信託最新情報レポート
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「活用できる信託」の範囲を決めるのは、税法である
(2015年5月)

1.信託を使えばあらゆることが実行できる

 信託で実行できないことは「ない」と言ってよいでしょう。契約で実行できるすべては信託でも実行できますし、アイデア次第で無限の利用方法が考えられます。

 信託を利用すれば、財産価値を自由に切り分けることもできますし、それを複数の受益者に承継させることができます。さらに、将来生まれる孫を受益者と指定するなど、時間を飛び越える信託設定も自由に実行できます。

 しかし、いくら便利な信託も、実務で利用できるか否かは課税関係で決まります。


2.税法上、不利益な信託は使えない

 受益者連続信託を利用して、例えば、アパートを所有する祖父が、自分の死後は、子供を受益者として、さらに20年後に孫を次の受益者とする。このような信託が実行できれば、遺言では実行できない遺産分割が可能になり、確かに便利です。しかし、このような信託は現状では使えません。2度の相続税負担が生じてしまうのです。

 仮に受益者連続信託をそのまま認めると、息子は、自分が20年間に受け取る収益の現在価値を収益受益権として申告し、孫はアパートの相続評価額から、収益受益権を除いた残額を相続財産とすれば良いことになります。

 しかし、信託を利用せずに同じことを実行しようと思えば、いったん、子供にアパートを相続し、20年後、子から孫に贈与するしかありません。相続税と贈与税の2度の課税が必要です。そのため、信託税制においては、受益権の移転の度にアパート全部が移転したものとして相続税等が課税されるという、租税回避防止的な課税関係が成立します。

 信託では、相続税の世代飛ばしが容易に実行できるわけですから、課税当局の立案者が慎重になるのはやむを得ません。

 複層化信託も税制上の解決できない問題が生じます。

 例えば、信託譲渡したアパートについて、妻に「家賃を受け取る権利(収益受益権)」だけを与え、「アパートと賃料の残金を受け取る権利(元本受益権)」は息子に与えるとします。不動産価値を複層化する信託が実行できれば、財産の承継手法として大変便利ですが、現実には利用できません。

 減価償却費を妻が計上するのか、息子が計上するのか明確ではないのです。妻の不動産所得の計算要素にも、息子のアパート売却時における取得費の計算要素にもなるからです。不動産のように原財産を2分することができない財産については、複層化信託は実行できないと考えた方がよさそうです。

 飼い主の死後、ペットの世話を目的とする信託は、受益者が存在しない信託になります。ペットは受益者にはなれないからです。そうすると課税すべき受益者がいないため、受託者に法人税が課税されることになっています(法人課税信託)。1,000万円の現金でペット信託を実行すると、初めから300万円の受贈益課税による法人税負担が生じてしまうわけです。


3.社会はタックスドリブン

 便利な制度が登場しても、活用できるか否かは税法が決めます。課税関係が不明であったり、重い課税があるとその制度は利用できません。

 金庫株が解禁されたときも、会社分割制度が登場したときも、税法の取り扱いが判明するまでは誰もこれらの制度を利用しませんでした。社会は税法基準(タックスドリブン)なのです。


  著 者


白井税理士事務所 所長・税理士 白井 一馬
石川公認会計士事務所、税理士法人ゆびすいを経て独立。「顧問税理士のための相続・事業承継スキーム発想のアイデア60」「一般社団法人一般財団法人信託の活用と課税関係」「一般社団法人・信託活用ハンドブック」ほか著書多数。
ホームページ→http://www7b.biglobe.ne.jp/~shirai-taxtrust/