目次 第1章−2


2.漫然と数字を受けとめていないか?
―― まずは聞いてみよう

 企業の財政状態や経営成績を表現した書類は、金融商品取引法上は「財務諸表」、会社法上は「計算書類」とよばれます。本書ではこれらを統一して「決算書」とよぶことにします。では、この決算書には、具体的にどのような資料があるのでしょうか。

 それぞれ法律上、作成が必要とされる書類は若干異なりますが(図表1)、貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書はいずれの法律においても作成が必要とされています。

図表1 法律で要求される決算書(単体)
  金融商品取引法
「財務諸表」
会社法
「計算書類」
貸借対照表
損益計算書
株主資本等変動計算書
キャッシュ・フロー計算書  
附属明細表  

 こうした決算書は、でき上がりを見ると、どれも正しく作成されているかのように見えます。ですが決算書は、日々の取引を正しく記帳することから始まって、期末における決算整理を経て作成されるだけに、そこに至るまでの手続は会社の規模にもよりますが多種・多量です。現金の実査、銀行残高証明書との照合、有価証券の時価評価、棚卸資産の実地棚卸や期末評価、未経過利息の計算など、これらの手続にひとつでも誤りがあると正しい決算数値は集計されないということを考えると、いかに正しい決算書を作成することは難しいかということがわかるかと思います。

 もし、あなたがこの決算書を作成するための工程のどこかに携わっていたとするなら、どのようなチェックを行えば正しい決算書を作成することができるでしょうか。そもそも決算数値が、どのような手続を経て集計されているか、理解しているでしょうか。たとえ経理部長であっても、経理事務を長年経験した人とは限らないため、自社の決算書が作成されるプロセスを十分に知らない人もいるでしょう。しかし、知らないからといって、数値が正しく集計されているかどうかがわからなければ、経理部長としての責任を全うしているとはいえません。

 では、決算数値の集計の過程について詳しく知らない人は、決算書が正しく作成されているかどうか、どのようにして確認すればよいのでしょうか。それとも、やはり決算数値を集計する過程を把握しておかなければ、決算書が正しいかどうか見分けることはできないのでしょうか。

 この疑問に対する答えは簡単で、まずはその数値をつくった担当者に聞いてみればよいのです。実に当たり前なことと思われるかもしれませんが、意外に行われていないことも多いようです。それは、「上司として部下にやり方を聞くというのは立場上恥ずかしいから」とか、「そのような手続が必要であることを知らないことが部下にばれてしまうから」とか、いろいろな理由はあるでしょう。また、「現場が忙しいので聞くに聞けない」ということもあるかと思います。

 そこで「いかに効率よく、決算書が正しく作成されているかを確認するか」ということについて、考えてみましょう。


1 質問の仕方で数字が正しいかわかる

 たとえば上場企業において、経理部長自身が決算数値をすべて確認することは実務的ではありません。当然、経理担当者に作業を分担させこれを管理することで決算数値が正しく集計されていることを確認することになります。問題はその確認の仕方です。自分自身が、担当者と同様の作業を実施してみて確認するという方法も考えられますが、効率的な方法とはとてもいえません。

 そこで、ここでは担当者に質問するという方法を考えてみましょう。


(1)なぜ正しいか ―― 正しいことを確認する方法を知る

 経理担当者は正しい数字を作るために、さまざまなチェックを行っているはずです。まずはその方法について質問してみます。

 たとえば「現金」を考えてみましょう。「この現金残高が正しいということについて、どのような確認を実施したか」と質問したとします。もし、キチンと確認する担当者であれば、「帳簿残高と現金を調べた結果とを照合し、一致を確認したうえで決算数値としました」とコメントすることでしょう。逆に言えば、このようなコメントがなされない場合、集計された数値が正しいかどうか、確認されていない可能性があるということです。もし確認が十分に行われていない可能性があるならば、自分で本当に現金残高が正しいかどうかの確認を行ったほうがよいでしょう。でないと「おかしな数字」を見逃してしまうことにもなりかねません。

 ある会社では、製品保証引当金を前期に比べ多額に計上していました。このとき、私がまず質問したのは、「この製品保証引当金が過不足なく正しく計上されていることを説明してください」ということでした。担当者からの回答は、「将来、販売した機械の無償保証が見込まれるので、1台当たりの修繕費を見積もり、販売台数分の製品保証引当金を計上しました」というものでした。

 そこで再度私は、「1台当たりの修繕費はどのように見積もりましたか」と確認したところ、「過去の経験からだいたいの見当で私が見積もってみました」とのことでした。さらに私は、「修繕費は、販売したすべての機械に発生する可能性が高いのですか」と質問したところ、「販売したすべての機械というわけではありません」との回答が返ってきました。

 私は、製品保証引当金計上の手続について詳細を知っていたわけではなく、また多くの資料を見ていたわけでもありません。それでも、数回の質問によりこの会社で計上されている製品保証引当金の金額の精度に疑問をもつことになったわけです。

 説明するまでもないですが、問題となるのは、担当者の「だいたいの見当で」と「販売したすべての機械というわけではない」とのコメントです。だいたいの見当では、「合理的に」金額を見積もったことにはならないため、会計上「引当金」の要件を満たしません。

【参考】引当金の要件(企業会計原則注解18)
(ア)将来の特定の費用または損失であること
(イ)発生が当期以前の事象に起因すること
(ウ)発生の可能性が高いこと
(エ)金額を合理的に見積もることができること

