信託最新情報レポート
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万能の制度ゆえの信託の課題とは
(2015年6月)

1.信託の現状

 信託は、持ち主以外の者が財産の名義人となり、その管理処分を委ねることができますし、自由に財産を切り分けて、誰を受益者にしてもかまいません。民法理論を超えることが可能な信託は、少子高齢化時代の財産管理手法としての万能ツールとなる可能性があります。

 そうした可能性への期待から、信託をテーマとしたセミナーや書籍がブームになっています。しかし、家族を受託者とする民事信託は、信託法改正からの歴史が浅いこともあり、信託セミナーで語る実務家や、執筆者にも、実務での経験や事例は少ないのが実情でしょう。私(白井)自身、実際に信託の経験があるかと言われたら、ほとんど実行したことはありません。

 前例が少ない制度であるが故に、仕方がないことですが、今後、信託が普及するためには「常識」が確立される必要があります。

 そのためには、

1.裁判に耐え得る信託
2.登記手続に耐え得る信託
3.課税関係に耐え得る信託
4.顧客からの苦情などの苦い経験から学ぶ信託

が登場するのを待つ必要があります。


2.実務は失敗事例から学ぶ

 実務は失敗から学ぶものです。遺言書や賃貸借契約書であれば、実務と契約書式が確立していますので、実務で通用する契約書のひな形や手続きの解説が存在します。失敗事例の民事訴訟も積み重なっていますし、他人の経験も書籍やセミナーを通じて手に入れることができます。

 その意味で、信託を実行することには、先人の知恵、経験に学ぶことができない法律を利用する不安があります。

 節税への利用も同様です。

 課税庁が信託による節税を否定するとすれば、どのような否認手法が考えられるでしょうか。包括否認規定が発動すると考えるのは簡単です。しかし、包括否認規定が発動するためにはあるべき課税関係が存在することが必要ですが、そもそもあるべき課税とは、どのような課税関係なのか、現場での否認事例や税務訴訟が存在しない現段階では、信託税務が練り上げられているとは言えません。

 通常の手法でも可能な節税であれば、信託を利用しても問題はないですが、積極的に節税目的に利用する場合、状況が逆転したときや税制改正があったときには、すべてが無駄になってしまいます。


3.信託の利用価値

 では、信託は利用すべきではないと言ってしまってよいのでしょうか。利用に不安が残るのは新たな制度の宿命ですが、信託にしか為し得ない場面では有効です。また、緊急非難的な措置として信託が有効に利用できる場合は積極的に利用すべきです。

 節税以外に目的がないという信託にはリスクがありますが、税負担を回避するために積極的に利用するのではなく、家族の目的に沿った財産管理が結果として節税になるというような提案ができるかが重要です。

 すべての財産を信託してしまうのではなく、一部の財産に限った信託の利用ならリスクも少なくなりますし、ウルトラCを狙うのではなく、腹八分目の節税を心がけることが肝要です。

 積極的に提案するのではなく、問題が登場したとき、相談が持ち込まれたときの解決手法として利用すべきが信託なのです。


  著 者


白井税理士事務所 所長・税理士 白井 一馬
石川公認会計士事務所、税理士法人ゆびすいを経て独立。「顧問税理士のための相続・事業承継スキーム発想のアイデア60」「一般社団法人一般財団法人信託の活用と課税関係」「一般社団法人・信託活用ハンドブック」ほか著書多数。
ホームページ→http://www7b.biglobe.ne.jp/~shirai-taxtrust/