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3)役員報酬と退職金とに配分を変えてみると

 ここでは比較しやすいように,企業として15年間にわって経営者に配分できる金額が同額の毎年1200万円,15年間累計1億8000万円と仮定して考えよう。この場合,ここまで説明したケースは,役員報酬年1200万円,15年後の退職金0ということになる。

 つまり,配分総額に変化がないから退職金財源準備はできないということである。そこで,役員報酬を1200万円から20%下げた960万円とし,その下げた240万円を退職金財源の準備に充てた場合はどうなるだろうか? まず,960万円の役員報酬年額であるから,これも同様ににして課税対象額をみてみよう。

表2
  収入金額 所得控除 課税対象
給与所得 960万 給与所得控除   216万円
(960万円×10%+120万円)
各種所得控除  100万円
総計 316万円
644万円

 課税対象所得644万円×所得税率20%−速算控除42.75万円=86万500円

 所得税額は86万500円ということになる。

 税率などの変化がないと仮定して計算すると,この税額を15年間毎年支払うことになるので「86万500円×15年=1290万7500円」,また住民税は同様に考えて,「644万円×10%=84万4000円」,15年間の累計では「64万4000円×15年=966万円」である。

 このケースでは,給与所得としての通算15年の手取り収入を計算すると,「(960万円−86万500円−64万4000円)×15年=1億2143万2500円」,15年間累計手取り収入は1億2143万2500円ということになる。

 さて,別途,毎年240万円を退職金の準備財源としていたわけであるから,この分を15年後の退任の際に退職金として受け取ることになる。

 「退職慰労金240万円×15年=3600万円」を支給されたとしよう。

 これで企業としての経営者への配分は変わっていないことになる。

 つまり,年間の役員報酬を1200万円,退職金を0とした場合の15年間の累計支払額は1億8000万円,一方,年間の役員報酬を960万円,退職金を15年後3600万円とした場合の総支払額は役員報酬累計1億4400万円,退職金3600万円で総計1億8000万円となっているわけである。

 退職金については収入金額が3600万円,退職所得控除が,在任年数15年とすると600万円であるから退職所得は「(3600万円−600万円)×1/2=1500万円」である。

 したがって,退職所得に関わる所得税は「1500万円×33%−速算控除153.6万円=341万4000円」となる。

 また住民税については,退職所得の場合には現年所得課税のため,税率は1/10が差し引かれるので道府県民税額3.6%,市町村民税5.4%,合計9%である。

 したがって,退職所得に関わる住民税は「1500万円×9%=135万円」となる。

 ここから実際の退職金の手取額は「退職金3600万円−所得税341万4000円−住民税135万円=3123万6000円」となるわけである。

 役員報酬と退職金を合わせた手取り収入は「1億2143万2500円+3123万6000円=1億5266万8500円」となる。

 この結果,役員報酬のみの場合と役員報酬+退職金のバランス方式との差し引きの差額はここであげたケースでは「1億5266万8500円−1億4746万5000円=520万3500円」と計算できる。

 このように,企業サイドの支出した金額はどちらも総額1億8000万円で同じだが,退職金と役員報酬のバランスで支払ったほうが,受け取る個人にとっては手取り収入が増大することがわかる。

 実際には,役員報酬の引下げによって,社会保険料も引き下がる。したがって,個人のレベルでは「役員報酬のみ」から「役員報酬+退職金」の形に企業サイドで配分を変えただけで,個人としての生涯収入はさらに増加する結果を作り出せることになる。

 もちろん,単純に役員報酬を下げただけでは利益が増加し,そのまま放置すれば課税されるわけであるから,法人税が企業サイドで増加するだけである(社会保険料の会社負担も減少するので,一概にはいえないが)。また,退職金財源のつもりでも,実際に準備しなければ絵に描いた餅である。したがって,この場合には役員報酬引下げ分について,将来の退職金財源の準備などのために生命保険契約を活用し,実際の財源準備をするとともに,その保険料が一定程度損金算入されるもので法人サイドの課税の影響を最小化することも必要となる。

 なおここでは,比較しやすいように退職金財源を実質的に企業としての負担増のない形で試算した。しかし実際には,冒頭触れたように経営者の退職金は,退職後の生活資金財源の重要な要素でもあるので,たとえば退職金の額を5000万円と想定し,そのうちの一部を役員報酬の引下げで対応し,それ以外の部分を毎年の準備として負担するというように考えたほうが,経営者および企業にとって将来のためには妥当であることを断っておきたい。



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