目次 第10章


第10章 相続/事業承継

 開業医の相続・事業承継を考える場合、まず、院長先生に、相続税のシミュレーションをして、もし近い将来相続が発生した場合、どの程度の相続税負担となるのかを試算して、相続税の重要性を認識していただき、それから、相続対策・事業承継対策を立案・実行することとなります。相続・事業承継対策は、長期間を要する作業ですので、早めに着手することが望まれます。できれば、開業して数年経過後、患者数が安定した段階で、検討を開始することが望ましいと思います。


1.相続税シミュレーション 10-1

 医療機関にとって、相続税の支払いも、医療を後継者に継がせる事業承継も含め重要な経営課題です。長期的に早くから取り組んでおくことが必要です。最初に相続税のシミュレーションをして相続税の負担額を試算してもらうことからスタートすることで院長先生にも、事業承継対策の必要性を理解してもらえると思います。


(1) シミュレーションの必要性

 相続税の過大な負担や遺産分割のトラブル等により病医院の存続が困難になることがあります。あらかじめ相続税のシミュレーションをしておくことで事前に相続税額を予想することができ、対策を立案することができます。

 また、シミュレーションにより、相続人が具体的に相続税額の負担がどの程度になるかを意識することになりますので、納税資金の確保及び後継者の育成等を早くから意識し、長期的な医業経営の面からもプラスなります。


(2) シミュレーションの方法

 シミュレーションは正確な相続税額を計算する必要はなく、現時点で相続税額がどれくらい負担となるのかの概要が算定できれば十分です。


(3) 予想相続税額の算定

 ・相続人の特定:相続人は誰なのか。
 ・財産の把握:現在所有する財産、債務にはどのようなものがあるのか。
 ・財産評価:相続税を計算する上での財産、債務の価額はいくらか。
 ・相続税の試算:上記の場合の相続税額はいくらか。


2.相続対策 10-2

(1) 相続税対策:相続税額を引き下げる対策

 相続税そのものの負担が、なるべく過大なものとならないように、評価を中心に相続税を低下させるための対策、相続対策、納税の対策が必要になります。

 [1]  不動産を購入する

 現金や預金をもっていると、そのもっている全額が相続財産とされます。しかし、不動産の場合には、賃貸に供していれば、土地または家屋の価額に一定の割合を乗じた金額が、相続税評価額となります。さらに、土地については、一定の要件を満たせば「小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例」という制度を受けることができ、土地の評価額の最高80%を減額することができます。

 ただし、注意しなければならないのは、所有している現金及び預金を全額不動産の購入に充ててしまいますと、実際に相続が発生した場合に納税資金が不足する事態もあり得ますので、過度に相続対策で不動産を購入することは慎まなければなりません。

 [2]  生前贈与をする

 贈与税の基礎控除は年間110万円です。従って、110万円までの贈与については、贈与税が課税されず、相続財産からも除かれるため相続税を引き下げる効果があります。しかし、相続開始前3年以内に贈与したものについては相続財産に加算され、その後、贈与税額控除という形で納付すべき相続税額からすでに納付済みの贈与税額を控除することとなります。

 また、配偶者については、居住用不動産を贈与する場合には基礎控除のほか、2,000万円までの控除が受けられます。この制度は、婚姻期間が20年以上である夫婦間における贈与についてのみ適用されます。さらにこの制度は、上記の相続開始前3年以内に贈与したものについて相続財産に加算される金額からも控除できるため、相続税額を引き下げる効果は、通常の贈与よりもあると考えられます。

  <相続時精算課税制度を適用した生前贈与>
 平成15年より、相続時精算課税という制度が設けられました。この制度は、20歳以上の者が65歳以上の者から贈与を受け、一定の届出書を提出した場合には、贈与税の課税価格から2,500万円を限度に控除できる制度です。
 その後、贈与した者が、死亡した場合には何年でも遡って、相続財産に加算され、納付済みの贈与税額を相続税額から控除します。この場合において、納付済みの贈与税額が相続税額よりも多い場合には、還付を受けることができます。
 しかしながら、この制度は、贈与時の時価を相続財産に加算するため物価が贈与時よりも上昇した場合にはその分、相続財産の評価が低くなりますので、結果として節税効果が得られます。逆に下落した場合には、実際の価額よりも贈与時の価額のほうが高くなる場合にはその分、相続財産の評価が高くなりますので、結果として節税効果が得られなくなります。生前贈与する財産を慎重に選定することが肝要です。

 [3]  養子縁組をする

 養子縁組をすることにより法定相続人の数を増やし、相続税の基礎控除を増加させる効果があります。しかし、養子が複数いる場合には、その養子のすべてを法定相続人の数に算入することはできません。


(2) 相続対策:相続人間でトラブルを回避する対策

 遺言書には、遺言書の普通方式には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類があり、民法の規定により定められています。これらの遺言書を残しておけば、相続人間でのトラブルは回避しやすくなります。


