目次 第4章 II−1


 第4章 会社売却における税務

 II 組織再編を伴う会社売却

1 事業部門の売却

(1)会社分割と事業譲渡の比較

 対象会社の全部を売却するのではなく、一部の事業部門のみ売却する場合、事業譲渡を行う方法と、会社分割後に子会社売却を行う方法がある。これらは税務上の取扱いが大きく異なることから、事前に比較して検討する必要がある。

 事業譲渡は、譲渡対価が現金であり、引き継ぐ資産及び負債の評価は時価となる。また、不動産取得税・登録免許税・消費税の課税対象となる。事業譲渡は限定された範囲の事業を譲渡していることから、権利義務が包括的に移転しないため、各債権者の個別の同意が必要となる。

 これに対して、会社分割は、組織再編の手法であり、分離させた事業の対価は基本的に株式である。権利義務は包括的に新会社へ移転されるため、各債権者の同意は不要であるが、債権者保護手続が必要である。会社分割で発行された株式をすぐに譲渡する場合、税務上は非適格組織再編となり、会社分割のタイミングにおいて資産及び負債は時価評価される。しかし、会社分割によれば、消費税は不課税であり、不動産取得税や登録免許税は軽減される。

 以上のように、税負担を比較すると事業譲渡よりも会社分割後の株式譲渡が有利に取り扱われる局面が多い。


図表4−8 会社分割

図表4−8 会社分割


(2)会社分割の4つのパターン

 会社分割には、承継会社が既存か新設か、また、交付される対価の受取先がどこかによって4つのパターンに大別される。

 1つは新設分割であり、分割した事業で新しい会社を設立する方法である。会社の子会社として新設する方法(分社型新設分割)と、会社の株主を介した兄弟会社として新設する方法(分割型新設分割)がある。

 もう1つは吸収分割であり、既に存在する別の会社に事業を分割する方法である。こちらも同様に、子会社に対して分割する方法(分社型吸収分割)と、兄弟会社に対して分割する方法(分割型吸収分割)がある。

 分社型分割の後で株式譲渡を行えば、譲渡対価は株主ではなく分割会社が受け取ることになる。それゆえ、株主に対価を受け取らせるには、分割会社の剰余金を株主に対して分配しなくてはならない。これに対して、分割型分割の後で株式譲渡を行えば、譲渡対価は分割会社ではなく株主が受け取ることになる。

 株式譲渡は、対象会社のすべての事業を買い手に移転する取引スキームであるため、買い手が一部の事業のみの買収を希望していたり、不要な事業が一部含まれたりしている場合には、買い手が買収後に改めて不要な部分を処分しなければならない。そこで、不要な事業がある場合には、事前に不要の事業を会社分割で切り離しておくか、反対に必要な事業のほうを会社分割で切り離しておくのである。


図表4−9 分社型分割の後で株式譲渡を行うスキーム

図表4−9 分社型分割の後で株式譲渡を行うスキーム


図表4−10 分割型分割の後で株式譲渡を行うスキーム

図表4−10 分割型分割の後で株式譲渡を行うスキーム


(3)会社分割の手続

 新設分割は、新会社を設立することであるから、その会社の商号、目的、本店、役員等について検討しなければならず、会社売却の前に買い手の意向を確認しなければならない。その際、買い手の意向に沿わない新会社が設立されないよう、その内容が譲渡契約書のクロージングの前提条件とされるケースが多い。

 分割対象となる事業が許認可を要する事業である場合には、許認可を引き継げるかどうかが問題となる。許認可を引き継げない場合には、通常の手続で先に新会社を設立し、先行して許認可を取得した後、新設した会社を分割承継会社とする吸収分割を行うこともある。なお、許認可の承継ができないことによって会社売却が破談になるケースもあるため、事前に許認可を主管する行政機関等と協議しておかなればならない。

