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I.法定相続 |
1 法定相続人・法定相続分 |
ここでは、主として現行法に基づく相続のうち遺言によらないもの(本コンテンツにおいて「法定相続」という)を解説の対象とし、適宜、旧民法の下での相続制度に関する事項についても言及する。 1.相続の開始原因 相続は、(被相続人の)死亡によって開始する(民882)。「死亡」には、次のような態様がある。 (1) 自然死亡 被相続人が老衰、病気、事故等により死亡(ここでは、いわゆる三兆候説に基づく心臓死をいう)したときは、当然に相続が開始する。その具体的な時期は、通常、医師が死亡診断書または死体検案書に記載した「死亡の年月日時分」(医師法施行規則20二)と一致する。相続人その他の利害関係人において死亡の事実を了知した日、死亡の届出(戸籍法86)があった日、死亡した旨が戸籍簿に記載(または記録)された日、のいずれでもない。 なお、臓器の移植に関する法律(平成9年法律第104号。以下「臓器移植法」という)の定めるところにより「脳死した」と判定されたのみで相続が開始するのか否かは、必ずしも明らかでない。積極に解する立場もあるが(島津一郎=松川正毅編『基本法コンメンタール[第四版]相続』日本評論社21頁)、脳死の判定は臓器移植を適法に行うための手続要件の一つにすぎず、論理必然的に他の法的効果が派生するというものではない(臓器移植法第6条に規定された脳死の定義は、「医学上の死亡概念一般を定義したものではない」。内田貴『民法・[補訂版]』東京大学出版会331頁)から、脳死を単純に人の死亡と同一視するべきではない、とも解し得る。 (2) 失踪の宣告を受けたとき 普通失踪(民30)にあっては7年の期間を経過した時に、危難失踪(民30)にあっては危難が去った時にそれぞれ死亡したものとみなされる(擬制死亡。民31)ため、その時点で相続が開始する。 ただし、失踪の宣告が取り消されたとき(民32前段)は、擬制死亡の効力が失われる。もっとも、その取消しは、失踪の宣告後その取消し前に善意でした行為の効力に影響を及ぼさない(民32後段)。また、失踪の宣告によって財産を得た者は、その取消しによって権利を失うが、現に利益を受けている限度においてその財産を返還すれば足りる(民32)。 なお、民法の一部を改正する法律(昭和37年法律第40号。以下「昭和37年改正法」という)の施行の日(昭和37年7月1日。同法附則)前に危難失踪の宣告を受けた者については、危難が去った後1年を経過した時(民30参照)に擬制死亡の効力が生じると解されていた(明治34年12月17日民刑第1258号回答。河瀬敏雄『全訂 図解旧民法・応急措置法から現行法 相続登記事例集』日本加除出版33頁。昭和37年改正法による改正後の規定は、同法の施行前に生じた事項にも適用されるが、改正前の規定により生じた効力は妨げられない。同法附則2)。 (3) 認定死亡 水難、火災その他の事変によって死亡した者がある場合には、その取調べをした官庁または公署は、死亡地(外国または法務省令で定める地域(昭和47年5月15日以降は、具体的な定めは設けられていない。同年改正前戸籍規61参照)で死亡した者については、その本籍地)の市町村長に死亡の報告をしなければならない(戸籍法89)。 具体的には、たとえば、海上保安庁が取り調べた船舶の遭難、投身、転落その他海上における事故による行方不明者であって、当該海難発生の時から3か月以上経過した後、親族(内縁配偶者を含む)から願い出があったものについて、当該行方不明者の死亡を確認するに足りる証拠がある場合等に管区海上保安本部長(または海上保安庁長官)が死亡認定を行い、その旨の報告をすること(死亡認定事務取扱規程(昭和28年海上保安庁達第17号)1、2、4、5)がある。 (4) 同時死亡の推定が働く場合の特則 数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定される(民32の2)。なお、規定そのものは昭和37年の民法改正に際して創設されたものであるが、従前の実務においても同様の取扱いがされていた(昭和34年の「伊勢湾台風」の罹災者に関する事案につき、昭和36年9月11日民甲第2227号回答)。 被相続人の死亡以前に死亡した者は、相続人となることができない(同時存在の原則)。したがって、同時死亡の推定を受ける者については、反証のない限り、相続の効果が及ばないこととなる(昭和37年6月15日民甲第1606号)。この推定は、代襲相続の原因となる(民887、889)。 (5) 旧民法によるべき場合 旧民法の下では、戸主の親族にしてその家にある者及びその配偶者を「家族」とし(旧民732)、その私有財産は、戸主が集中的に管理すべきものとされていた。しかし、家族が各自で財産を保有し、任意に管理・処分することを一切認めない、というわけではなかった(旧民748)。 そこで、旧民法は、戸主の地位及びこれに付帯ないし付随する財産関係の承継を「家督相続」と称し、家族が各自で保有する財産関係の承継を「遺産相続」と称して、両者を分けて規律することとしていた。 <家督相続の開始>
なお、隠居による戸主権の喪失は、前戸主または家督相続人から前戸主の債権者及び債務者にその旨の通知をしなければ、当該債権者及び債務者に対抗することができないとされていた(旧民761)。また、隠居による家督相続の場合には、前戸主の債権者は、その前戸主に対して弁済の請求をすることもできるとされていた(旧民989。家督相続人に対する弁済の請求を妨げない。同)。
<遺産相続の開始> 遺産相続は、被相続人である「家族」が死亡したときに開始するものとされていた(旧民992)。その具体的な時期は、現行法におけるそれとほぼ同様に考えられる。 2.申請書類記載(記録)例――法定相続の場合(所有権の登記がない不動産)
(1) 登記の目的 被相続人の遺産中に所有権の登記がない不動産(不登法27三)があるときは、当該不動産については、所有権の「保存」の登記の申請をする。なお、不動産の共有者は、各自単独で所有権保存の登記の申請をすることができるが(民252但書、明治33年12月18日民刑第1661号回答)、所有権の一部(共同相続人中の一部の者の共有持分等)についてのみ保存登記の申請をすることは認められない(明治32年8月8日民刑第1311号回答)。 (2) 所有者 表題部所有者(不登法2十)の相続人は、自ら(または被相続人である表題部所有者)を所有権の登記名義人とする所有権保存の登記の申請をすることができる(不登法74一、昭和36年9月18日民甲第2323号回答参照)。 (3) 登録免許税 課税価格に1,000分の4を乗じた額である(登録税別表第1一(一))。 (4) 申請根拠条項の表示 所有権保存の登記の申請をすることができる者(申請適格者)は法定されているため(不登法74)、申請人が申請適格者であること、すなわち、申請人が同項各号に掲げる者のいずれであるかを明らかにしなければならない(不登令3十三、同別表二十八)。その方法として、実務上、申請の根拠条項を記載するものとされている。 |