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2 取得費加算の改正の経緯

 この「取得費加算の特例」が、26年度税制改正により平成5年以前と同様の制度に戻ったのである。バブル期の相続において、地価高騰により高額な相続税が課税された東京の高級住宅地・田園調布の資産家が「納税のために土地を売却して相続税を納付した」ところ、その後に土地売却に関して高額な譲渡所得税が課税されたため、その納税資金の目途が立たないことを悲観して自殺を図った事件などがあり、当時の世論において「相続税と譲渡所得税、その過酷な二重課税」に関する批判が高まった。そうした事情を背景として改正が行われたものである。

 さらにいえば、そのような世論とは別に、税務当局側にも事情があった。それは、バブル経済当時の地価高騰と急激な相続税負担の増大から、「相続税を金銭で納付することが困難である」という事例が続出したことで「物納」の申請件数が激増し、あまりの申請件数の多さに税務当局の対応が追い付かなくなってしまったのである。


(1)バブル期以前の物納

 そもそも物納は、「バブル期以前」にはその制度を利用する納税者はごくわずかであり、年間に数十件程度しか申請されていなかった。なぜならば、平成3年以前には相続税の財産評価の基準となる「路線価」は、その土地の実勢価格に対して20〜30%という大変低い水準に設定されていた。そして、土地を物納する場合には、その収納価額は相続税申告時の財産評価額なので、相続税を納める立場からいえば、「物納するよりも、土地を売却した方が3〜5倍も手取額が大きいので、ほとんどの場合、土地の売却によって相続税を納めていた」からである。

 したがって、税務当局も物納申請を受理したことが少なく、物納の事務手続に精通した職員もごくわずかであった。

 しかし、その後、一貫して右肩上がりが続いた高度成長期のいわゆる「土地神話」に基づいて、土地の路線価割合が大幅に引き上げられることとなった。具体的には、平成3年に路線価が実勢価格の70%水準に引き上げられ、さらに翌平成4年には80%水準にまで引き上げられたのである。それまで実勢価格の20〜30%水準であったことと比較すると、急激かつ大幅な引き上げとなったことが分かる。


(2)バブル崩壊と物納の急増

 そのような状況のなか、ほぼそれと時を同じくして起きたのが、「バブルの崩壊」であった。昭和60年のプラザ合意以後、右肩上がりの地価は急激な上昇カーブを描き急騰していたところ、いわゆる「土地関連融資の抑制について」(総量規制)に加えて、日本銀行による金融引き締めが急激であったことから、信用収縮が一気に進行し、結果として土地価格の急落を招いた。

 そして、このことが相続税の物納件数の激増を引き起こしたのである。なぜならば、相続税の計算の基礎となる路線価は、前年の地価実勢価格に基づいて算出されており、相続が開始した時にはその路線価で相続税を計算し申告するところとなるが、バブル崩壊により実勢価格がその後急落しているので、路線価よりも実勢価格の方が低い「実勢価格と路線価の逆転現象」が起きていたからである。

 このように実勢価格と路線価が逆転してしまったことにより、「土地を売却しても相続税が払いきれない」あるいは「路線価よりもはるかに安い価格でしか売却できず、マイナスが膨らんでしまう」といった事案が頻発した。

 そのため、「土地を売却するのではなく、路線価で収納される物納で納税しよう」と、納税者(及び税理士等の専門家)が考えたことで、物納件数は激増した。ピーク時の平成6年〜平成7年ごろには、年間1万件を超える物納申請が提出されていた。

 事ここに至って、税務当局の物納事務はパンク状態に陥ってしまった。先ほど述べたように物納に精通した職員は少なく、ほとんど実務経験がないなかで膨大な申請件数を処理しなければならなくなったため、多くの申請書類が山積みとなり、「処理未済件数」だけが増加の一途を辿ったのである。


(3)平成5年の取得費加算の改正

 このような状況に鑑み、「物納ではなく、土地を売却して相続税を納付してもらいたい。そのためには、相続した土地を売却した際の譲渡所得税は軽減する」という課税当局側の意図を踏まえて、取得費加算の制度が改正されたのである。

 具体的には、土地の譲渡所得を計算するときの「取得費」に、相続税を納付した場合にはそのうちの「すべての土地等にかかる相続税額」を「取得費に加算することができる」とされるもので、これにより取得費が大きくかさ上げされ、譲渡所得が圧縮される。このため、相続財産に占める不動産の割合が高い土地資産家にとっては、相続した土地を売却したときの譲渡所得税が大幅に圧縮され、場合によっては譲渡所得税がゼロになる事例も多かった。そのため、その後の地価動向の推移とも合わせて、徐々に物納ではなく土地を売却して納税する相続案件が多くなり、物納申請件数も暫時減少傾向をみせていた。


(4)そして再度の改正

 しかし、地価の高騰が沈静化し、「相続税と譲渡所得税の更なる負担調整の必要性が低下している」といわれたこと、そして、「相続した土地の売却についてのみ、このような措置法があることは、一部の土地資産家に対する優遇税制にあたる」などの指摘がありながらもこの取得費加算の制度について見直しが行われなかった。そのため、平成24年に会計検査院から本制度の改善を求める意見表示がなされ、これを受けて平成26年度税制改正により、取得費加算額の計算が平成5年度の改正前の取扱いに戻されることとなった。

 今回の改正により、「すべての土地等に係る相続税額を取得費に加算」となっていた現行制度は、「譲渡する土地等に係る相続税額」だけを取得費に加算することとなり、加算できる範囲が大幅に縮小された。これにより、取得費に加算できる相続税額が大幅に減少するため、結果として計算上の譲渡所得が多くなり、相続した土地を売却した時の譲渡所得税は実質的に増税となる。

 

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