は、その出資持分を譲渡し、社員及び理事の変更を実施することによりM&Aを行います。医療法人財団など持分のない法人の場合は理事及び評議員の変更によりM&Aが実施されます。


(1) 出資持分譲渡に係る課税関係

 出資持分の譲渡については、個人の場合と法人の場合で異なりますが、医療法人の場合は出資社員は自然人(個人)でなければならないため、原則として個人の問題となります。個人の場合には有価証券の譲渡となり、株式等に係る譲渡所得として他の株式等の損益と相殺することができます。


(2) 役員退職金の課税関係

 この場合は、退職金を受け取る役員と、退職金を支払う被買収法人において以下の通り別個の課税が生じます。

 退職金を受け取った理事の方では、所得税法上の退職所得として課税が行われます。退職所得については、課税面で優遇されていますので、譲渡対価に占める退職金の額が大きいほど売り手にとっては手取額が増えることになります。

 退職金を支払う医療法人の方では、その退職金について税務上は損金経理を要件として、不相当に高額な部分の金額を除き、法人税法上損金として算入することができます。


(3) 不動産譲渡に係る課税関係

 病院の不動産を医療法人が所有しているのであれば、出資持分の譲渡の中で課税関係は完了しています。

 これが問題となるのは、病院の不動産をMS法人などの会社が所有している場合や、個人で所有している場合です。

 病院の不動産を会社が所有している場合には、不動産の譲渡による損益を法人税法上の損金または益金に算入して、課税所得が計算されることになります。

 また、病院の不動産を個人が所有している場合には、所得税法上譲渡所得として取り扱われます。


4.個人の医療機関の場合 12-4

 経営上の問題や後継者の不在などの理由により、個人経営の病院・診療所の廃止を考えたときに、個人病院をそのまま売却しようとした場合には、一旦個人事業としては廃止した上で買収先が新たに開設する形になり、以下のような観点から手続上の弊害が多いため、法人成りをした上で売却する形式がよりメリットが大きいといえるでしょう。

 ・病院開設許可の新規取得
 ・職員の退職・新規雇用手続
 ・取引契約等の再契約
 ・経営者に係る課税関係

 職員に関する手続や取引関係の契約に関しては、単なる手続上の問題ですが、病院開設許可に関しては、当該地域が病床過剰地域であった場合には難しい場合もあり、事前確認が必要です。

 経営者の所得に関して病院の売却は経営者個人が所有する病院資産の売却として譲渡所得となり、その他棚卸資産等がある場合には事業所得にも該当します。また、個人の場合には経営者本人に退職金を支払うことができません。従って、経営者本人に過大な税負担が発生する可能性があります。しかし、法人成りしていた場合には持分のある医療法人社団であれば出資持分の移転だけで売却ができ、また経営者にも退職金が支給できます。退職金については税負担の面で優遇されていますので、個人に対し法人成りした場合の方が税負担は軽減されることが多いものと考えられます。

 ただし、法人化する場合の手続も普通法人に比べ医療法人の場合には煩雑で時間を要しますので、実際には医療経営等の専門家に相談することが望まれます。

 

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