(3) 納税対策:納税資金を確保する対策

 ○ 被相続人を被保険者とする生命保険に加入する

 納税資金を確保する方法としては、あらかじめ納税資金として預金しておくこと、生命保険に加入することの2つの方法が考えられます。

 納税資金として預金しておく方法ですと、その全額が相続財産となり課税の対象となります。

 生命保険に加入する方法ですと、受け取る保険金額は相続財産となりますが、この場合、500万円に法定相続人の数を乗じた金額が非課税となります。従って、受け取る保険金額よりも低い価額が相続財産となります。

 生命保険に加入する方法では、注意しなければならないのが、保険金受取人が相続人であること(相続を放棄している者を除く)が必要となります。相続人ではないと上記の非課税を受けられないこととなります。

 また、加入する生命保険は死亡を保険事故とする死亡保険で、被相続人自身が保険料を負担していなければなりません。


3.医療法人の相続対策 10-3

 個人開業医の場合には、病医院の建物及び敷地、医療用機械、借入金等すべてのものが相続財産となります。医療法人を設立した場合には、設立時に個人所有の財産及び債務を医療法人に出資することにより医療法人の出資持分を有することになり、この医療法人の出資持分が相続財産となります。

 相続税評価額を下げることに腐心するあまり、その結果、相続税評価額は減少しても、患者数の減少(収益力の低下)となることがあっては本末転倒です。相続対策は、医療法人の収益低下を招かないように行う必要があります。具体的には、下記の対策が考えられます。


(1) 出資持分の贈与

 医療法人は、医療法第54条に「医療法人は、剰余金の配当をしてはならない」と規定されているため、毎期計上した利益に対し税金がかかり、その残りは法人内に留保されることとなります。これが、医療法人の出資金の評価額を上昇させる要因となります。

 [1]  出資金の生前贈与は、後継者を中心に早期から計画的に実施する。できれば医療法人の設立直後の、出資金の評価額があまり高くないこの時期に出資金の生前贈与をしておく。

 [2]  後継者の選定はできるだけ早期に決定する。

 [3]  既に出資金の評価額が上昇している場合には、役員退職金の支給、大規模な設備投資の時期を見計らって、贈与を行うようにする。

 [4]  相続時精算課税を利用した持分の生前贈与を行う。


(2) 理事長に退職金を支給する

 理事長に退職金を支払うと、医療法人の出資持分の評価を引き下げる効果があります。これは、医療法人が退職金を支払うと、医療法人の純資産価額が減るためです。


(3) 相続時精算課税制度の活用

 相続時精算課税制度により贈与された財産は、贈与時の価額により評価されます。すなわち、贈与の時点で相続税評価額が決定されます。

 医療法人の場合、配当が禁止されていることから毎決算期ごとに利益が法人内部に留保されることから、業績のよい医療法人は純資産が膨らみ続け、出資持分の相続税評価額は年々高くなります。そこで、純資産額が低いうちに贈与をしておけば、贈与時の価額により評価されるため、その後の出資持分の評価額が値上りしたとしても、その値上り部分については、相続税は課税されません。

 しかしながら、逆に相続開始時のほうが贈与時よりも出資持分の評価額が低い場合にも、贈与時の価額により評価されるため、値下り部分を考慮することができません。

 また、この制度は、1人当たり2,500万円までが贈与税の基礎控除額となるため、2,500万円までは贈与税がかからないことになります。


(4) 小規模宅地等の減額利用

 院長個人が所有する土地を医療法人に貸し付けて、医療法人が借地の上に建物を建てて病医院等を経営している場合または、医療法人に建物を貸し付けて、その医療法人がその建物で病医院等を経営している場合等、一定の要件を満たす場合には、小規模宅地等の減額の適用を受けて土地の価額の80%を減額することができます。

 具体的に、この制度の適用を受けるには、下記の要件を満たす必要があります。

 [1]  相続人が相続または遺贈によりその土地を取得していること

 [2]  その相続人が被相続人の親族であること

 [3]  申告期限においてその医療法人の役員であること

 [4]  その土地を取得した親族が相続開始時から申告期限までその土地を有していること

 [5]  被相続人がその土地を医療法人に賃貸借により貸し付けていること

 [6]  被相続人及びその親族が医療法人の出資持分の10分の5超を有していること

 [7]  その医療法人がその土地の上で病医院等を営んでいること


4.事業承継そのものの対策 10-4

 後継者の選定で一番大切なのは、院長の経営哲学や経営理念を理解できる資質を持っているか否かということです。これを、第三者の立場から客観的に判断して選定する必要があります。

 医療法人の理事長が死亡した場合、次の理事長を決めて医療法人を承継する場合には、医療法人の理事長は原則として医師または歯科医師に限られます。ただし理事長の子女が医科または歯科大学に在学中、または卒業後臨床研修、その他の研修を終えていない場合は、その研修を終えるまでの間については、医師または歯科医師でない配偶者等が理事長に就任できます。なお、その就任手続については、知事の認可後、理事会の選任が必要になります。

 

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