猪瀬流 現代を考える視点
第4回
   
著 者:猪瀬直樹
掲載月:2001年01月
  


「著作物再販制を考える」

 著作物の再販制とはなにか、あまり知られていない。公正取引委員会が再販制は独禁法違反なので廃止の方向で検討したい、と言い始めたがまったく間違っている。

 再販制は定価一千円の書籍は東京でも北海道でも沖縄でも同じ一千円で差別なく等しく購入できる制度である。また衣料品のように買い切りではなく委託販売だから書店は売れなかった本を返品して別の本を並べることでリスクが回避されるシステムである。衣料品は余ったらバーゲンで売るが、本は返品するのだ。

 再販制があろうとAという小説とBという小説はそれぞれ内容のおもしろさも違うし定価もまちまちなので、すでにして競争に晒されている。一千円のAを選ぶか五百円のBを選ぶか、それは読者の嗜好による。再販制が廃止され自由価格制に移行すれば、一千円のAと二割引きの八百円のAが出現すると思いやすい。だがじつはそうはならない。たとえば一千二百五十円の定価をつけて二割引きにして一千円で売ったりするだけだ。なぜなら出版社はより多く買ってもらうためにすでにぎりぎりの価格を設定している。初刷りは原価だと考えてよい。著者への印税、印刷、製本代などの正味は減らしようがない。利益が出るのは増刷からである。ところが九割は部数一万部以下、しかも初刷のまま終わる。出版社としては赤字分を他の増刷本で埋め合わせるほかはない。実質的な値引きが可能だとしたらベストセラーぐらいだろう。

 また実質的な値引きは文庫化としてすでに実現している。かつては三年待たないと文庫にならなかった。最近は期間一年以内も珍しくはない。過当競争が本の寿命を短くしているぐらいである。それでも文庫化は、はじめから本をつくるのでなく二次的な出版なので実質的な値引きが可能なのである。

 書店に行っても欲しい本が見つからないではないか、とか、本が置いてないので注文すると一週間も二週間もかかると書店員に説明された、競争がないせいだ、などいう不満を耳にする。しかしこれは流通の問題であって、競争がないせいではない。多品種少量生産という本の特性による壁は残る。このごろはインターネット上でアマゾンドットコムをはじめオンライン書店が花盛りである。大型書店は都会にしかなく地方の読者は恵まれていなかったが、オンライン書店のおかげで欲しい本が手に入りやすくなった。すでに述べたように問題は流通事情にあり、ネットの出現は読者サーヴィスに大きく寄与している。再販制を廃止すれば本が早く届く、というのは単なる誤解にすぎないことがこれで明白になったのではないか。

 なおオンライン書店としてのアメリカのアマゾン本家は値引き販売をしているが、すでに記したように本の表示価格は上昇するのだ。再販制を撤廃したイギリスも同じ、中小業者が倒産し寡占化を招き、ハードカヴァーの価格は日本の二倍である。再販制に独禁法の適用は逆効果、が実証された。フランスが再販制を維持しているように、再販制廃止は世界の趨勢とはいえない。

 最後に。規制緩和とは行政の市場への干渉をなくしたり、政府系の特殊法人や社団・財団法人によって競争が妨げられた場所を開放させるために必要な施策として歓迎されているのであり、著作物の再販制は本来の意味での規制緩和とは無関係であることに留意されたい。