 また、販売したすべての機械に修繕が必要というわけではないということであれば、修繕という事象の発生可能性が、合理的に見積もられていないことになります。

 結局、この会社が計上した製品保証引当金には「おかしな数字」が含まれている可能性が高いことがわかりました。

会社が考えた計算式
 製品保証引当金 = 1台当たりの修繕費 × 販売済機械台数

疑問点
 (1)1台当たりの修繕費は過去の実績から合理的に算出されたものか
 (2)販売したすべての機械につき、修繕費が発生するのか

 その後、合理的に見積もったと考えられる計算方法で再計算してもらったところ、1台当たりの修繕費は、当初の見積りより少なくなり、また販売済機械台数に過去の実績から割り出した修繕発生率を考慮したことにより修繕発生見込台数は減少しました。このことにより製品保証引当金は、当初に残高から大幅に減少した金額で計上されることになったのです。

修正された計算式
  過去3年間の1台当たりの修繕費実際発生額の平均値
 製品保証引当金 = ×
  修繕発生見込台数(=販売済機械台数×修繕発生率)


(2)正しい数字をつくるという意識 ―― 質問の効果

 基本的に「決算書におけるこの勘定科目の残高が正しいことについて、どのように確認したか」と質問してみることは、経理担当者が「正しい数字をつくる」ということについて、どのように意識しているか確認する上でも、よい方法だと思います。どうしてもルーチンワークは、「前回も同様の方法で行っていたから」という理由で、作業自体の意義も目的も意識されず行われていることが多くなりがちです。もちろん、上司として「何が行われていれば、手続として十分か」「重要なポイントは何か」ということは正しく知っておく必要があります。


2 経理担当者に確認すべきこと

(1)「数字を読む」ことをしたか? ―― 経理担当者の資質

 経理担当者に要求されることはさまざまです。会計・簿記の知識、数字に対する緻密さなど、いろいろあります。なかでも非常に重要なことは、「数字を読む」ことを意識しているか、ということでしょう。このことを意識できている人とそうでない人では、経理担当者としての資質に雲泥の差があります。

 「数字を読む」ことの意識の仕方は人それぞれかもしれません。しかし、経理という仕事は、単に数値を集計しているわけではなく、その数値の背景にある経済実態を常に意識し、さまざまな判断を行った上で決算数値をつくり上げるものだということを十分理解しておく必要があります。さらに言えば、この意識は経理担当者に限らず、すべてのビジネスパーソンにとって重要な意識といってもよいかもしれません。

 ある会社で為替差益が前期に比較して多く計上されることがありました。それを見た経理課長は、「何かおかしい。当社には外貨建て取引はアメリカへの輸出しかないし、この1年の為替相場を見るとずっと円高傾向だぞ」と言ったかと思うと、すかさず過去1年間の為替相場推移表をネットで調べ、ドル建ての売掛金の決済のタイミングと為替相場の推移を重ねて見始めました。「やはり、どう考えてもこれほどの為替差益がでるような為替相場の推移ではないぞ」といって経理課長は担当の経理部員に確認を指示しました。結果、驚くべきことに、ドル建売掛金決済においての会計処理に問題はなかったのですが、期末のドル建売掛金の換算仕訳が貸借逆に起票されていたことがわかったのです。この経理課長は、まさに「数字を読む」という姿勢が身についていたということでしょう。数字を単に数字としてとらえるだけではなく、その数字を生み出した、背景にある経済実態と数字を対比し、そこにかい離が生じていないか、という視点の重要性がよくわかります。

 ここで重要なことは、こうした「数字を読む」という意識を、この担当の経理部員がもっていたか、ということです。結果として、このようなミスが発見できたか・できなかったかというのは、仕方がないことです。むしろ、「数字を読む」ことの重要性を理解し、少しでも意識して、経理業務を行っていたかという過程のほうが重要です。

 もし、この意識をもって期末のドル建売掛金の換算仕訳を起票していれば、仕訳の貸借を逆に入れてしまう、ということはなかったはずです。数字を単なる数字として見ている場合に起こる、よくあるミスといえるでしょう。


(2)基礎的な数字を頭に入れておく ―― 売上高、当期純利益、資本金 ほか

 このようなミスを防ぐためにも、上司として、この「数字を読む」ということについて、経理担当者の意識を確認してみることが必要です。たとえば、自分の会社の決算書の主要な数値が覚えられているか、という確認方法もひとつ考えられます。自分の会社の売上高、経常利益、当期純利益、資本金、総資産、純資産といった金額が頭に入っていれば、他の決算数値を見たときに、「何か」に気付くことが多くなるはずです。

 たとえば、年間売上高2,500億円という数字が頭にあれば、ある月の売上高が100億円である場合、すぐに「今月は半分程度の売上だ。何が起こったのだろう」というように気付けるようになります。そしてこの原因を調べることで「今月は、営業日数が少ない関係で売上が大きく減少するのだな」ということがわかったとしましょう。すると今度(来年)は、売上高月次推移を見たとき、売上が他月の半分となっている月を見て、その背景や(大げさかもしれませんが)経済実態もイメージできるようになるということなのです。


ポイント
 (1)  決算書等に「おかしな数字」が含まれていないかどうかを知る手がかりとして、その作成にかかわった担当者等に「正しい数字で作成されていること」を説明してもらうことが重要である。
 (2)  その担当者は、「数字を読む」ことを意識した上で経理作業を行っているかどうか把握しておく必要がある。その際、会社の基本的な数字(売上高、経常利益、当期純利益、資本金、総資産、純資産など)が頭に入っているかを確認してみることもひとつの方法である。

 

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