 会社分割の手続では、権利義務や契約関係、資産及び負債をどのように移転させるかが重要である。主な資産及び負債の移転における注意点は以下の通りである。

(1)  預金
 分割対象に含める場合は金融機関への相談が必要である。
(2)  売掛債権
 いつから入金される売掛金を移転させるか決める必要がある。得意先の都合もあるため(振込先の銀行口座が変わってしまう)、先方の対応が間に合うかどうかも確認する必要がある。
(3)  不動産
 担保設定されているケースが多いため、移転にともない担保を引き継ぐかどうかについて金融機関への相談が必要である。
(4)  支払債務
 買掛金については売掛金と同様、いつから支払われる買掛金を移転させるか決めておく必要がある。特に、支払手形の移転は難しいため、移転の対象としないケースが多い。支払債務を分割承継会社に移転させるのであれば、支払いは分割会社で行い、分割会社からの求償権の行使にともない、分割承継会社から分割会社に送金するような方法も考えられる。
(5)  未払費用
 経費の未払い分の期間配分については、理論上は、会社分割の実行日(新会社の設立日)を基準として、それ以前の期間で発生したものは分割会社に、それ以後のものは分割承継会社に負担させる。しかし、実務上は会社分割を理由に期間損益を按分することは難しいため、移転の対象としないケースが多い。
(6)  未払税金
 法人税等、消費税いずれも移転できない。
(7)  契約関係
 会社分割の対象となる事業に関する契約、例えば、賃貸借契約などの契約を分割対象とした場合、その契約に基づく権利義務関係は分割承継会社に移転するが、事前に契約の相手方に伝えておく必要がある。
(8)  繰越欠損金
 繰越欠損金は移転させることはできない。


(4)会社分割の税務

 非適格分割を行った場合には、分割承継会社が発行する株式の時価が「資本金等の額」となる。そのため、会社分割の結果として分割承継会社の資本金等の額が予期せず大きくなってしまい、資本金等の額に応じて決定される住民税均等割の負担が重くなることがある。

 また、会社分割の結果、分割承継会社の資本金が1 億円超となってしまった場合、外形標準課税の対象となるため、実務上は分割承継会社の資本金が1 億円を超えることを回避するケースが多い。分割対象の資産が大きいために資本金が1億円超になることを回避できない場合には、株式会社の設立ではなく合同会社の設立に変更することによって資本金を小さくするように検討することもある。

 会社分割により不動産を取得した場合には、原則的に不動産取得税4%が課される。ただし、以下の要件を充足するときは、不動産取得税は課されない。それゆえ、分割対象に課税標準の大きな不動産が含まれている場合、次の要件を満たすようにしておくことがポイントとなる。

(1)  分割において、分割会社の株主に対して金銭等が交付されないこと
(2)  分割事業に係る主要な資産及び負債が分割承継会社に移転していること
(3)  分割事業に係る従業者の80%以上に相当する者が、分割後に分割承継会社の業務に従事することが見込まれていること
(4)  分割事業が分割承継会社において継続的に営まれることが見込まれること

 なお、不動産取得に係る登録免許税の額は、固定資産税評価額に対して2%、会社設立に係る登録免許税は資本金の額の0.15%(最低3万円)である。


図表4−11 会社分割の適格性の判定フロー・チャート

図表4−11 会社分割の適格性の判定フロー・チャート


 分割会社の税制適格性については、以下のフロー・チャートに沿って判定されるが、会社売却を前提とする会社分割は「株式継続保有要件」を満たさないため、非適格分割に該当する。したがって、分割会社の資産及び負債は時価で分割承継会社に移転するとともに、譲渡益に対して法人税が課される。

 同族株主間での会社売却を前提として非適格分割を行うのであれば、株式の発行価額は税務上の時価を使えばよい。しかし、純然たる第三者間取引(M&A)の会社売却を前提として非適格分割を行う場合、株式の発行価額は、株式譲渡における取引価額と同額とすることになるだろう。


(5)事業部の価値評価

 公正価値評価にDCF法を使う際、会社売却の場合と異なり、事業部売却を行う場合には、その対象事業の評価に際して特有の問題が発生する。それは、事業部を単体で評価し得るような財務データが作られていないケースが多いということである。

 そもそも中小企業の場合、事業部ごとに財務諸表が作られているケースは少なく、過年度の実績データの推移がわからないことが多い。このような場合には、過年度の会計情報を掘り起こして事業部単体の損益データを作成しなければならない。もちろん、会社の決算と異なり、事業部の財務諸表の作成に関して、特に定められた方法があるわけではない。しかしながら、対象事業に関する収益性を買い手に対して適切に開示するためには、企業会計基準へ準拠した上で、本社費用を適切に按分して事業部の財務諸表を作成すべきであろう。

 

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