目次 I-1-1


§1 コーポレートガバナンスとは

1 株式会社は誰のものか(会社主権論)

 会社は、誰のものかという場合、会社は株主(ストックホルダー:stockholder)のものであるという考え方と会社は、利害関係者(ステークホルダー:stakeholder)のものという考え方があります。

(1)株式会社の起源と会社の基本ルール

 日本の会社法では会社を社団としており、社団の構成員である社員が会社の所有者となり、株式会社では、株主が法的な所有者となります。これは、次のような会社の起源からも明らかです。

 株式会社の起源は、1602年にオランダ・イギリスで設立された東インド会社だといわれます。もともとは、資金を集め船を仕立て、東インド(現在のインドネシア)から胡椒や香料を運んできて、売却することにより儲けたお金を分配したのが始まりです。船を建造するには多額の資金が必要であり、嵐で船が沈没したり、海賊に襲われたりすると、船の資金の提供者は、出資額のすべてを失います。そこでリスク分散のため、5隻とか10隻とかをまとめて出資金を集めた恒常的組織となりました。出資者は、出資額を上限とする責任のみを負い、無事に戻って来て販売による儲けが出れば、船の運航を請け負ったメンバーに報酬を与えた後、残余利益を出資額に応じて利益を分配します。株主は出資額を上限とする有限責任であり、出資額に応じた株主平等の原則となっており、船の運航者は会社の取締役と同様の役割を担っており、その役割の対価として適正な報酬を受領します。このようにして現在の株式会社組織の基本ルールは確立されました。

(2)株主重視の理由

 経営者は、なぜ株主を重視しなければならないのでしょうか。取締役は、株主総会で選任され経営の委任を受けているというのが第一の理由です。第二の理由は、株主がリスクマネーを提供しているからです。株式会社のステークホルダーとの関係を表したのは、次の図です。

株式会社とステークホルダーとの関係
株式会社とステークホルダーとの関係

 取引銀行は、融資にあたり担保を徴収し、定期的に金利を徴収します。従業員は、労働力を提供する対価として、通常毎月給料を受領します。一般取引先は、商品・サービスを提供し、その対価を受領します。政府は、公的なサービスを提供し、その資金を税金として徴収します。社債権者は、定期的に利息を徴収し、満期に全額元本の返還を受けます。

 ところが、ステークホルダーのなかで、株主は投下資本自体およびそのリターンが不確定で、かつその他のステークホルダーが企業から所与の利益を与えられた後に、残った利益の中から分配を受ける(場合によってはゼロになる)という最終利益の享受者であるとともに、最終的なリスクを引き受けています。したがって、株主は利害関係者のなかで最も高いリスクを持って出資をしており、そのリスクに応じたリターンを期待します。

 また、このことは、以下の損益計算書を見てもわかります。

損益計算書でわかる株主と他のステークホルダーとの関係
損益計算書でわかる株主と他のステークホルダーとの関係

 損益計算書では、株主以外の他のステークホルダーが先行して利益を享受し、株主は残余利益を取得することになります。

(3)利害関係者を重視する考え方

 一方、会社は利害関係者のものであり、株主だけでなく顧客、従業員等利害関係者を重視すべきという考え方もあります。従来、日本的な経営が優れているとされた時代にはこの考え方が重視されましたが、最近は株主価値重視という考え方が主流であり、この考え方は少数派です。しかし、短期的な株主価値重視経営では、株価上昇のため経営者が不正を働くリスクが高く、会社の長期成長の観点では問題点も多く、見直される傾向があります。

(4)会社の主権者は誰か

 株式会社の仕組みと法的な視点からは、会社の主権は、株主にあるといわざるをえません。しかし、他の利害関係者との関係を無視すれば、結果的に株主価値を毀損させることになります。仮に、従業員の人件費を徹底的に削減し、利益を創出し、株主価値を上昇させたとします。しかし、そのことにより、優秀な人材が流出し、従業員の士気が落ちれば売上が下落し、最終利益が減少する場合があります。したがって、株主の利益を中長期的に極大化するためには、常に株主以外の他の利害関係者と適正な利潤の取引を継続しつつ良好な関係を維持し、協力体制を堅持することが必要不可欠です。

 

目次 次ページ