1.融資取引と実行
(3)融資判断のポイント
これまでは自己資金の範囲内で事業を行うことができていましたが、売場面積や取扱い商品の数も増やし事業を拡大したいと思っています。これまでの蓄えでは賄うことは難しいため銀行から融資を受けようかと考えていますが直ぐに貸してくれるものでしょうか。銀行は、融資を審査する際にどのような点を考慮しているのでしょうか。 |
銀行からお金を借りる場合、預金口座を開設するように必要な書類を揃えて持参しただけでは取引を行うことはできません。銀行側が融資取引が「できる」か「できないか」判断する際のポイントと手続き面を考えると以下の6項目がキーワードと考えられます。
1)信用格付の考え方
2)取引先の信用調査
3)事業状態の評価
4)資金使途の妥当性
5)融資条件の決定
6)稟議手続き
【信用格付の考え方】
銀行が融資する際のお金は、一般のお客様から預っている預金が基になっていることから、融資したお金を約束通り返済してもらえるか否か、「取引先の信用度」を見極めることが必要となります。最近では、大手の銀行に限らず信用金庫等比較的小規模な金融機関でも、融資を行う際には「取引先の信用度」を厳格に行う傾向にありますが、取引を行えるか行えないかの判断根拠となる「信用度」を銀行内部では
「信用格付」と表現しています。
融資する取引先が契約している間に倒産したりして融資した資金が回収できなくなる危険性(=「信用リスク」と言います)を、会社が提出する決算数値や事業の概況を客観的に評価して、一定のルールに基づいてランク分けするものです。
信用格付は融資先の信用リスクの程度を表していることから、個別の貸出案件の審査における判断基準のひとつとして重要な役割を果たしています。信用格付けは、基本的に会社の業績を表す決算書=財務諸表の数値を基に算定、体系化されるのが一般的ですが、財務数値には現れない会社の力や経営者の資質(金融機関では定性情報ともいう)についても考慮して決定されます。
【取引先の信用調査】
取引先の信用調査とは、借入申し込みのあった事業会社に対して貸出ができるか否かを最終判断する上で、当該事業会社の実情を調べることです。業種や規模、社長の手腕、会社の風評等一般的に言われる信用調査も重要となりますが、
信用格付の考え方でも説明しました、決算数値=財務諸表の分析がポイントとなります。
取引先から提出される財務資料=「貸借対照表=B/S」と「損益計算書=P/L」を基に、決算時点の財務状態だけではなく、過去数年の推移も考慮しながら判定します。融資取引を申し込むと過去3期分の決算書を科目明細も含め提出するよう求められるのは、時系列での業況の変化を捉える為です。財務諸表の分析には、「
実数分析=前期決算との比較により、各科目の増減から動向を判断する」、「
構成比率分析=各科目の残高を構成比…%で表示し、黒字企業や業界平均値等の数値と比較して特徴や良否を判断する」さらに「
指数分析=各科目を、標準とする年度の数値を100としてその後数年を指数化して、各項目の伸びの違いや、黒字企業等との比較により成長力などを判断する」という方法が利用されます。
また、取引先から提出される決算書は、全て正しいものとは限らないケースもあります。特に本来業績が低迷しているのに、数値を良く見せようと決算書の数値を意図的に粉飾するケースもあります。また、利益が出過ぎたため節税を目的に過小に粉飾するケース等もあります。
決算書を操作する方法としては「売上高を操作する」「会計処理の基準を変更する(引当の計上、減価償却方法、棚卸方法等)」「会計処理の判断を操作する(不良債権・不良在庫等を放置する)」「在庫残高を操作する」「経費計上を操作する」等ありますが、前述の分析方法から異常値はないか判断しています。
【事業状態の評価】
信用調査の一環ですが、財務諸表分析を更に高度に分析することで取引先の事業状態を評価します。代表的なものとして「財務比率分析」「損益分岐点分析」があります。
●財務比率分析
貸借対照表科目の相互間、貸借対照表科目と損益計算書科目との比率により、会社の安全性、収益性、効率性等を分析する方法で、利用される比率の種類、計算方法、利用方法により評価が決まっています。代表的なものは以下のとおりです。
要因 |
項目 |
算式 |
基準 |
基礎体力 |
自己資本比率 |
資本合計/負債・資本合計×100…(%) |
高い方が良い |
固定比率 |
固定資産/資本合計×100…(%) |
100%以下が理想 |
固定長期適合率 |
固定資産/(資本合計+固定負債)×100…(%) |
低い方が良い |
流動比率 |
流動資産/流動負債×100…(%) |
高い方が良い |
当座比率 |
当座資産/流動負債×100…(%) |
100%以上が理想 |
収益状態 |
総資本経常利益率 |
経常利益/総資本×100…(%) |
高い方が良い |
売上高粗利益率 |
売上総利益/売上高×100…(%) |
高い方が良い |
売上高営業利益率 |
営業利益/売上高×100…(%) |
高い方が良い |
売上高経常利益率 |
経常利益/売上高×100…(%) |
高い方が良い |
資本効率 |
総資本回転率 |
売上高÷使用総資本(総資産)…(回) |
大きい方が効率が良い |
売上債権回期間 |
売上債権÷(売上高÷365)…(日) |
短い方が効率が良い |
棚卸資産回期間 |
棚卸資産÷(売上高÷365)…(日) |
短い方が効率が良い |
仕入債務回転期間 |
仕入債務÷(売上原価÷365)…(日) |
適正水準が基本 |
前述の、信用格付を行う際には、当該数値を使用して一定のルールを策定するケースが大半です。つまり、数値を良くするために何をすれば良いのか考えて経営を行うと銀行の評価も良くなるのです。
