ニューエコノミー時代の企業経営
第18回
   
著 者:山崎秀夫
掲載月:2002年06月
  


18、経験経済とニューエコノミーその7
   自律型人材の育成とマニュアル文化への決別

 経験マーケテイングの進展と共にサービスの世界でも面白い変化が始まっている。
 これまでの工業化社会においては、日本企業は徒弟制度により“技(わざ)”を伝承するのが得意であり、米国企業のようなマニュアル化は苦手であると言われていた。例えば日本特有の食文化である、寿司屋などは徒弟制度の典型であった。そのような欠点を克服する為、日本企業では一時期、知識や技のマニュアル化や標準化が叫ばれ、コンビニエンスストアやマクドナルドのようなチェーンストアの手法が、徒弟制度の牙城である寿司屋のチェーンにすら導入され、神のように賞賛された時代が昔あった。

 しかし、ニューエコノミー時代が到来するに及んで少しずつ流れが変わり始めている。
TGIフライデーズのようなレストラン・チェーンなど昨今の米国企業では、必ずしもマニュアル化が絶対視されない試みがなされ始めている。無論TGIフライデーズでもマニュアルが全廃された訳ではなく、マスターすべき料理等の基本動作としては重要なものとして残っている。しかし更に重視されている点は、現場の社員の創意工夫であり、そのためには社員自身による“考える力”が求められ始めたことにある。例えばお店における接客対応は、もはやマニュアルに頼る訳に行かなくなってき始めた。新しい経験の経済においては、顧客はゲストであり、社員はキャストである。顧客にすばらしい雰囲気と思い出に残る店舗経験を提供する為に、店舗で働く社員は自ら創意工夫をするのである。

 個々の社員自らが主体的に考えるサービスは、何もレストラン・チェーンやスターバックスのようなコーヒーショップだけで見られる訳ではない。例えば米国のサウス・ウエスト航空においては、接客現場における社員の自主的な創造性発揮が、ナレッジマネジメントの名の下に恒常的に行なわれている。

 それらの元になった経営コンセプトが経験マ-ケテイングであれ、ナレッジマネジメントであれ、米国企業は、今確実にマニュアルの活用を飛び超えて社員の創造性を大きく解放する方向へ向かい始めた。

 米国の有名な経営学者であるピーター・ドラッガ-は、最近、ハーバードレビュー誌(米国の権威あるビジネス誌)の中で、“これまでの工業化社会は、システム自体が知識であり、社員はシステムに管理された労働の提供者であった。しかし、新しい時代は、社員が知識など創意工夫の創造者であり、システムは、社員に奉仕する環境であるべきだ。”と言っている。



 ピーター・ドラッガ-が正しいとすれば、マクドナルドのようなマニュアルを重視する仕組みからTGIフライデーズのような現場社員の創造性を重視する仕組みへと移行する転換期が現代と言うことになる。マニュアルに書いてあるとおりのお辞儀をするスキルワーカーから、自ら即興劇を演じて、顧客をゲストとしてもてなすナレッジワーカーによる“考えたお辞儀”への転換である。

 我が国でもワタミフードサービスなど、それを実践する企業が現れ始めている。同社が経営する日本のTGIフライデーズでは、社員はクルーやSPG(Smiling People Greeter)と呼ばれている。
 思うに現場の人による創意工夫は、決して日本企業の苦手な領域ではなく、工場におけるQC運動など、工業化社会華やかな頃の我が国でも、盛んに喧伝されていた事柄である。
 マニュアルに代表される“システム(仕組み)"重視か、人の創造性発揮のための環境整備重視か、ニューエコノミー時代の到来の中で、流通業の革新は、相変わらず絶え間なく続いて行く。