会社は誰のものか
   
カテゴリ:法務
作成日:07/10/2001
提供元:アサヒ・ビジネスセンター
  


 お昼休みのひととき、社長の息子さんの健さんと旭課長が喫茶室で雑談をしています。
 うちの会社はコーヒーサーバーから自分で勝手にコーヒーを入れる決まりになっているのですが、リエちゃんは、ちょっとサービスしてお茶を入れてあげようとしています。


健さん
「旭課長、先日僕が読んだ経営書の中に、会社は『株主』のものだという趣旨が書いてあったんです。どうもしっくりこないのですが、旭課長の意見を聞かせてもらえませんか。」



旭課長
「うーん、この手の話はどうも難しいなあ。百人の意見があっていいようなものだからね。私の個人的な見解ということで、いいかな。まず、ある事業を起こすときに、どんなに才覚のある経営者でも、資金がないと事業の運営は難しいよね。そこでスポンサー(出資者)に働きかけて資金を募るんだ。経営者はスポンサーの委任を受けて会社の経営を行うことになる。これが、いわゆる資本と経営の分離だね。」

健さん
「僕の読んだ経営の本にも同じようなことが書いてありました。でも、うちのような会社にも、そんなことがいえるんでしょうか。」

旭課長
「そうだ、我が社はいわゆる同族会社で、社長が苦労して資金を集め、経営してきて今日がある。『株主』にはいわゆる「自益権」(配当などの経済的利益を受ける権利)と「共益権」(株主総会などに参加する権利)とがあるが、まさしく社長は、これらの権利を強力に行使して会社を意のままにできる立場にあるのは事実だね。」

健さん
「株主と経営者の2つの立場を持つ、いわゆるワンマン経営ということですね。」


リエ
「あら、社長は決してワンマンではないわ。いつも、社員やお客様のことを考えているもの。」


旭課長
「お、リエちゃん、お茶を有り難う。そうだ、同族会社や公開企業の初期の頃は、株主は危険な時期に出資したとして、会社所有ということになじむ部分はあるが、公開して『株式』が投資対象になると所有という考え方が薄れるのが当然。むしろ、そんな杓子定規に考えるのではなく、社長がいつもおっしゃっているように、会社はお客様、社員、あるいは地域社会、そして株主、債権者のためにあると広く考えたほうがわかりやすいよ。」

健さん
「うーん、こうなると哲学的だな。でも、もやもやが晴れたような気がする。」

リエ
「そうよ、私、健さんに期待して居るんだから。そうだ、今のうちに「健さん株」を一株買っておこうかしら。」

健さん
「うへ、リエちゃん、勘弁してよ」