●損益分岐点分析
損益分岐点分析は、全ての費用が営業活動=売上高の増減に係らず一定である固定費と営業活動に比例して増減する変動費に分解することができるという前提で、収益構造を分析する方法です。基本的に、黒字体質の会社なのか否か、業況が悪化しても持ちこたえるだけの余力のある活動をしているのか否かを見極めることがポイントとなります。
下記の計算式で算出された損益安全率(=1−損益分岐点比率)が10〜20%の範囲に収まる=黒字体質の会社であれば問題なしと言われますが、現在の経営状況や外部環境等を総合的に考えて検討されることが一般的です。
*変動比率=÷変動費÷売上高
*限界利益率=1−変動比率
*損益分岐点売上高=固定費÷限界利益率
*損益分岐点比率=損益分岐点売上高÷売上高
*損益安全率=1−損益分岐点比率
【資金使途の妥当性】
銀行に借入を申し込む際に必ず確認される項目として「資金使途」があります。金融機関としては企業に対して融資を行う際には、資金需要の原因を把握して妥当性があるのか否か資金使途によってチェックするポイントがあります。
資金使途の種類に関しては「
融資取引の種類」で説明しましたが、一般的には資金繰り表や聞き取り調査によって確認します。また、提出された決算資料から妥当性を検証していますが、代表的である「設備資金」と「運転資金」の見方を簡単に説明します。
●設備資金
1)設備投資の目的に応じた、経営上の必要性と妥当性
2)所要資金の総額、借入金額の割合、銀行別割り振り
3)設備投資後の収支計画
の3点につて確認しますが、重要なのは設備投資の目的と妥当性です=1)。事業規模に応じた計画なのか否か、更には投資が不調の場合でも体力的に問題は生じないのか否かを考えます=2)。
以上の2点を考慮した上で、設備投資後の収支計画を正しく策定することが可能か否か、がポイントとなります。つまり、投資後の売上予測も含め、最終的に借入金を返済できるのか否か返済原資の見極めを行います。
返済原資は、基本的には「内部留保資金(=留保利益+減価償却費)=償却前利益」となりますので、返済期間や金利負担も考慮しながら年間の返済原資がどの位になるのか、売上が不調でもある程度余裕のある計画を立てることができる状態であることがポイントとなります。
●運転資金
会社が事業を行う場合、一定規模の在庫を保有し、売上金を回収するまでに一定の期間を要することが一般的です。一方、売上金が回収なる前に在庫の支払や経費の支払が必要になります。このように、通常の営業活動で必要となる資金を経常運転資金として、貸借対照表の科目残高を使用して以下の算式により検証します。
経常運転資金=売上債権(受取手形+売掛金)+在庫−仕入債務(支払手形+買掛金) |
また、事業が拡大して売上高が増加した場合や、売上債権の回転期間が延びることで運転資金が増加することがありますが、増加運転資金が必要となった理由は何かを見極める上で、以下のような計算式で必要資金額の妥当性を検証することとなります。
増加運転資金必要額=(売掛債権+在庫−仕入債務)×月商増加額÷平均月商
→(売掛債権回転期間+棚卸資産回転期間−仕入債務回転期間)×月商増加額 |
【融資条件の決定】
以上のように、信用格付の基となる取引先の信用調査を最新の決算情報に基づき実施し、且つ、事業実態と資金使途の妥当性を検証した上で融資できるか否かの最終判定を行うこととなりますが、次に、実際に融資取引を行う場合の条件を検討します。
一般的に、融資取引に関しては資金使途に応じた取引方法を選択しますが、重要となるのは、融資する際の「
融資期間」「
適用金利」「
返済方法」「
担保・保証」の4条件です。融資期間と返済方法(月賦返済、期日一括返済等)は資金使途や事業計画、資金繰り予定表等を基に決定することとなりますが、
「適用金利」と「担保・保証」条件に関しては「信用格付」結果が重要な判定根拠となります。
信用格付は契約期間中の取引先の「信用リスク」を一定のルールに基づき決定していますので、
信用リスクが非常に低い優良先に関しては、契約通り返済してくれる可能性が極めて高いことから「適用金利」も標準=基準金利よりも低く、且つ、「担保・保証」も必要なくなります。一方で、信用格付結果があまり良くない場合=信用リスクが高い場合は、標準よりも高い金利設定となり、担保や保証に関する条件を付けることが一般的になります。
つまり、
融資した資金を契約通り返済してくれる可能性=信用リスクを考慮した上で、適用金利と担保・保証の条件を決定することとなるのです。
- 銀行は融資をする際の基準となる金利を、市場の金利情勢を考慮しながら「短期プライムレート」「長期プライムレート」として都度見直しながら決定し、運用するのが一般的です。
【稟議手続き】
銀行では、融資可否の可能性を検討し、融資する際の条件を決定すると、当該内容を基に最終的に銀行内部で融資審査を行う為に必要な書類を作成し「融資稟議」手続きを行います。
まずは、受付窓口となった支店内で稟議手続きを行い、最終判定者である支店長の判断で可否を決定することとなりますが、融資金額が一定金額以上の場合や、融資条件として特殊な場合(本来は担保が必要であるが担保が不足している場合等)は、支店ではなく本店の主要審査部署が判断することとなります。(銀行の規模により扱いは異なります。)
稟議手続きでは、資金使途別に必ず説明資料が必要となりますので、
決算関連資料の他に運転資金の場合は「資金繰り予定表」を、設備資金の場合は「設備投資計画書」「事業計画書」「長期収支予想表」等の必要書類を事前に準備しておくことがポイントです。また、次回の決算まで期間がある場合は、最新の試算表の提出を求められるケースもありますので、毎月、試算表を作成しておくことも大切です。